【3】SIDE:悪役≪靴はき猫≫
「また派手にやられたな」
「痛っ、ちょ、しみるから!」
「大人しく。お前のあえぎ声聞いてもつまらないからさ」
「うるさいわ! 喘いでない!」
俺は、消毒液を頬の傷に塗られ、痛みに辟易しながら≪鼠(魔王)≫こと、同僚のユウトを睨んだ。若山悠斗。俺が、≪正義の味方システム≫の依頼書の前で、応募のしかたが分からず混乱していたところ、手ずから応募方法を教えてくれ、その結果、間違って一緒に悪の組織に入ってしまった同僚である。
≪正義の味方システム≫は、ごく簡単に言うと、ハローワークの出先機関だ。
募集団体が求人票を出している。
違いはと言えば、個人からの依頼も受け付けている点だろう。
猶言えば、窓口の人はいるものの、相談員のオジサンやオバサンはいないので、全てが、機械処理されている。その為、入退室時にも使うし、機械操作にも使うので、一度利用証(見た目、スイカとかパスモとかイコカとかそう言うの)を作ったら、無くすと大変なことになる。再発行には、二ヶ月の審査期間と五百円がかかる。
さてちょっとまた、【ロキ】風の思考で、俺は世界観説明をしたいと思う(一体誰に何でだろうか。そこはつっこまないでやって下さい)。
≪平行世界≫が公になってから、この世界では、”魔術師”の存在も周知された。あくまで暫定的に魔術と呼ばれているだけで、他にも色々呼び方はあるのだろう。だが大本となったのは、明らかに魔術だったので、やはり、魔術と呼ぶのがすっきりするような気もする。
元々こんな世界になる前から、魔術師というのは、都市伝説の陰に隠れつつもひっそりと存在してきた。それらが、異世界間での”扉”を開く開かないで起きた≪青薔薇戦争≫の時に、一斉に表に出たのだ。
魔術の種類は四種類在る。
血脈魔術、召喚魔術、聖書光術、PSYだ。
血脈魔術とは、歴史は最古だが、使える者は限られる。
よくファンタジー小説の中でイメージされたり、某紀伊國屋書店の本棚に並んでいる魔術書(ソロモンの鍵とか混沌の書とかの現代語訳)の数々のモデルになったり、秘密結社系で扱われているようなのは、全部この存在を漏れ聞いた誰かが、創作した代物だと言っても過言ではない。
これはラッキーマザー・イヴのミトコンドリアと、各地のY染色体アダムの組み合わせで、特定の一族に発生する、人体が先天的に備えている魔力を使う魔術師の集団だ。
あれだ、ラッキーマザーと言うのは、よく言うミトコンドリア・イブっていうのは、運良く現世までミトコンドリアが幸運にも伝わった女性、と言うことらしい。イブの娘についても同じ。で、Y染色体アダムも、運良くY染色体が、今まで伝わった人のことである。ただしこちらは、我が国日本の万世一系だとかの陰謀論でも言われるような、何故男系が重要視されるのか問う根拠のようなものである。
だから詳細は省くが、特定一人のY染色体の持ち主を指すわけではなく、いくつかの家系の始祖的男子を指しているらしい。
そんなわけで在る特定のミトコンドリアとY染色体の持ち主が、凄い魔力を持つらしい。その為、血脈魔術師は、圧倒的に男が多い。勿論、ミトコンドリア重視で、強い女性魔術師もいるとは聞く。ただ、俺は科学に弱いので詳しいことはよく知らない。
で、あくまで遺伝子が重要なので、人種も国籍もバラバラだが、同系統の魔術を使える者が”一族”と言われる。現在、72血族が確認されている――ソロモンの悪魔と呼ばれている、72の血族だ。その中でも、嘗ては三強と呼ばれる一族がいた。
アシュタロテ、アスモデウス、アマイモンである。
しかし現在、アシュタロテの一族は、「異世界に行けるとかwktkヒャッホー」で、この世界にはいなくなってしまった。アスモデウスは比較的多いが、基本的に、アマイモンの部下として生きていく人間が多かったため、アマイモンの大半が虐殺されて以後はごく普通の一般人として生きている事が多い。
ユウトはこのアスモデウス一族の出身だ。そして、俺は、虐殺されたアマイモン一族の生き残りである。
悠斗と俺がばったり会ったのは偶然だったが、出自的に、世話を焼いてくれるのがアスモデウスで、世話を焼かれるのがアマイモンであるせいか、何かと御世話になりつつ現在も生きている。何でも”血の因果”というものがあるらしく、アスモデウスがアマイモンに世話を焼いたり、三強がいなくなった現在”ソロモンの悪魔”最強と呼ばれるオロボスはアマイモンと魔力交換が出てきたりする。多分俺がアマイモンの出だからこの二つを知っているだけで、他の種族にもそれぞれ種族ごとに何かあるはずだ。
ちなみに他の魔術も紹介しておこう。
