【三十三】己の気持ち



 ――クライヴ殿下は、果たして僕を信じてくれるのだろうか?
 信じてくれるはずだと、僕は思いたい。
 ただ、端緒を思い返せば、クライヴ殿下もまた、僕がヘルナンドを愛していると信じていた。それは僕がヘルナンドのそばにいないと、《命令》がないと笑えないせいでもあったのかもしれないが、誤解していたのは間違いない。

 この時僕は、はっきりと確信した。
 僕は、クライヴ殿下が好きだ。だから、嫌われたくない。そしてその好きの種類は、依存でも支配されたいという欲求でもない。クライヴ殿下という人が、僕は大切で、胸が痛くなるほど、愛しているからだ。

 クライヴ殿下に、この話を聞かれたくない。聞かれるのが怖い。
 僕は両腕で体を抱き、俯いた。

 今すぐにでも、クライヴ殿下に会いたい。あの優しい顔とアメジスト色の瞳が見たい。けれど身を苛む恐怖が、そうするべきではないと囁いてくる。拒絶されることへの怯えが、僕の心に嫌な影を落としていく。ああ、|影《オンブル》か。また、影だ。

 その時、ノックの音が響いた。

「入れ」

 話が丁度一区切りしていたからなのか、父が虚ろな瞳で声をかける。僕はつられるようにして扉を見た。すると入ってきた執事が、ゆっくりと瞬きをしてから告げる。

「クライヴ殿下がお越しです」
「っ、本日は顔を出さない予定ではなかったのか?」

 息をのんだ父上が、焦るように声を放つ。兄はスッと眼を細くしている。

「……お断りするわけにもいかない。入っていただけ」

 あきらめたような父の声が響いてから、少しして、家令が先導し、クライヴ殿下が姿を現した。僕はクライヴ殿下を見た瞬間、泣きそうになってしまった。お顔が見れて全身から緊張感が取れたように安堵した直後、先ほどまでの話を思い出して辛くなる。

「急な訪問、失礼いたします。義父殿、ジェイス卿」

 クライヴ殿下は微笑していた。父が立ち上がり一礼してから僕の隣に、クライヴ殿下を促す。礼を言って会釈してから、クライヴ殿下が僕の横に座った。兄が言葉をかけ、挨拶をする中で、執事が紅茶を用意する。それが終わってから、兄が言った。

「もう一度人払いを」
「ジェイス……伝えてはならんからな」

 兄上の言葉に、父上が蒼褪めた。しかし兄上は軽く首を振る。執事は視線を彷徨わせた後、退出した。

「何かお話が?」
「い、いや……あ、そのクライヴ殿下。本日は、ご公務だったのでは?」

 父上がうわべの笑みを取り繕う。するとクライヴ殿下は両頬を持ち上げて頷いた。

「その予定で時間を空けていたのですが、急遽兄が――王太子殿下が、明日戻ることになったんです。ですので、ご挨拶しようと、こちらへ」

 クライヴ殿下はそう述べてから、僕をちらりと見た。

「ルイス? どうかしたのか?」

 僕の膝の上にある手に、クライヴ殿下が手を載せた。その温もりに、再び僕は涙ぐみそうになった。その時兄上が、口を開いた。

「お話があります」
「ええ。俺としても、どうしてルイスがこのように暗い顔をしているのか問いたい限りだ。ジェイス卿、一体どのようなお話ですか?」

 二人のやり取りに、いよいよ父が顔を歪めた。

「ジェイス。口を噤め」
「しかし――俺は、誠実であるべきだと思う。事実であれば許容はできないし、お伝えするべきだ」

 兄上は譲らない。父が頭を抱え、俯いた。

「ルイスの穏やかな幸せを壊すつもりか?」
「ルイスのためを思うからこそだ、父上」

 父と兄のやりとりに、クライヴ殿下が首を傾げた。

「どのような事があっても、俺はルイスを手放しませんし、幸せは俺が用意します。端的に内容を」

 よく通るその声を聞くと、兄上が頷きクライヴ殿下をまっすぐに見た。