(三)初めての発情






「ッ……あ」

 僕は意識をしっかりと取り戻した時、右の太ももを持ち上げて貫かれていた。僕は、どこにいるのだったか。そうだ、先生の家に来て――……。しかし場所は記憶の最後にあるリビングでは無かった。僕は暖色の照明だけが照らし出している、小部屋にいた。窓は無い。その部屋の椅子に座っていて、手首は椅子の肘掛けに布で拘束されていた。深い座席の奥に腰を預け、足を持ち上げられて、貫かれているのだ。

 ぬちゅりと音が響く。先生が動く度に、卑猥な音が谺する。熱く、長く、固い。先生は激しく打ち付けていて、僕の体も先生の体も汗ばんでいる。皮膚と皮膚がぶつかる激しい音がする。内部を擦りあげるように動かれると、それだけで全身に電流が走ったようになる。

「あああああああ!」

 快楽を認識した瞬間、僕は思わず声を上げた。熱い、とにかく体が熱い。ドロドロに体が熔けてしまいそうになっていて、僕は泣き叫んだ。先生の巨大な先端が、僕の内部の感じる場所を抉るように突き上げる。

「あ、ハ……あ、あ、あ」

 その時、先生が一度動きを止めた。僕が見上げると、先生は相変わらず獰猛な色を瞳に宿しながら、口元だけに薄らと笑みを浮かべていた。先生は僕の首の後ろに手を回す。

「噛むぞ」
「あ、あ……ああア」

 僕は意味のある言葉など紡げないままで、近づいてくる先生の顔を見ていた。その直後、うなじに激しい衝撃が走った。ああ――噛まれている。先生が、痛いほどに、僕のうなじを噛んでいる。激しく何度も何度も、跡を残すように、僕のうなじに噛みついている。

「ああああああ!」

 その瞬間、再び僕の理性は途切れた。もう快楽しか意識出来ない。じわりと僕の内側からはオメガ特有の蜜が甘い匂いを放って溢れていく。根元まで挿入した状態で、先生が何度も僕のうなじを噛む。そうされるだけで、体は弛緩し、ビリビリと指先までをも快楽が埋め尽くしていく。

「ひっ」

 先生が左手で僕の片胸の突起を摘まんだ。その瞬間、僕は射精した。すると先生が顔を離して、再び激しく僕の中を責め立て始めた。すぐに再び僕の体は熱を取り戻す。気持ち良い。純然たる快楽が、僕の肌の内側で渦巻いている。僕はボロボロと泣きながら、先生を受け入れていた。

 僕の内側からは、白液もまた垂れている。ビクビクと先生の陰茎が脈動しているのが分かる。その時、先生が一際強く突き上げて、僕の中を精液で染め上げた。僕は朧気な記憶で、何度も中に出された事を思い出した。

「ずっとこうしたかった。愛している」
「あ、あ、ハ……ひっ、うあ、壊れる、壊れちゃう」

 先生の肉茎は、すぐに硬度を取り戻したようで、今度は僕の太ももをより大きく持ち上げて、斜めに貫き始める。最奥まで貫いては限界まで引き抜く。その動作が次第に速まっていく。そしてまた、根元まで挿入すると、先生は僕のうなじに噛みついた。だが今度は先ほどの痛みとは異なり、甘く噛まれ、何度もペロペロと舐められ、そうして軽く噛まれる。その時、先生が僕の両方の太ももを持ち上げて、より深く腰を進めた。

「あああああ! やぁ、あ、ア! あああ!!」

 僕は快楽の中で、再び理性を完全に飛ばした。僕にはもう、快楽しか認識出来ない。先生はそんな僕の中を味わうように動き、何度も何度も射精した。

 ――先生は、ベータのはずだ。

 次に理性が僅かに戻った時、僕は漠然とそう考えた。しかし、何かがおかしい。僕は先生に出される度、うなじを噛まれる度、無性に幸福感を抱いていた。

「ひゃ」

 先生は僕の左胸の突起を捏ねながら、右胸の乳首に吸い付いている。そうされるとジンジンと浮かび上がった快楽が、僕の陰茎へと集まっていく。僕は咽び泣き、顔が涙でドロドロになっていく。頬が熱い。全身が熱い。僕をガツガツと犯しながら、先生がガシガシと僕のうなじを再び噛んだ。脳髄まで痺れる感覚に僕は混乱した。