召喚魔術は、想像力を駆使して、使い魔を具現化させて戦わせる。これが、もっとも標準的な正義の味方の力だ。≪Oz≫だの≪靴はき猫≫だのとくくられているのは、コレが主な理由である。
例えば、俺は血脈魔術のアマイモン派の魔術が使えるが、普段は、≪長靴を履いた猫≫を召喚して体に憑依させて戦うのである。お伽噺系は想像しやすいので、よくグループ名になる。
特筆すべき事柄としては、想像思念召喚は難易度MAXだ。
現在世界には、国際レベルでの共通認定資格として、魔術師の資格試験がある。その中で最も高位の特務級魔術師の一人は、想像思念召喚ができる召喚魔術師だ。特務級の内の一人は、血脈魔術師じゃなく、コレ――召喚魔術師として資格を取ったのである。他は全員、血脈魔術師なのに。純粋に凄い。そいつは、=【Mr..魔法少女】である。想像思念召喚は、お伽噺などをよりしろにせず、単純に自分の想像力だけで、使い魔を召喚する手法である。例えば、超美少女が使い魔だったらいいのに、と望んだら、超美少女の使い魔が出てくるのだ。だが大抵の正義の味方は、自分の想像では具現化できず、色々なお伽噺を根拠に、何らかの存在を召喚し、これで頑張っているわけだ。
聖書光術は、原理不明だが、基督教徒に発現した魔術である。なお、魔術ではなく、光のもとにある奇跡だと、バチカンは宣言している。そのため、魔術儀式の中にキリスト教的な儀式入れる集団は、直轄魔術集団≪黄金の林檎団≫の人間として扱っている。これは、洗礼を受けている者の内、聖書を持っていると、使える人がいるそうだ。聖書は、身につけていればそれでOKで、発現する能力は、千差万別であるという。クオン――一橋久遠は、この大家である。神に愛されし子と言われている。
最後が、PSY。
これは、所謂超能力。例えば、ヤヒロもコレだ。
ヤヒロは恐らく、俺の同級生の、八廣三葉である。
平行世界が認識されるようになるのと前後して、この世界では、突然変異的に、ESPやPKの能力者が生まれるようになった。PSY能力者は、魔術師と違って、魔力を必要としないが、その分肉体への疲労が大きい。その為、常に体内のエリアリア濃度を一定に保つための、PQu0-1の錠剤を持ち歩いている。
最近クラゲ味が出たらしいが、俺はその味を作った奴は馬鹿なんじゃないのかと思う。
なんだよクラゲ味って。
能力者の内訳は、突然変異8割。
残る2割は、人為的に魔術師を作ろうとした科学の結晶だ。
科学って凄い。魔術師のミトコンドリアとY染色体の謎を解明したのも科学者である。
以上だ。
なお要するにどれも魔術と呼ばれてはいるのだが、少なくともこの新東京府で認識されている限りにおいては、それを解明した科学が一番、優れた学識の持ち主だと考えられている。俺もそう思う。
「よし、治療終わり!」
ユウトの言葉で、俺は我に返った。
「有難う! お礼に今度、クッキー焼いてくる」
「イラナイ!」
「なんだと?」
「いやだから、イラナイって。それよりアイス。カノン様に呼ばれてるぞ」
聞き返してやったというのに、ユウトは言葉を撤回しなかった。
言葉を撤回しなかった……。
≪鼠(魔王)≫と呼ばれる相方と連れ合い、俺は立ち上がりエレベーターへと向かう。
ここは悪の組織≪靴はき猫≫の本部だ。
ユウトは、二十四歳。学年で言えば、俺の一つ年上だ。
具体的に普段何をしているのかは知らないが、パスタを作るのが異常に上手い。
多分イタリアン系の外食でバイトしているのだろう。
彼は≪靴はき猫≫の総員召集にも良く「今バイト中なんで無理です」と送ってくる。
後は、心理学を学んでいるらしく、専門職大学院に行っていると聞いた事があるが、何それオイシイの状態で、詳細を俺は知らない。たまに、ロールシャッハテストの実験台にされるが、何このコウモリ、形態反応ってどういう意味状態の俺である。
緑を入れた茶髪に染めた髪で、少々猫目の青年だ。
自衛隊に就職が内定しているらしく、俺に付き合って悪役をやってくれているのは、就職後に『俺悪役にパイプ在ります(副音声:だからいつでも一網打尽にする手はずは整っています★)』と言うためらしい。今の世の中、自衛隊と警察官は、就職すると半ば強制的に、≪正義の味方システム≫のポイント制に組み込まれるので、働く前からポイントをためておくのは、頭が良いのかも知れない。
ちなみに俺は、自衛隊公式正義の味方集団の≪帝国火撃団≫のファンだったりする。
接点0だけれども。警察庁公式正義の味方集団の≪火サス≫とか、警視庁公式の≪公僕≫も嫌いじゃないけどな。
そんな事を考えながら、正面で開くエレベーターの扉を見守った。
