【8】発情期からのご懐妊は、一瞬の事でした。(★)



 いつ意識を落としたのかは分からなかったが、目を覚ました僕の前でホクホクとした表情の瀧春様が、麗しい微笑を浮かべてから頭を垂れた。

「水季の方様、本当に喜ばしい」

 こうして……僕は、上様の側室になってしまったのである。
 Ωとしての一生で言うならば、完全に勝ち組らしい……。
 お玉の方という昔の側室を例に、玉の輿であるとみんなに言われた。嬉しくない。

 この日から、僕の食事からは、わたあめが消えた。
 僕には今後、発情期まで訪れるそうだった……。僕からしたら、完全に負け組であり、異世界転生トリッパーの中でも、僕ほど哀れな人間は、そうはいまいと考えてしまう。

 しかも、初日で飽きるかと思いきや……上様は、もう三日連続で、僕を閨に呼んでいる。絶望的でもあるが、不幸中の幸いとして――実は、僕は、この閨において与えられる快楽は、嫌いではなかった……。客観的に考えると、同性に嬲られているから辛いのだが、体は正直というのかなんというか……家森様は、巧みだ……。

 まず、たったの三日で、僕の両乳首は、完全に性感帯として開発されてしまった……。元々Ωが感じやすい体質というのもあるらしいが、それにしても情けなくなる。

「それにしても、見れば見るほどにαというか、α以上というか、本当にΩなのか疑いたくなるな、水季は」

 閨で、上様はそんな事を言う。何が? と、聞く余裕が僕に無いのは、下から貫かれているからだ。口を開いても、嬌声しか出てこない。

「Ωと番うなど馬鹿げていると思っていたが――俺が間違っていた。今となっては、俺は俺がαであり、水季がΩである幸せを噛み締めている。αとΩには、運命の番がいるなどという俗信を間に受けた事は一度も無かったが、今は、俺の運命の相手が水季に他ならないと確信している。断言できる。好きだ!」

 ……なお、言い方は酷いかもしれないが、家森様は、チョロインであった。
 僕にベタ惚れに変化するまで、一日半しか持たなかったのである……。

 こうして――初夜が満開手前だった桜の花が、散り始める頃まで、毎夜僕は呼ばれた。体に異変を感じたのは、葉桜が庭を染め上げた頃の事だった。

「……っ」

 饅頭を食べていた僕は、動きを止めた。

「やっと発情期ですか!?」

 最近、事あるごとに、何か少しでも変化があれば、部屋子達は、こう言う。だからなのだろう、この時もそう言った。いつもの僕だったら、そんなわけがないだろうと笑って流すのだが――何も言えなくなった。呼吸をするだけで熱い。え、何これ。

 僕は目を見開いた。瞬きをする動作一つにも、体が熱を持つようだった。
 思わず両手をギュッと握ってみる。しかしどんどん熱は酷くなる。

「水季様!」

 こうして……僕は、周囲に熱望されていた発情期を迎えるに至った。
 その日、熱い体で閨に向かった僕は、家森様に抱きしめられただけで、果てた。

「そうか、ついに来たか……!」

 非常に嬉しそうな上様は、僕の帯を解くとすぐに挿入してきた。それだけで、僕はまた果てた。まずい、何これ、意味が分からない。体が自分のものではないようになっているし、意識で統制できる所がどこか一つでもあるのか聞きたい。その上、家森様に触られると、どこを触られても気持ちが良い。普段は意識する事の無い、ちょっと腕に肩が触れただけといった衝撃ですら、全て快楽に変換された。

「あ、あ、家森様……」

 今何かされたら気が狂ってしまうだろうからやめてくれと言おうとした僕は――その時気づいた。いつもとは、上様の瞳の色が異なる。明らかに獰猛で、僕を見て少しだけ細められた瞳は、獲物を捕る直前の肉食獣のように見えた。

 そ、そうだった……!! Ωが発情期に発する香りは、αを欲情させるのだった……!! すっかり忘れていた御右筆時代の知識を思い出した時、僕は諦めていた。その夜の獣のような交わりの内、僕が僅かにでも理性を持っていたのは、合計で三分未満であろう……。