 本来ベータと交わっても、発情期が訪れてしまえば、快楽を得る事は困難になる。アルファ以外には解放されなくなる。だが、気持ち良い。先生の白液を受け入れると、僅かに理性が戻る。僕の体はまさにその状態になっていた。昂められていても、それが理解出来る。噛まれる度に体は熱を孕むのだが、先生の白液を受け入れると少しだけ意識が清明になるのだ。こんなのは――アルファとの交わり以外では、あり得ない。知識として僕はそれを知っていた。

 僕はそう考えたのを最後に、完全に意識を飛ばしてしまった。




「ん……」

 次に目を覚ました時、僕は手首を布ではなく、無機質な温度の手枷で拘束されていた。座る椅子は大きい。足の膝部分まで座席がある。その上で僅かに開脚された状態で、足首にもゆったりとした枷がついていた。手首の鎖は椅子の裏手に繋がっているが、こちらも手を持ち上げる程度には動かせるほどゆったりとしていた。

 僕は気怠い体で、虚ろな瞳で室内を見渡す。扉は二つあり、片方は飴色でしっかりと閉まっており、もう片方は白く四角い小窓がついていた。そちらを見ていると、先生が姿を現した。いつものスーツ姿とは異なり、その上に白衣を纏っている。僕の体からは熱が引いていた。

「無理をさせたな。悪い、止められなかった」
「先生……」

 僕の声は掠れていた。そんな僕に歩み寄ると、先生は微苦笑しながら、僕の顎を持ち上げた。そして目を伏せ、顔を斜めにし、僕の唇に触れるだけのキスをした。その温度に胸が満ちていく。先生からは柔らかな甘い香りがする。それが無性に心地良いと思った瞬間――再び僕の内側が熱くなった。じわりと蜜が僕から洩れていく。僕は服を纏っていなかった。その事に気づき、僕の開いた足下から洩れた蜜で、座席に敷かれているシーツのような布を濡らしてしまったと理解し、一気に羞恥に駆られたが……どんどん体が熱くなっていき、それどころではない。

 一方の先生は先ほどの獣のような目とは異なり、酷く冷静な顔をして笑っている。

 先生は僕から顔を離すと、白衣の右のポケットに手を入れ、ピルケースを取り出した。最初に見た半透明の白いケースだった。中から先生が錠剤を取り出す。

「口を開けてごらん」
「先生……それは……? その薬は、何なの?」

 気づけば敬語も忘れて、僕は目をこれでもかというほど見開いていた。おかしい。あの薬を飲んだ途端、そして先生にうなじを舐められた途端、僕は発情した事を思い出す。

「発情を促す薬だ。発情期抑制剤とは逆の効果がある」
「……」
「俺に抱かれるのは、嫌か?」

 嫌なはずが無かった。漸く思いが叶ったというような心境の他、僕の体自体が喜んでいるのが本能的に理解出来た。先生に見つめられるだけで、僕の体の芯が、中央が、熱くなっていく。

 先生は錠剤を摘まんだ手を、僕の口の正面に持ってきた。

「でも先生……先生は、ベータなんですよね? 僕を……アルファに抱かせるつもりじゃ……」
「絶対にそんな事はしない。俺は、アルファだ。ベータだというのが、偽りだ。俺を散々受け入れ、うなじを噛まれて、体は楽になっただろう? それこそが証左だろう?」
「……っ」

 僕は己の痴態を思い出して、真っ赤になった。
 だが――……。

「子供が出来ちゃう……」
「俺の子供を孕むのは嫌か?」
「違、そうじゃないけど、大学だってあるし」
「全てを捨ててくれるんじゃなかったのか?」
「……」
「――安心していい。この錠剤には、避妊の効果もある」

 そう言いながら、先生はスッと目を細め、どこか冷たい顔をした。
 僕はその表情を窺うように見る。

「絶対に、先生が、先生だけが、僕を抱いてくれますか?」
「勿論だ。生涯、お前に俺以外が触れる事は許さない。だから、安心して飲むと良い」
「……」

 僕は先生の声に抗えない。瞳を潤ませながら、静かに口を開ける。すると先生が、僕の口に錠剤を入れた。そしてピルケースをしまうと、今度は半透明の緑色のピルケースを取り出した。そしてそちらから別の錠剤を二錠取り出すと、今度は自分で飲み込んだ。

「それは、何?」
「アルファの発情抑制剤だ。先ほどのようなラット状態に、ならなくする薬だ。思わず涼介の香りに当てられて俺は我を忘れた。悪かったな」
「待って、先生。それって僕だけが発情……ぁ……」

 言いかけた瞬間、僕の全身に再び熱が這い上がってきた。ガクガクと体が震え出す。欲しい。明確に僕の中に、欲望の炎が灯った。太ももが震え始める。自然と陰茎が持ち上がり始め、僕の先端と内側からは透明な蜜が零れ始める。

