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 この学園都市には、貧乏人と大富豪しか存在しない。
 そもそもが富裕層のために作られた学園都市なのである。そして。

 ――普通の大学生の生活を覗いてみたい。

 お金持ちの考える事というのは分からないもので、そんな奇特な人々が存在するらしい。その結果、奨学生として進学した僕にあてがわれた部屋には、監視カメラが付いている。

 一見すれば、監視カメラには見えない。
 黒い半筒型のカメラが、天井の中央についているのだ。
 それを一瞥してから、僕はカップラーメンに視線を戻した。

 昔から変わらない相変わらず切り詰めた生活を送っているが、監視カメラの下で生活してさえいれば、僕は学費を支払わなくて良い。

 割り箸を手に取り、陽光の差し込む窓を見る。大学に入学して三ヶ月。夏が来た。
 ふたを開け、カレー味の麺を啜りながら、コタツの上に鎮座しているノートパソコンへと視線を戻す。本日はレポートの提出日だから、この簡素な食事を終えたら、僕は大学へと行く。

 ――本当に僕の部屋を視聴している人々などいるのだろうか?

 奨学生以外の一般学生には、閲覧専用のタブレットが配布されているのだという。
 しかし奨学生同士は、互いの生活を覗く事はできない規則だ。入寮時に、こうした幾つかの規則を書いたパンフレットを貰った。

 なんでも人気が出れば、奨学金の額が上乗せされていくらしい。
 どうやって人気を博すのかは、説明書には記載されていなかった。

 この都立桜染大学には、男子学生しかいない。公的には共学だが、暗黙の了解で男子学生しか入学できない事になっている。同様の制度を持つ女子学生ばかりの大学が、近隣に存在しているそうだ。

 カップラーメンを食べ終え、ゴミ箱に投げ捨てる。汁まで飲み干した僕は、貧乏性だ。
 それからレポートを印刷し、ジャージから私服に着替える。
 もう慣れたが、当初はカメラの下で着替えるのは、多少羞恥にかられた。
 玄関へと向かい、僕はよろめきながら靴を履いた。

 玄関にも監視カメラはあるお風呂やトイレにさえカメラはある。

 だが閲覧者はどうせ同性だ。そう思えばすぐに羞恥心など消えた。
 むしろ男の排泄風景など、見る方が苦痛だろうとすぐに察したのだ。
 カバンを横がけにして、それから僕は大学へと向かった。バスに揺られて、長い坂の上にある構内へと入る。

 そして――格差を実感するのだ。
 秘書を連れて大学へ来ている学生は、かなりの数に上る。

 上品な衣服を着ている学生が多く、僕のように下北沢で購入したような私服を着ている生徒は滅多にいない。レポートを僕のようにギリギリに出す学生も滅多にいないから、向かった文学部準備室は空いていた。僕は日本文学を勉強している。

 一学年はだいたい三百人前後だ。
 奨学生が約三十名だから、十人に一人は奨学生だ。
 中には目立っている奨学生もいる。常に人に囲まれているのだ。
 僕は良い意味でも悪い意味でも目立っていない。
 だから学内で声をかけられることもない。

 無事にレポートを出し終えた僕は、エレベーターを待っていた。
 白いイヤホンで音楽を聴いている。この後は学食でパスタでも食べようかと考えていた。扉が開いたのはその時のことだった。

 降りてきたのは、僕でさえ知っている構内の有名人だった。
 古くから続く大手製薬会社の御曹司――三澄直衛だ。すっと通った鼻梁をしていて、カラスの濡れ羽色の髪と目をしている。背の高い彼を見上げてから、僕は一歩脇にそれた。僕とは天と地ほど立場が違う。今も彼に続いて降りてきた、一種の取り巻きの人々が、三澄を称賛する声をあげていた。

「お前ら、先に行っていろ」

 その時凛とした声が響いた。少し低めのテノールの声だった。
 ぼんやりと見守っていた僕は、不意に肉食獣じみた三澄に、まっすぐに見据えられた。
 それだけでゾクリと背筋を怖気が這い上がる。

 関わってはいけない人物――それが当初からぼくが三澄に抱いていた印象だ。

 切れ長の瞳、端正な顔立ち。何より他を寄せ付けないような、圧倒的な存在感に気圧されそうになる。気づけば、その場には僕たち二人きりになっていた。

「確かお前は、奨学生の泉水晴佳だったな」

 唐突に名前を呼ばれ、僕は正直うろたえた。何故僕のことを知っているのだろう?

 雲の上の人の言葉に驚きながら、僕は音楽を止めた。

「その……ファンなんだ。良かったら、食事でもどうだ?」

 響いたその声に、虚をつかれて僕は目を見開いた。