【2】SAID:正義の味方「悪人と悪役は違います」
「大丈夫ですか?」
「有難う! クオン! ≪Oz≫大好き! 流石は正義の味方!」
目をキラキラさせて笑った少年が、走り去っていく。
柔和な笑みを浮かべて、クオンは手を振る。
「お前らさ……結果的にどう考えても、”異邦神”を撃退して、あの子助けたの、アイスだろ……」
溜息をついたヤヒロに、クオンが視線を向ける。
笑顔は消え、面倒くさそうな顔になっていた。
「分かっていますよ」
「だったらなんで……戦わずに、済む方法だってあっただろう!?」
「確かに一悪役にしておくには惜しい人材かも知れませんね、あのように偶然かも知れませんが度々人を救う姿を見る限り。ですが、彼は悪役です。要するに私たちの敵です」
「……そりゃそうだけどな。なんか、俺にはアイツが悪い奴には思えないんだよ」
「頭の悪い貴方にしてはよく考えましたね。この件に関しては、私も同感です」
「え、同感?」
「ええ。彼ならば、C−級に腐るほどいる自称正義の味方よりも、余程、実力も実績もあります、悪役ながら。普通に正義の味方をしても、B級にはなれるでしょう。私たちのようなS級とは言わずとも。B級ならば、十分、外見的な意味合いでも、流石に私には劣るでしょうが、人気が出るでしょうし、ファンもつくはずです」
正義の味方は、取得ポイントによって、S級、A・B・C+、C−級という各種のランク付けが成されるのである。それらは、実況・報道をメインに行っている≪ラグナロク≫という正義の味方組織によって、新東京府新宿区全体に周知される。実力や外見から、正義の味方には、ファンや後援人がつく事も多い。
「お前って本当にナルシストだよな。俺、イトコとしてなんか哀しいよ」
ヤヒロがそもそも≪Oz≫に入ったのも、イトコのクオンに誘われたことがきっかけだった。クオンは、ファンは多いが、友達が極端に少ないので、正義の味方組織を結成する人員が足りなかったのである。――というか、クオンに友達などいるのだろうか? 純粋に、ヤヒロは疑問に思ったが、そこは殴られそうだったので、口をつぐんだ。
「そこそこ力がある人間は、圧倒的に正義の味方を目指す人間が多いこの新宿区において、わざわざ悪役の道に進んでいるのです。何か理由があるのでしょう。悪い奴――要するに悪人と、悪役は、イコールではない」
ナルシストの自覚があるクオンは、ナルシストと言われた部分には反論せず、淡々とそう告げた。その言葉に、ヤヒロが腕を組む。
「何とか説得できないか?」
「説得する価値があるのか否かすら、私たちは判断する材料を持ち合わせていません。その上、何せ彼はよりにもよって≪靴はき猫≫の幹部です」
「≪靴はき猫≫……」
それは、ヤヒロとクオンの叔父が組織した”悪”だった。
「もっとも、花音叔父様に、優秀な人間がつくのを見過ごすほど私も優しくはありません。≪長靴を履いた猫≫――アイスの事は、こちらにまかせて下さい」
「任せる?」
「トーヤに、探って貰っています」
「え、まじか」
「はい。トーヤならば、素性を確かめるはおろか、目的すら探ってくれるでしょう」
クオンの声に、大きくヤヒロは頷いた。
確かに周囲を見渡せば、既にトーヤの姿は何処にも無かった。
≪ブリキの木こり≫と呼ばれるトーヤは、現在、実力No.1とされる魔術師の一族の出だと”確信されている”有能な人間だ。オロボスの一族の魔術師だ。
元々は孤児だったそうで、育ての親と家族の元で暮らしていたが、一橋財閥傘下の大学に進学してからは、忠実なクオンのパートナーである(注:下僕とも言う)。
現在、公的に確認されているという意味では、トーヤ以上の実力者は、一人も存在しない。
それは、実力No.1とされるオロボスの一族の他の魔術師であろうが、嘗ての三強も含む、”ソロモンの悪魔”と呼ばれる、それぞれの血族においても変わらない。
もしも叶うならば、嘗て三強と呼ばれたアマイモン一族の中ですら最強とされる”梟”とのガチバトルが見てみたいとまで、言われている。幸か不幸か梟は、生死不明かつ行方不明だが。
――魔術師の存在がこの世界で明らかにされたのも、≪平行世界≫間での往来が可能となったからこそで、最近の話である。
「オロボスの一粒種が出てくれるんなら、大丈夫だろうな」
ヤヒロの言葉に、クオンが静かに頷いた。
「恐らくは。もっとも――やはり敵だった場合には、殺してもらう手はずになっていますが」
「な」
「当然でしょう? 実力在る”敵”など邪魔なだけなのです」
このようにして、その日の高田馬場での喧噪は、幕を閉じた。
だがあるいはそれは、新たな(あるいは)喜劇の幕開けだった。