13
そうして――夏休みが来た。
夏休みの間、直衛は仕事があるらしく、しばらく来られないと言っていた。
それを聞いたのと、同じ時だ。
「晴佳」
「なに?」
「離れてる間、その」
「うん」
「頼みがあるんだ」
「だから、なに?」
煮え切らない直衛に、僕は首を傾げた。
「お前が一人でしているところが見たい」
「っ、え?」
「もちろん俺以外の誰かとヤっている映像なんて、流れた瞬間許さない」
「そ、そんなことしない! けど、え?」
「ああ、信じている。ただ、その……俺も寂しくなるから、お前の感じている表情だけでも見たいんだ。離れているから、視聴しかできないが」
「……」
僕は真っ赤になったと思う。ただ――なんだか、体が熱くなった。
そもそも最初は、一人でしているところを見られるのが嫌で、直衛と一緒に映ったはずなのだが――……直衛に見られる、そう考えると、それだけで体がゾクゾクしたのだ。
「わかった」
小さく頷いた僕の声は、消え入りそうなほど小さかった。
こうして、久しぶりに、直衛不在のよるがやってきた。
ベッドに腰掛けて、僕は服の上から、自分で乳首に触れてみた。
直衛の指先とは異なり、自分の指は、甘い疼きなどもたらしてはくれない。
続いて、服の下に手を入れて触ってみる。
しかし、やはり求めているものとは違う。そう思って嘆息した時――カメラの存在を急に意識した。そうしたら、一気に体が熱くなった。一体、カメラの向こうで、みんなは僕をどのように見ているのだろう? 直衛も今夜からは見ているのだ。ゾクっとした。
僕は、先ほどまでとは異なり、見られていることを意識しながら、服を脱ぐことにした。ゆっくり、すこしずつ、一枚ずつ。照れているように映っているだろうか。実際恥ずかしいことは恥ずかしいのだが、僕は自分の欲望まみれの内心とは違うふうに外部に取られている自信があった。
なにせ食堂で僕の痴態を褒め称える人々は、清純な僕が恥ずかしそうにしながらも快楽に堕ちていくのが良いという。それは、最初の直衛もそうだったが、勘違いである。
僕は、さも監視カメラから逃れようとしているふうに、体の角度を変えた。
ゆっくりと下着を下ろす。
既に見られていると思うだけで勃ちあがりそうになっていた。
ベッドの上に上がり、両膝を折り曲げる。
そして、中心に手を添えて、左手ではシーツを握りながら、僕は自慰を始めた。
気持ちいい。
目を伏せると、直衛の顔が浮かんできた。見ているだろうか?
そのままあっけなく果てた後、僕はベッドサイドに直衛が置いていったローションの瓶を見た。ダメだ、前だけじゃ足りない。なかに、直衛の巨大なものが欲しい。そうでなくとも、指だけでも――そうは思ったが、さすがに一人で後ろをいじるというのは、いくら僕でも恥ずかしすぎてできない。だからため息をついて、体に僅かに残っていた熱を僕は逃した。
そんなことを、僕は数日繰り返した。
そして――やっと直衛の仕事が終わったという連絡が入った。
僕は熱が溜まっていた体が、これで解放されると思った。
だがそれ以上に、早く直衛に会って、僕のことを見ていたか聞きたくなった。
直衛は、僕に対して、他の人としたら許さないといったが、寂しくなったとき直衛も僕以外とはしないのだろうか? 僕のことを好きだと言っていたが、しないかどうかが僕にはわからなかった。なにせ――直衛はモテる。離れていたら、改めて思い出したのだ。そもそも僕と直衛は住む世界が違ったんだったということに。
だから僕は、直衛が目の前にいるうちに、言っておかなければならないと思ったのだ。
きちんと、好きだと。
「これ、土産だ」
「ありがとう」
言おう言おうと思いながら、僕はお土産を受け取った。
「開けていい?」
「ああ。今すぐ開けてみてくれ」
頷いて袋を開けて――僕は硬直した。
「直衛、これは?」
「バイブ」
「え?」
「見ていたが、切なそうにローションを見ていたから、なるほどと思ってな」
「っ」
「中に欲しかったんだろう?」
僕は真っ赤になった自信がある。まさか視線でバレるだなんて思ってもいなかったのだ。同時に、目の前に生々しい大人の玩具が現れたものだから、告白するタイミングを逃した。
「使ってみてくれ、今すぐに」
「え」
僕は、直衛が欲しいと言いたかった。
けれど――……じっと玩具を見てみる。
直衛は、これを使う僕が見たいのだろうか?
