【七十八】兄上との再会





 一度、クライヴの塔に戻った僕達は、兄上との面会時間の十八時を待った。少し遅い時間帯となったのは、二十時から国王陛下と王妃様が僕達を晩餐に誘ってくれているので、いざという時に席を立てるようにという配慮のようだった。

「気を遣ってくれてありがとう」

 僕はそう告げながら、部屋の扉の前に立った。そろそろ部屋を出る時間だからだ。するとクライヴが僕の背に触れながら、吐息に苦笑を載せた。

「ルイスのためにならば、いくらでも気を遣うさ」

 こうして僕らは、扉を開けて廊下に出た。手を繋いで二人で歩き、王宮の迎賓室へと向かう。すると扉の外にいた侍従が僕達に一礼してから、扉を開けてくれた。中には既に、兄の姿があった。

「久しいな、ジェイス卿」

 クライヴが僅かに冷ややかさが滲む声を放った。僕はドキリとしながら、促された席につく。僕とクライヴが並んで座ると、侍従達が珈琲の入るカップを置いた。テーブルをはさんで向かいにジェイス兄上が座っている。

「……」

 兄上はクライヴに対して会釈をしてから、じっと僕を見た。真摯な瞳に僕は目を瞠る。
 その時――ジェイス兄上が、深々と頭を下げた。

「ルイス、すまなかった」

 突然の謝罪に、僕は息を飲んだ。

「クライヴ殿下の仰ったとおりだ。俺は、ルイスを信じなかった己を悔いているよ。本当に、申し訳なかった。赦してほしいとは言わない。ただ、謝らせてほしい。悪かった。すまない……」

 いつも毅然としている兄からの謝罪に、僕は動揺して言葉を探す。
 するとクライヴがそっと僕の手の甲に触れた。チラリとそちらを見ると、クライヴは窺うように僕を見ている。

「俺は決して赦さないが、ルイスはどうしたい?」
「ぼ、僕は……その……」

 僕がおろおろと瞳を揺らした時、兄上が嘆息した。

「ヘルナンド卿の愚行を知らず、いいや、それは言い訳だな……ルイス、信じなくて本当にすまなかった。本来であれば、俺がもっと早くに気づき、兄として守るべきだった」

 その声に、僕は咄嗟に首を振った。

「僕こそ……もっときちんと相談するべきで……僕は……諦めてばかりだったから……」
「ルイス……辛さに気づいてやれず、本当に悪かった」
「兄上、僕は……今は、もう平気です。クライヴがそばにいてくれるから」

 僕が必死で伝えると、ジェイス兄上がクライヴを見た。

「弟を守ってくださり、感謝します。殿下」
「ひとえに俺が、ルイスを愛しているから、俺がしたいようにしているだけです」

 クライヴの声には、相変わらずの冷ややかさがある。だがクライヴは改めて僕を見ると、小さく首を傾げてみせた。

「ルイスは、謝罪を受け取るのか?」
「……受け取りたい。僕にも悪いところがあるし、その……ええと……」

 上手い言葉が見つからない。だから僕は、テーブルの下で、クライヴの手を握り返す。そうしたら、クライヴが何度か瞬きをし、それから優しい顔になった。唇の両端を持ち上げている。いつもの穏やかな眼差しだ。

「ルイスには悪い点はない。それは俺が断言する」

 クライヴはそう口にしてから、兄上を見た。

「ルイスが赦すというのならば、俺もまたジェイス卿を兄だと思う事とします」
「ありがとう。二人の気持ちに感謝するよ。それと伝えさせてほしい事がある」

 頷いたジェイス兄上は、クライヴ殿下に小さく笑みを返してから、改めて僕を見た。

「この場に父が来なかったのは、合わせる顔がないと言っていたから。父上もとても悔いていて、これまで貴族社会の外聞ばかり気にしていたと、己を呪っている。ダイナミクスについても深く知ろうとしなかった事を深く思い悩んでいるんだ。それで、今父上は、ベルンハイト侯爵領地にいる。今後は隠居し、貴族社会には関わらないそうだ。代わりに、侯爵領地にて、Subであっても――いいや、DomであってもSwitchであっても、勿論Usualである多くの民も、誰であっても暮らしやすい社会を作る事で、残りの人生をかけて詫びたいと話していた」

 それを耳にして、僕は息を飲んだ。そして思わず、クライヴと手を繋いでいない方の手で、口元を覆う。

「父上が、そんなに気にかけてくださるなんて……」
「逆だ。これまで、ルイスを顧みなかったと、父上は反省しておられて、どうしても贖罪したいのだという。だから今後、王都の邸宅は俺が維持し、母上は何もご存じないから、領地と王都を今まで通り行き来するそうだよ」
「そうですか……」
「その母上だが……最後にあった日に、食事が出来なかった事を、いまだに寂しがっておられる。もしよかったら、だが、本当に赦してくれるのであれば、気持ちが落ち着いた時でいいから、せめて母上には、顔を見せてもらえないか? ベルンハイト侯爵家で、いつでもルイスを、そしてクライヴ殿下を歓迎する」

 その言葉に、僕は反射的に頷いていた。それから相談しなかったと気づいてクライヴを見れば、微苦笑しながら僕を見ていて、目が合うと頷いてくれた。

「では今度、改めて時間を作り、ルイスとお邪魔させていただきます。披露宴の頃には、王都に暫く滞在しますので、その頃にでも」
「ああ。そうだな、そうだ。披露宴の話もしたいんだ、これも本心で、いくつか事前に聞いておきたい事があるんです」

 こうしてそこからは、主に兄上とクライヴが主体となって、披露宴の話が始まった。僕は、家族と和解できた事が嬉しい。そう考えながら、話には主に相槌を打つ形で加わった。

 その後の晩餐の場には、クライヴがジェイス兄上を誘ってくれたため、僕達は国王陛下と王妃様、王太子殿下と共に、皆で食事を楽しんだ。僕は家族というものの温かさを、この日改めて、身にしみて感じたように思う。