14
次の日から、直衛が仕事に行ってる間は手を拘束されることになった。
もちろん僕は拒否した。
すると、耳元で囁かれたのだ。
「そうされるお前を、みんなが見たがってる」
思わず真っ赤になってしまった。結果、直衛の機嫌は最悪になった。
ハッとした時には、手錠をはめられて、ベッドサイドに繋がれていた。
これでは、トイレに行けない。
行きたい。先程から僕は、そればかりを考えている。
ガクガクと体が震える。トイレに行きたい。
だけど我慢するしかにあ。
なんと――直衛が帰ってくるまでに、おもらししたら、明日も鎖で繋ぐと言われたのだ。つまり、今日我慢すれば終わりなのだ。我慢できなければ、明日もこれだ。
直衛が早く帰ってくることを祈った。
最初はそればかり考えていたのだが、次第にトイレのことしか考えられなくなっていった。とにかく、はやく、トイレに行きたい。漏れる。漏れてしまう……!
「っ、ぁ……う……ぁぁァ」
僕は体を震わせた。ダメだ、出る――そう思った瞬間、体から力が抜けた。
ボトムスを温水が濡らしていく。
涙で滲んだ視界で、濡れて色が濃くなっていく布地を見た。
絶望感が襲ってきたのだが、同時に解放された瞬間の気持ち良さにゾクゾクした。
少しして――直衛帰ってきた。
「随分と気持ちよさそうに漏らすんだな」
直衛はそう言うと、手に持ったタブレットを一瞥していた。
僕は恐る恐る天井を見上げた。トイレに行きたすぎて忘れていたのだが――ああ……監視カメラに全部映っていたのだ……。
それから直衛が、鎖を外してくれた。
僕はシャワールームに逃げた。体を洗いながら泣いた。
出ると、直衛の秘書さんが、僕の漏らしたものを掃除していてくれた。
死ぬほど恥ずかしかった。これは、昨日もである。
そして秘書さんが出て行ってから、直衛が僕に言った。
「服を脱いで座れ」
僕は何か言い返す気力もなくて、言われた通りにした。
直衛は、僕の座るベッドの前に椅子を置いた。
正面から向き合う形で、僕たちは座っている。
直衛は何も言わずに、じっと僕の体を見た。
結果――次第に僕の体は熱を持ち始めた。そんな自分に呆然とした。
直衛が僕を見ている。それだけで、ゾクリと背筋に快楽が走ったのだ。
何も言わず、じっと端正な顔で、直衛は僕を見ている。
「……直衛?」
「……」
「直衛」
「……」
「っ」
何も言わない直衛に苦しくなる。全裸の僕は――情けのないことに勃ちあがってきた陰茎を意識した。まだ全部ではないが、時間の問題だった。直衛の視線がそこに向いた瞬間、一気に体が熱くなった。見られているだけなのに、僕の体は熱くなる。
「あんなに清楚だった泉水の宮がなぁ」
「直衛……」
「なんだ?」
「僕をもっと見て」
思わず僕は、そう言っていた。すると直衛が小さく息を飲んだ。
「――もちろんだ。ずっと見てる。したいようにしてみろ」
頷いて、僕は自分の陰茎を手で握った。
そして直衛の瞳を見た。目が合う。するとゾクゾクした。
そのまま僕は声を上げて、陰茎を扱いて果てた。直衛に見られながら。
監視カメラのことなんて、頭から抜け落ちていた。
手のもたらした刺激ではなく、直衛の視線が全てだった。
僕は息を落ち着けてから、改めて直衛を見た。
「あの」
「なんだ?」
「――まだ僕のこと好き?」
賢者タイムとでも言うのか、冷静になった思考が、僕に言った。見られて感じる僕は、紛れもない変態だと。今度は、ひかれたのは、僕の方なんじゃないのかと。だから聞かずにはいられなかった。
「あたりまえだ」
「まだ、その、僕は返事をしても良い?」
「――俺の告白に対してか?」
「うん」
「ここで?」
「うん」
「……公衆の面前で振られるのは、さすがに堪えるものがある……が、そうだな、答えがどちらであっても、お前が俺の告白に対して真剣に考えてくれたということだろうから、その事実は、みんなに見せつけてやりたいとは思う」
「あのね、直衛、僕――」
「やっぱり待ってくれ。俺は見るのはいいが、見られるのは嫌なんだ」
こうして――この日も僕は、直衛に好きだという機会を逃した。
そんな日々を繰り返しているうちに、夏休みが終わってしまった。
後期が始まったその日、僕の家に、奨学金が上乗せされたとの知らせが舞い込んだ。
灰色の大きな封筒から、僕は書類を取り出して驚いた。
見たこともない桁が並んでいたのである。
これが――視聴による奨学金の上乗せなのかと、僕は驚いた。
すると、一緒にいた直衛が、その紙を取り上げた。
「もう、奨学金をもらうのはやめだ」
「え?」
「このくらいのはした金はいくらでも出す」
「そんなわけにはいかないよ。それに、奨学金がなくなったら、大学をやめないといけない」
「――言葉を変える。もう、監視カメラの下で生活するのをやめてほしい」
「へ? どうして?」
「もうお前を誰にも見せたくない。最初の頃こそ、俺のものだと見せつけたかったが、今では逆に、お前を見ている連中全てに対して嫉妬する。晴佳が見せつけるような素振りを見せたら、それだけでその日は、仕事に支障が出るほどだ」
「直衛……」
「だから、奨学生をやめてくれ。学費の肩代わりや生活費の援助は、三澄家が将来のうちの会社の社員候補に対して以前から行っている制度の一つだ。何もこの学園のカメラつきの奨学金にこだわる必要もないだろう?」
「うん……え、いいの?」
三澄直衛と仲良くなると、就職先を斡旋してもらえると、いつか聞いたことがあったなと思い出した。あれは、本当だったのだろうか? なんとなく、この話のような気がした。
「もちろんだ。それにお前は、将来も有望だしな。成績表を改めて見ても」
「あ、ありがとう」
思わず照れた僕を、直衛が抱き寄せた。
そして、こうして二人でカメラに映るのも最後になるのだと思い、僕は天井を見上げた。
「直衛」
「なんだ?」
「僕は見られるのが好きみたいだ」
「なんだと?」
「直衛に告白する場面を」
「っ」
「僕は、三澄直衛が大好きです。僕と付き合ってください」
このようにして、俺と直衛は、学内中公認の恋人同士となったのだった。