【四十八】施錠されていない扉へのノックの音




 本当に僕に、首輪(カラー)を下さるのだろうか。きっと、下さると思う。そうしたら僕は、何をお返ししたらいいのだろう。僕に出来ることならば、なんでもしたいと感じるのに、僕に出来ることがそもそも少ない。それが悔やまれる。

「《四つん這いに》」
「っ、はい」

 放たれた《命令(コマンド)》を素直に受けて、僕は絨毯の上に両手と膝をつく。
 するとしゃがんだクライヴ殿下が、僕の背中に触れてから、僕にリーシュをつけ始めた。
 犬のような体勢のままで、犬が散歩の時に装着される品によく似た紐で、四肢や胴を絡めとられていく。パチンと音がし、金具が留められ、それから耳元で囁かれる。

「もう少しきつくしても構わないか?」
「う、ん……平気です」
「そうか。それと――リボンの下に、鍵がついていた。俺でなければ外せないようにしても?」
「! っ、ぁ……クライヴ殿下がいいのならば」
「俺は歓迎だが――《お仕置き》だ。また『殿下』に戻っている」
「ッ……あ……は、はい……」

 僕は、鍵をつけられて……クライヴ殿下に支配されるという声にも、《お仕置き》という語にも、思わず目を潤ませた。胸が満ちる。期待感が、溢れかえる。

「鍵をかけた」
「はい……」
「ルイス、《お座り》」

 言われた通りに、僕は絨毯の上で、ペタンと座りなおした。するとしゃがんでいたクライヴ殿下が立ち上がり、傍らにあったソファへと座る。

「少し見ていたい。《お仕置き》の内容を考えながら」
「……」
「ルイス、俺の名前を。《呼んでくれ》」
「クライヴ」
「《いい子だ》」
「ぁ……」

 褒められた瞬間、僕の胸が疼いた。全身を縛る紐と、甘い声による、双方の支配の感覚に、僕は瞳を潤ませた。多幸感が襲い掛かってきて、くらくらする。

 ノックの音が響いたのは、その時だった。

『クライヴ様、ルイス様。お客様がいらしています。火急の用件のご様子ですので、応接間にお通しいたしております。バルラス商会の方です』

 唐突にバーナードの声がかかり、僕は鍵が閉まっていないのを目視し、息を飲む。

「バーナード、応接間にはすぐに行く。そちらでもてなしをしておいてくれ」
『畏まりました』

 僕が慌てている前で、クライヴ殿下が冷静な声を放つと、扉の向こうで歩き去る気配がした。それに人心地ついていると、クライヴ殿下が吐息に笑みを載せて僕を見た。

「鍵をかけるのを忘れていたな」
「焦りました……」
「可愛いルイスの姿は俺だけが見ていればいいから、次からはきちんとする。城でも気は抜けないな――さて、そうだ。《お仕置き》を思いついた。ルイス、《服を着ろ》」
「っ、は、はい……分かりました。でも……リーシュは……?」
「そのまま」
「!」
「俺に縛られた心地のままで、服を着て見せてくれ。《早く》」
「っ」

 その《命令(コマンド)》に、僕の全身が歓喜しているようで、背筋をゾクゾクとしたものが這い上がった。僕は肌を絡めとられたままの状態で、その上から服を身に纏う。

「では、一緒に応接間に行こうか」
「え……っ」
「《命令》だ。ルイス、気づかれないようにな。リーシュの事を」
「は、はい!」

 僕の胸の動悸が激しくなる。そのまま促されて、僕はクライヴ殿下と共に階下へと向かった。