 発情期が来てからは、昼夜を問わなくなった。
 ――発情期の間のみ、常に交わっていて良い規則があるらしい……。
 少し目を覚ましては水分を補給し、している内に気づけばいつの間にかまた繋がっていて、兎に角僕はずっと、体を貪られ続けた。僕にとって、全てが家森様となり、水を与えてくれるのも上様であるし、快楽を与えてくれるのも勿論彼だった。ナンダコレ。

 そうして一週間程快楽漬けの日々を過ごし、ようやく僕の発情期が過ぎ去った……。今後は、子ができるまでの間、三ヶ月に一度・約一週間ほど、この壮絶な発情期が僕に襲いかかってくるらしかった……。

「あれだけ子種を頂戴したのですから、前向きに!」

 隣の部屋で見張り番を自ら行っていたらしい瀧春様に、笑顔で励まされた。
 ――そうなのだ……。
 僕にとって憂鬱な事として……男なのに、Ωは、子供が出来るらしいのだ……。
 僕は、お腹に子供を宿す可能性があるのだ……えー。

 はっきり言って、真面目に怖い。
 この異世界に来るまで、来てからもこうして自覚させられるまでの間、僕は、僕が孕ませる側と信じて生きてきたのだ。それが、今の僕は、妊娠を待望されている……。

 僕はただ、大奥総取締を目指していただけのはずなのに(?)……何で、こんな事に……。考えてみると、悪いのは全部……キリン神……に、具体的に伝えなかった僕だ。僕の馬鹿……!!

 その後、葉桜の季節は過ぎ、紫陽花の季節がやってきた。ご懐妊が分かるまでは、呼ばれたら上がる――との事で、その間も毎夜僕は、閨で上様と睦みあった。子供がデキていなければ、そろそろ二度目の発情期が来るようだった……。

「運命の番であれば、発情期に交われば100%子供ができる。案ずるな」

 夜毎、上様がそう言う。逆に、僕にとっては、それがプレッシャー以外の何者でもない。本当に僕が運命の番という存在だと、家森様は考えているのだろうか……? 僕には、上様と上様以外の人々の違いが、あんまりよく分からない。僕側の感覚的に、まだ、こう、運命の相手であるというような気配は無い……。だって、男だし。僕は、気持ち良いのは好きらしいと最近分かったが、根本的に、男しかいない世界であっても、同性愛者じゃないらしいのだ……。

 そんな僕の懐妊が判明したのは、梅雨明けの事だった。

 江戸城の全てが、いいや、江戸の街全体が、歓喜に沸いた。
 ある日、貧血かなと思って立ちくらみをした僕に、すぐに気づいた瀧春(現在、請われて呼び捨てにしている)が、御典医の皆様を呼び、僕の妊娠は即日周知させられたのである。これは同時に――大奥における勢力図においての、瀧春派の勝利でもある。が、それがあるからというより、根が良い人そうな瀧春様は、泣いて喜んでくれた。僕の中で、少し年上のお兄ちゃんのような存在となりつつある。上様も駆けつけてきて、僕を優しく抱きしめた。こうして周囲に喜ばれると、少しは恐怖も和らいで、ああ、子供かぁと思えてくるので、不思議だった。

 基本的に、男しかいない世界であるので、生まれてくるのはほぼ十割男の子だ。
 ――問題、は。αか、Ωか、あるいはβなのか、か……。
 将軍のような高貴な人物の場合、後継者αは、Ωしか産めない、という話は見た。
 が、Ωというのは……多くの場合、αとΩの間に生まれるというのも御右筆時代に見た。

 つまり、生まれてくる子供は、αかΩである可能性が高い。どちらかといえば、αである可能性が高いようではあるが、Ωの可能性も捨てきれない。そして僕は御右筆時代、門外不出の大奥日記で見てしまった――……数代前の将軍は、Ωだったと言うのだ。将軍家は、αであれΩであれ、長男を必ず後継に立てるのだという……。なので、Ωが生まれてしまった場合は、αと偽って、大奥にはαを大量に呼び、世間的には偽装した状態で、政が進むそうだった……。そういう場合は、大御所様として、前将軍が、次の次の将軍(α)が生まれるまで踏ん張るらしい……。

 僕は、自分の子供が、なるべく苦労しない生まれになる事を祈った。