【七】
お互いの気持ちを確認しあった後で走り出した車が、緋茅町の朝希の家の前で停止した。朝希が車から降りてから、朝よりも外れた場所に車を停め、眞郷もまた降りてきた。朝希の家の車庫の前、道路から離れた場所に、眞郷は車を停めたかたちだ。
家に来たいと車内で告げた眞郷に対し、朝希は頷いた。坂道を上がって玄関の鍵を開けながら、朝希は体を硬くしていた。好きな相手と家の中で二人きりになるというのは、車内よりもさらに緊張する。それを悟られたくなくて、平静を装い中へと入った。
「お邪魔します」
靴を脱いで眞郷も中へと入ってくる。動揺をなんとか静めながら、朝希は居間へと向かった。そしていつかのように、二人でローテーブルをはさんで向かい合う。朝希は湯呑みを二つ用意して、お茶を淹れた。
「なぁ、朝希くん」
「な、なんだよ?」
「俺は朝希くんの心も勿論欲しかったけど、体も欲しい」
「……そ、その……俺は、女とも付き合った事が無いし、男とも無い……どうしていいか、分からねぇんだよ……俺、どうしたらいい?」
「俺に抱かれるのは、嫌じゃない?」
「分かんねぇ。けど、多分……嫌じゃない」
なにせ、抱かれる空想をして自慰に耽ったほどだ。しかしそれは口にしない。
「だったら、寝室に行きたい」
「お、おう……あ、で、でも、ふ、風呂とか……」
「俺は気にしないけど、朝希くんは気になる? 気になるなら、待っているから入ってくるといい」
「行ってくる」
勢いよく立ち上がり、朝希は逃げるように洗面所へと向かった。脱衣所を兼ねたその場所で服を脱ぎ、慌てて浴室へと入る。そこで丹念に髪や体を洗ってから、最後に頭から温水を浴びた。いつもよりも長い時間そうしていたのは、これからの情事を想像してガチガチに緊張していたからだ。しかしあまり待たせても悪いだろうと思い、心の準備は出来ないままだったが、外へと出る。
そして脱衣所に常備してある着替えの下着とTシャツを身につけて、ボトムスはそのままに、髪を乾かして居間へと戻った。
「待ったか?」
「待った」
「わ、悪い」
「でもいくらでも待つよ。もう大丈夫なら、寝室に案内してくれ」
冗談めかして笑った眞郷には、やはり余裕があるように見えた。朝希は頷いて立ちあがると、居間を出て、二階へと続く階段の前に立った。眞郷がついてくる。軋む階段をそのままのぼり、自室の隣の座敷に向かった。
押し入れから布団を出し、そこに敷く。そして真新しいシーツを広げた。自分の部屋に招いたら、毎夜今日の事を思い出してしまいそうで怖かったから、両親や兄弟が戻ってきた時に泊める部屋へと案内した。
それから畳の上で正座をして、ぎこちなく眞郷を見る。眞郷は鞄から、ローションとコンドームの袋を取り出していた。
「なんでそんなの持ってるんだよ?」
「いつ何があってもいいように、俺は常備してる」
「そ、そうか。行きずりとか、やっぱ、あるのか?」
「一夜限りが一度も無かったとは言わないけど、基本的に俺は恋人としか寝ない。ただいつ恋人が出来てもいいように、用意は怠らない。実際に今日、朝希くんという恋人が出来て、これらも有効活用出来そうだ」
その言葉に、カッと朝希の頬が朱く染まった。こうして二人の夜が始まった。
服を脱いだ朝希の体を、眞郷がゆっくりと布団に押し倒す。
そして首の筋を手でなぞってから、右の乳首を人差し指と中指の間に挟んだ。逆の左の掌では、朝希の左の脇腹を撫でている。
「っ、ん……」
右胸の二本の指を振動するように動かされた時、未知の刺激に朝希は鼻を抜けるような声を漏らした。最初は違和感が強かったが、緩急をつけて指を動かされる内、朝希の乳頭が朱く尖り始める。それを見ると、口角を持ち上げてから、眞郷が唇で吸いついた。
「ぁ」
そして甘く噛んでから、チロチロと舌先で右乳首への刺激を強める。眞郷の右手は朝希の肌をなぞってから、今度は太股に触れた。
「んぅ、ぁァ……」
眞郷の愛撫は丁寧で、じっくりと朝希の体を開き、昂めていく。熱い吐息が零れるのが恥ずかしくて、両手で朝希は口を覆った。それを獰猛な眼でチラリと見てから、今度は舌で朝希の体を舐めた眞郷が、両手で朝希の陰茎に触れる。既に反応を示していた朝希の雄の側部に両手を添えた眞郷は、端正な唇でそのまま朝希の陰茎を咥える。
「ンっ、あぁ……ァ」
唇を使って雁首までの部分を口で扱きつつ、側部は手で擦り上げる。そんな眞郷の手で、すぐに朝希の陰茎は反り返った。先走りの液が自然と溢れ始める。するとそれを舐めとるようにしながら、眞郷が鈴口を刺激した。ビクンと朝希の肩が跳ねる。
「待っ……も、もう出……ぁあ……っッ」