「あ、あ、あ……熱い……やぁァ……」

 先生はそんな僕を静かに見ている。僕の眦からは、涙が垂れ始め、筋を作っていく。

「触って、ぇ……あぁ……」

 僕の口からは普段では考えられないような、甘ったるい声が漏れる。その上、欲望を素直に口にしていた。意識に霞がかかり始める。僕は何度も首を振る。髪が揺れた。

 先生がその時、絨毯の上に膝を突いて、僕の陰茎に両手で触れる。それだけで僕の中で快楽が弾けた。

「あああああああ」

 先生が僕の陰茎の先端を咥えて、両手を動かし始める。そしてチラリと僕を見た。目が合う。口淫されている。ねっとりと舌で雁首を刺激されては、唇に力を込めて扱かれ、時に鈴口をペロペロと舐められる。それだけで僕の陰茎はガチガチに張り詰めた。

「う、ぁ、ああああ!」

 すぐに僕は、先生の口の中に放ってしまった。内側からは蜜が再びじわりと溢れた。しかし熱は酷くなるだけで、僕の中が蠢いている。先生が欲しい。気持ち良すぎて号泣しながら、僕は頭を振った。

「先生、先生が欲しい。先生、あ、ァ、っ……あああ、あ、ア」
「すごい匂いだな。甘い。これほどまでとはな」

 先生はそう言うと、僕の左胸を片手で覆うようにしてから、人差し指と中指の間に乳首を挟んだ。そして唇では右胸の突起に吸い付いた。その瞬間、再び僕の陰茎に熱が集まる。張り詰めた僕の陰茎は反り返り、その刺激だけでは足りないと訴える。

 僕の体がビクンと跳ねた。発情の熱が、全身を完全に絡め取った。僕は足先に力を込めて、指を丸める。しかし、我慢が出来ない。先生はチロチロと僕の乳首を舐めたり、吸ったりする。その度に、腰の感覚が無くなっていく。ボロボロと僕は泣いた。気持ち良すぎておかしくなってしまう。だが酷くもどかしい。

「や、やぁ、先生、早く挿れて」

 懇願した僕を見ると、先生が口角を持ち上げた。

「清艶な涼介が、乱れる姿は、発情していなくても、俺の体を熱くさせるらしい」
「あ、あ、ハ……」
「本当に、愛おしすぎる。発情したオメガを見ても、普段はこうはならない」
「ぁ……ああ……う、あ」

 顔を離した先生が、僕のうなじを舐めた。その瞬間、背筋を快楽が駆け上がった。僕は手を動かしてもがき、先生の顔を押し返そうと試みる。舐められる度に、じわりじわりと蜜が溢れ、周囲に甘い香りが充満していく。

 先生が僕の足首を掴んだ。そして足を持ち上げると、右足の指を口に含んだ。

「いやぁ……」

 指と指の間を刺激され、ねっとりと舐められる。僕は何度も首を振りながら咽び泣いた。それを繰り返され、泣いていると、今度は涙を舐め取るように頬を舐められ、その舌が首筋に降りていく。指は鎖骨を撫でるように動き、その後は脇腹を擽られた。

 気が遠くなりそうだった。触れられている箇所の全てが熱い。
 焦らしに焦らされて、僕は陰茎に触れられたわけではないのに、再び放っていた。

「あ、ハ……はぁ、っ」

 肩で息をしたが、体にこもった熱は、そのままだった。目を伏せると、僕の睫毛が震え、涙がポロリと零れた。

「涼介」
「……っ、ぁ……」
「俺はいつか、お前に研究者が本業だと打ち明けたな」

 僕は小さく頷いた。僕は先生の一言一句を覚えている。先生の事が大好きだから、なんだって覚えていたかったのだ。

「今は、運命の番の研究をしている」
「……運命の……」

 どこかでそんな研究が行われているというニュースを聞いた記憶を、ぼんやりと思い出す。一体どこで聞いたのだったか。そうだ、絹賀崎製薬の研究では無かっただろうか。

「涼介は俺の運命だ。だから――少し、研究に協力して欲しいんだ」

 先生はそう言うと、左のポケットからカテーテルを取り出した。片側の先端にはアンプルがついている。先生は同様にポケットから取り出したクリームをもう一方の先端に塗っている。

