【二十六】馬車でのキス




 こうして王都へ向けて、馬車での旅が始まった。魔石がはまっているから、馬車の中は常に清潔に保たれている。道中では、宿に一度泊まる予定だ。走り出した馬車の中で、僕は車窓から、色づき始めた楓の木を眺めた。

「この通りは、もう少しすると、大銀杏の絨毯が見ものになるんだ。街路の一面が黄色に染まる。帰ってくる頃には、風景が様変わりしていて驚くかもしれないな」

 クライヴ殿下はそう言って笑いながら、紅茶を手ずから淹れてくれた。使用人は同席していない。

「殿下は、珈琲の方がお好きなのでは?」
「うん、そうだ。覚えていてくれたんだな」

 珈琲の味を教えてくれるといつか言われたけれど、僕を気遣ってくれているのか、専ら出てくる品は紅茶が多い。もう茶葉が入れ替わる季節で、馬車の中には良い匂いが漂っている。カップを受け取り、僕はまじまじとクライヴ殿下を見た。使用人は同乗していない。

「特に執務や公務で疲れた後の一杯は、癖になるんだ。俺は酒も嫌いではないが、仕事終わりは珈琲がたまらなく欲しくなる」
「そうなんですね」
「ああ。ところでルイス」
「はい」
「――そろそろ、殿下というのをやめてくれ」

 微苦笑しながら告げられて、僕は瞳を揺らす。

「クライヴで構わない。俺達は、対等な伴侶なのだからな」
「……努力します」
「うん。それに俺は、人前で君に、クライヴと名を呼ばれたい。ルイスの特別は俺なのだと、きちんと周りに分からせておきたいんだよ」

 僕の返答に、クライヴ殿下が喉で笑った。

「ルイス、《おいで》」

 心地の良い《命令(コマンド)》が飛んできたので、僕はカップを置いて、広い馬車の上で両腕を出したクライヴ殿下の方を見た。そのまま吸い寄せられるように腕に収まると、クライヴ殿下が僅かに半身を倒したので、僕は上に乗る形となり、その状態で改めて抱きしめられた。

「《キス》」
「っ、ぁ……」

 言われた通りに、僕の体は動く。何度も何度も、僕は啄むように、クライヴ殿下の唇にキスを繰り返す。そんな僕の首の筋を手でなでながら、本日のクライヴ殿下はどこか意地の悪い色を、瞳に宿した。

「ルイス、足りない。《もっと》」
「ッ……ぁ……」

 僕は最近教え込まれている通りに、クライヴ殿下の口腔へと、おずおずと己の舌を差し入れる。すると顎に触れられ、ねっとりと舌を絡めとられた。いつの間にか、キスの主導権はクライヴ殿下へと移り、気づくと僕は必死で息をしながら、濃厚な口づけのせいで、力が抜けてしまった体を、殿下の胸板に預けていた。

 この日は、ずっと馬車の中で抱き合って、僕達は唇を重ねていた。