そう思えば、また僕の体は熱を孕む。見られたかった。
「あ、あっ……直衛、こ、これ……太い、ぁ」
「俺よりは太くないぞ」
「か、たぃ」
「そうか? 柔らかいシリコン製と箱に書いてあるが」
「あああああ、動かさないでぇっ」
ローションをつけて僕の中に入れたバイブで、直衛が感じる場所を突き上げる。
僕はのけぞった。
「ほら、自分でやってみろ」
「ふっ」
僕はシーツの上に寝そべり、膝をつき、右手を後ろに伸ばした。
そして直衛がバイブから手を離したので自分で持ち、ゆるゆると動かしてみた。、
無機質な感覚がする。
「スイッチは入れないのか?」
「こういうの、嫌だ」
「本当に?」
「う、うん」
「どうだろうな?」
「!」
その時直衛がスイッチを入れた。
そこで初めて僕は、どことなく直衛が不機嫌そうだと気づいた。
「あ、あ、あ、止めて。や、直衛」
「……」
「直衛、僕、直衛が良いっ、ぁ」
これは本音だった。だが、直衛の機嫌を直したいという思いも少しあった。
その時――直衛が言った。
「お前は、あの自慰を誰に見せてるつもりだった?」
「っ」
「モニター越しだとよく分かった。今もお前は、誰かに見せているつもりなのか? 俺がいるのにな」
「ぁ……」
見透かされていた。一気に羞恥で、僕は涙がこみ上げてきた。
「否定はなしか。肯定か」
「ま、待って、違」
「遅い。しばらくはお仕置きだな」
直衛はそう言うと、手錠を取り出した。長い鎖付きだ。
今回のお仕事では、どうやら大人の玩具を多数お土産に買ってきたらしい。
僕は、大人しく手首に手錠をはめられていた。
これで直衛の気が済むなら、それでいいと思っていた。
手錠くらい抵抗はない。バイブが引き抜かれたことのほうが辛かった。
そうして見守っていると、長い鎖がベッドサイドに繋がれた。
「起き上がれるか?」
「うん」
頷いて僕は起き上がり、座り直した。
多少不便ではあるが、長い鎖のおかげで不自由なく体を動かせそうだった。
なんというか、拘束具というよりも、犬のリードみたいだった。
ただし手首は動かない。
「はぁ、そうだ――酒も土産に買ってきたんだ」
「そうなの?」
「ああ。飲め」
直衛はそう言うと、赤ワインを持ってきた。
グラスに注いでくれる。グラスも買ってきたらしい。
両手を拘束したままで、僕の口にグラスをあて、直衛は飲ませてくれた。
二杯ほど一気に飲んだ。
そして。
「悪い、少し仕事をする」
「え、あ、うん」
直衛はそういうと、僕のこたつの方へと向かった。
そして卓上にタブレットをおいて、何やら操作し始めた。
しばしの間それを眺めていた僕は――十分、二十分、一時間、二時間。
何をされるでもなく、僕は全裸で繋がれたままだ。
特に会話もない。直衛は、まだ機嫌が悪いのだろうか?
そう考えていたら、僕はだんだん体の熱が冷めた。
同時に、トイレに行きたくなった。久しぶりにアルコールを飲んだのもあるだろう。
「直衛、トイレに行きたいから、外して」
「我慢しろ」
「――え?」
響いた声に、僕はぽかんとした。
耳を疑った。今、なんて?
「な、直衛? あの、トイレに……」
「今は仕事中なんだ。あとにしてくれ」
「え」
僕は焦った。そうしたら――とたんに強く尿意を感じた。
慌てて立ち上がってみる。
ベッドサイドに立つことができた。その程度には鎖は長い。
だが、それ以上は動けない。引っ張ってみるが、甲高い音を立てるだけだった。
「ね、ねぇ、トイレに――」
「悪い、少し電話をしてくる」
「!」
直衛はそう言うと、タブレットを手に持ち、スマホをポケットに入れて、部屋から出ていった。玄関の扉が閉まる、ガチャンという音が無情にも響いた。
我慢――……? 僕は目を見開いた。
トイレに行きたい。トイレ、トイレトイレトイレ。
全身が震え始めた。トイレに行きたい。
このままでは漏れてしまう。涙がこみ上げてきた。
出てしまう、このままでは。体に力を入れる。太ももをギュッと閉じた。
え、なにこれ?
夢中で首を振り、唇を引き結んだ。
直衛の『お仕置き』という言葉が蘇った。
まさか、まさかだ。
「っ、ぅ」
しかし、すぐに何も考えられなくなった。あ、出る。出てしまう。
――温水が、僕の太ももを濡らしたのは、その直後だった。
僕は、漏らしてしまったのだ。そんな事実に頭が真っ白になる。泣いた。
けれど……死ぬほど気持ちよかった。ダメだと思ったのに、出てしまったその一瞬、開放感が全身を襲ったのである。
そのまま僕は、放心状態でぐったりと床に座り込んだ。
するとちょうど直衛が帰ってきた。
「あ、やだ、やめ、見ないでくれ」
「――明日からは、日中仕事に行くことになった。もう泊りがけではいかない」
「……」
直衛は僕の言葉を無視し、床に溜まった水たまりを見ていた。
――これが、始まりだった。