その向こうには、豪奢な橙色の毛足の長い絨毯が広がり、正面には飴色の執務机がある。
「無様だな」
こちらを一瞥しながら、手を組みボソリと、≪カバラ侯爵≫こと、この≪靴はき猫≫創設者であり最高権力者であるカノン様が呟いた。総帥である。
一橋花音。
名前から分かるとおり、≪Oz≫のクオン、一橋久遠の叔父だという。
聞いた話だと≪Oz≫のヤヒロ、八廣三葉の叔父でもあるらしい。
可愛いのは名前だけで、無精髭の生えた、くたびれた三十代前半のオッサンである。
黒い髪に青い瞳をしている。切れ長の眼差しだ。
なんでも、クオンの父親である実の兄に、婚約者を寝取られ(しかも兄と元婚約者は結婚してクオンを設けたのだとか)、兄も元婚約者も亡くなった後、憎き兄の子である久遠をつけねらっているのだそうだ(話を聞く限り、実の兄に陵辱されたらしいが、お兄さんは総帥に歪んだ愛情を持っていたんじゃないんだろうか)。哀しいのは、愛した彼女と、甥っ子久遠がそっくりである事らしい。ただとりあえず、この新宿区での一番のヒーローであるクオンの邪魔をする事に命を賭けている人である。
「だけど本当無事で良かった!」
そう言っていきなり、総帥が俺に抱きついてきた。
「ぶ」
首が絞まってます、リアルキツいす。
「お前なぁ、あんまり無理すんじゃねぇよ。嫌がらせに命かけるとかあり得ないから、馬鹿だから、適度にやってくれればいいから!」
「はぁ、はい、すんません」
「とりあえずゆっくり休んでくれ。それだけ。労いたかったから呼んだだけだから帰って良いぞ!」
無精髭を撫でながら、総帥がそう言った。
そんなこんなで、本日の俺のバイトは終了した。
「あー腹減った」
「ラーメンでも食ってく?」
俺の呟きに、悠斗が視線を向けた。
「嫌いいや。金無いし」
「おごろっか?」
「いいって」
俺は笑って首を振った。
たまに、悠斗のその言葉が、友達としての発言なのか、同僚としての発言なのか、それとも断ち切れない血脈の関係下における、無意識的に強制された発言なのか分からなくなる。
俺は、自分の出自故に、服従される、みたいなのは願い下げだ。
「明日も学校だし、帰るわ」
「おぅ。まっすぐ帰れよ」
そんなやりとりをして俺達は別れた。
頬に張られた絆創膏を撫でながら、俺は自分のアパートのエントランスに立った。
俺の家は、二階にある。
二階建ての二階だ。
現在、午後八時である。
高田馬場で少年を助けたのは、午後二時くらいだろうから、もう六時間くらい経っている。
曇り空に圧迫されて白かった世界は、現在では、宵の闇に包まれている。
真っ黒な夏の夜だ。
ミルキーウェイ的なものが見える。
そう考えて、今日は8/7だから、丁度七夕から一ヶ月かと思った。
「ん?」
考え事をしながら、階段を上った俺は、思わず足を止めた。
俺の隣の部屋の前に、段ボールが沢山詰んである。
あからさまに視線を向けてしまった時、丁度扉が開いた。
「っ」
出てきた人物が、俺を見て息を飲んだ。
同い年くらいの青年で、黒い髪に黒い瞳をしている。
――イケメンとか滅べばいいのに。
俺なんぞ垢抜けたくて最先端でいようと髪を染めているわけだが、明らかに生まれたままの色のくせに、それがどうしようもなく似合う青年だった。いや、本当に生来の色かは分からない。俺は純粋な日本人のため目の色は、そりゃ黒い。だが、日本人の目の色の黒って、よく見ると、純粋なブラックではない。若干茶色いらしい。しかし今真っ正面にいる引っ越してきたらしい隣人の目は、それこそ闇のように、寧ろ青みがかって見えるくらいに、真っ黒だった。
「――こんばんは」
俺は会釈して、隣の、自分の部屋の前に立った。
前の隣人が引っ越していったのは、先月の事である。
もっとも、隣室の奴と何て、話す事は滅多にないのだが、会ったからには心証は悪くしたくない。
「藍洲と言います。今日、引っ越しですか?」
藍洲伊織、それが俺の名前だ。
「……」
俺の言葉に、フイっと引っ越してきた奴は顔を背けた。
感じ悪!
「何かとご迷惑をおかけする事もあるかとは思いますが、よろしくお願いします」
俺は大人な対応をして、部屋の中へと入ったのだった。
あれだよな、顔良いと色々と許されて生きていけるから、性格ねじ曲がるんだろう。
勿論、顔が良いからみんなに優しくされて、超純粋に育つパターンもあるって分かってるけどな。
人は顔じゃないとか嘘だろと俺は思う(笑)。
まぁ俺は顔で評価された事がない人生を送ってきたので、僻みかも知れないけどな。
パタンと扉を閉め、俺は靴を脱ぎながら脱力したのだった。