「涼介の精子を採取させて欲しい」
「……あ、ァ……」

 体が熱くて、僕は何を言われているのか、上手く理解出来なかった。そんな僕の陰茎に、先生が再び手を掛けた。

「!! ひゃ! ああ、うあ」

 そして鈴口からゆっくりと、ぬめるクリームを纏ったカテーテルが入ってきた。目を見開いた僕は、最初は恐怖に駆られたが――直後、あまりの気持ち良さに涙を零した。尿道を暴かれていく違和を、快楽が凌駕したのである。ゆっくりとゆっくりと、先生は僕の陰茎の中へとカテーテルを進めていく。それが深く入った時、先生が片手で陰茎の筋を撫で上げた。そうして膝立ちになると、僕のうなじに噛みついた。瞬間、僕は果てたと思った。

「ひ、ぁ、ぁあ、っく……ああああ」

 しかし勢いよく出す事は叶わず、たらたらとカテーテルから精液が流れ始める。緩慢に垂れていく僕の、既に透明になってしまっている精液が、カテーテルを通って、アンプルの中に垂れていく。

「や、やだぁ……イきたい、っ……出したいよ」
「きちんと出ているぞ?」
「ち、違……あああ、ダメ、ダメ、体が熱い」

 僕は泣きじゃくったが、動くのが怖くて、体を震えさせるだけしか出来なかった。

「もう少し、辛抱してくれ」
「あ、あ、ハ」

 それから暫しの間、僕は未知の快楽に耐えた。

「――これくらいあれば、良いか」

 涙でドロドロの僕の顔を見た先生は、困ったように笑ってから、静かにカテーテルを引き抜いた。その瞬間、残っていた精子が僕の陰茎から飛び散った。

 射精感は心地良かったが、相変わらず僕の中は収縮し、先生の肉茎を求めていた。

「先生……挿れて」
「もう一つ、確かめたい事があるんだ」

 先生はそう言って立ち上がると、一度、白い扉の方へと向かった。そして隣室に消えた。僕は先生に早く戻ってきて欲しいと願いながら、熱い体を持て余していた。発情のもたらす灼熱に、どんどん体を焼かれていくようだった。

 少ししてから戻ってきた先生は、片手に玩具を持っていた。白い張り型だった。男根を模したその玩具を、僕は虚ろな瞳で見る。

「本当にオメガの発情は、アルファが相手でなければ収まらないのか。俺は自分の目で知りたい」
「うあああ」

 先生が僕の濡れた中へと、迷うでもなく張り型を挿入した。一瞬の事で、深々と巨大なバイブを挿入される。先生がスイッチを入れたのは、それからすぐの事だった。骨にまで振動が響いてくる。その端を握った先生が、僕の感じる場所に、バイブの先端を押しつけた。

「いやあああああああああ」

 僕は泣き叫んだ。ジンジンと快楽が内側から響き始める。けれど――体の熱は酷くなるばかりだった。再び張り詰めた陰茎に、熱は集っていくが、汗ばんだ体で僕は泣くしか出来ない。

「あ、あ、ああ……やぁ……違う、これ、嫌」
「体は楽にならないか?」
「熱い、熱いよ、もう――いやぁああ」

 ギュッと目を閉じて、僕は髪を振り乱して泣いた。気持ち良い事は気持ち良いのだが、中への刺激は残酷で、別のものが欲しいのだと、より強く訴えるようになった。

「ダメ、ダメぇ、イけない。あ、イきたい。先生が欲しいよ、あ、あ、熱い、体が熱い」

 僕は朦朧としてきた意識で、先生を求めた。バイブの振動で失神しそうなほど熱が高まっていた。

「もう熱くて耐えられない、うああ」

 僕が泣き叫んだその時、先生がバイブから手を離し、己のベルトを引き抜いた。そして下衣をおろしてから、再び張り型に手を掛けた。そして引き抜く。ぬちゃりと音がする。振動音が止まった直後――先生が僕の両方の太ももを持ち上げて、貫いた。

 僕が求めていた熱だった。巨大で太く長く熱く固い、先生の陰茎。交わった瞬間、僕は放っていた。先生の体を、飛び散った僕の白液が濡らす。しかしそれには構わず、先生が僕に激しく打ち付ける。

「あああああ」

 先生は先ほどとは異なり余裕があるようで、じっくりと僕の中を責め立てた。限界まで引き抜いては、真っ直ぐに僕の感じる場所を突き上げる。

「もっと、もっとぉ」

 僕は荒い吐息をしながら先生を求めた。それから先生は僕を思う存分貪ってから、僕の中で射精した。その瞬間、僕の体からスッと熱が引き始めた。ぐったりとした僕は、椅子の背に体を預ける。先生はそんな僕の涙を指先で拭いながら、酷薄な笑みを浮かべた。

「それで良い。俺だけを見ていろ」