【七十一】コーラル城の様子
しかし願いも空しく、城下では感染者が増えていった。僕は執務室で、連絡役を手伝いながら、魔法薬が足りる内に流行が収まる事を祈るしかできない。
『ルイス様』
そんなある日、バーナードが扉越しに僕の名前を呼んだ。
「どうかした? 入って」
『――できません。私も、罹患したようで、現在発熱の症状と、爪に痣があります』
「えっ!?」
『他の使用人達も、本日数名が発熱し、同様の痣が出ております。ルイス様に移らないよう細心の注意を払う所存ですので、なるべく接触を避けてください。シェフは今のところ無事ですが、少し城の人手が減る事、お許し願います』
「ゆっくり休んでと伝えて……というより、バーナードも休んで!」
『恐縮です』
その後、立ち去る気配がしたので、僕は椅子に深々と座りなおした。
ついに城にも入り込んできたのだと気づき、嫌な汗が浮かんでくる。
クライヴは今日も街に出ている。街も罹患者が増えているから、何処も人手が足りず、滞っている各地の業務の指示なども代行しているらしい。
「もっと僕に出来る事があればいいのに……なにか……出来る事……」
必死に考えてはみたけれど、僕は己が健康である以外の取柄がほとんどない。それでも何かを手伝いたいと考えて、僕は執務が一区切りした段階で、階下へと向かった。そして食堂に入り、人の気配がする厨房へと向かう。すると普段であれば数人がいるのだけれど、今はシェフのアロンが一人きりでパンを切っていた。
「あ、あの……」
「っ!? ルイス様!?」
「邪魔をしたらごめんなさい」
「いやいやとんでもないですよ! どうかなさいましたか?」
「その……どのくらいの数の方が城内で罹患しているのか、分かる?」
「それが俺が移ったら食事が困るということで、客間を使わせていただく事にして、俺は逆隔離されているから、詳しく知らないんですよ……ただ、半地下の使用人室、まだ昼間だっていうのに、三分の一は使用中みたいで、今も運ぶためのサンドイッチを作ってたとこなんですよ。みんな熱が酷くて取りに来られないらしくて、健康な奴らで代わる代わる看病することになってます」
それを耳にしたら、僕の胸が痛んだ。
「あ、あの……僕も運ぶ手伝いをしてはダメ? 食べ物を届けるくらいなら、僕にもできるから」
「ルイス様に移ったら困りますよ!」
「でも、思ったよりも病人の数が多いし……なにか、手伝いたくて……執務も、もう僕に出来る事はほとんどないから……だ、だから……薬を運んだり、そのくらいも、僕にもできると思うから……」
必死で僕が告げると、アロンは虚を突かれた顔をした後、二ッと笑った。
「そういうことなら、侍従長が今、運搬の手配をしているみたいなんで、そちらへ。ルイス様のお心に広さに、俺は感激してますよ!」
僕は曖昧に笑って頷いた。迷惑かもしれないと何度も考えたのだけれど、どうしても出来る事をしたかったからだ。きっとほとんど出来る事は無いとは思う。それでも、いてもたってもいられなかった。