すると眞郷が口を離した。もうちょっとで達しそうだったものだから、つい懇願するような視線を朝希は向けてしまう。眞郷は余裕が見える目で笑うと、ローションを片手で取った。
「こっちはした事ある?」
「ひっ」
眞郷がローションを絡めたひやりとぬめる人差し指で、朝希の窄まりをつついた。
「な、無い」
「そうなんだ? じゃあこれからは、こっちの方も感じるようにしないとな」
眞郷の人差し指の第一関節までが、ゆっくりと朝希の中へと挿いってくる。そしてぐるりと弧を描くようにして、菊門を広げるように動いた。初めて受け入れる異物感に、朝希は体に力を込めてしまう。
「ゆっくり息を吐いて」
「う、うん……ぁ、あ」
言われた通りに朝希が深く呼吸すると、指先がより深く、中を探るように進んできた。時折左右を確認するように動かしながら、眞郷が第二関節まで挿入する。朝希はギュッと両手でシーツを握りしめながら、膝を折って受け入れる。
「ほら、やっと指が全部挿いった」
ローションが体温と同化した頃、眞郷が優しく言った。それからすぐ、振動させるように指を動かし始める。
「ぁ、ァ……んぅッ……ぁ……ぁぁ……」
朝希が切ない声を上げる。まだ指が一本だけだというのに、内側が満杯になってしまったような感覚がする。その内に、眞郷の指が、弧を描くように動き始めた。少しずつ少しずつ、内側が解れ始める。刺激が体全体に響いてくるようで、朝希は荒く吐息しながら涙ぐんだ。想像や夢と、本物は全然違う。
「指、増やすぞ」
人差し指を引き抜いた眞郷は、そう宣言しながら、ローションをより多く手に絡め、今度は中指もあわせて二本の指を挿入した。じっくりと、だが着実に進んできた指に、思わず朝希が瞼をきつく閉じる。朝希の黒い睫毛が震えている。二本の指が第二関節、そして根元まで挿いりきると、眞郷がその指を開くように動かした。するとさらに内壁が広げられる。ぐちゅりとぬめるローションの水音を卑猥に感じて、朝希は羞恥を覚えた。
「あぁ……っ、ん!」
その時、そろえられた二本の指先が、朝希の中のある個所を刺激した。そうされると内側に燻り始めていた疼きが、明確な熱となって快楽に変わった。少し萎えかけていた陰茎にも、その感覚が直結する。
「あ、あ、あ」
反応を確かめるように、眞郷がそこばかりを指で刺激する。そうされると、朝希は声が堪えられない。
「ここか」
「ひ、ぁ……あ、あ、そこ……変だ」
「変じゃない。前立腺だよ、気持ち良くなるところだ」
涙が滲んでいる瞳を、朝希は眞郷に向ける。知識では前立腺という名前を聞いた事があった。その時眞郷が、左手で朝希の陰茎を握った。そして扱きながら、同時に右手の二本の指では強く前立腺を刺激する。
「や、やぁ、あ、あ、あ……そ、そんな、一緒にされたら、俺、俺……あ、ああ!」
「出していい」
「イ、イく。あ、う、うあ……あああ!」
そのまま朝希は前と中からの同時の刺激により、呆気なく果てた。肩で息をしていると、眞郷が指を引き抜き、コンドームをつけてから、屹立している肉茎の先端を、朝希の菊門へとあてがった。そして弛緩していた朝希の中へ、グッと雁首まで押しいれる。突然の事に朝希は喉を震わせる。
「ああ、あ、ああっ!」
大きく朝希が声を上げる。
すると亀頭までが挿いったところで、一度動きを止めて、眞郷が荒く吐息した。それから左手で朝希の左の太股を持ち上げると、より深く肉茎を中へと進めた。
「んン――っ、ぁァ!」
硬い肉茎が進んでくる度、指とは全く違う熱に押し広げられ、朝希の中が蕩け始める。朝希の腰がひけそうになっても、太股を持ち上げている眞郷がそれを許さない。そうして眞郷は根元まで肉茎を挿入した。深々と穿たれた朝希は、ポロポロと涙を零しながら、体を震わせる。じっくりと解されたから痛みは無い。コンドーム自体にもローションがついていたようで、すんなりと中に挿いってきた。
「動くぞ」
「あ……うん。ンっ……ぁ、ああ……ァ、ん」
眞郷が腰を揺さぶる。その動きが少しずつ激しくなっていく。次第に静かな和室に、肌と肌がぶつかる音と、ローションが奏でる水音が、協和音を響かせるようになった。
「あ、ああ、ぁア――!」
全身がドロドロに蕩けてしまいそうに熱くて、朝希は泣きながら喘いだ。あんまりにも気持ちが良い。初めての他者との交わりに、何も考えられなくなっていく。再び陰茎がガチガチに持ち上がり、反り返って達したいと訴えるように先走りの液を垂らした。
「あ、ン……んっ、う、ぁァ……あ、眞郷さ……ああ!」
快楽が怖くなって手を伸ばすと、眞郷が右手で朝希の体を軽く抱き起した。左の太股はそのまま持ち上げられていたから、抱きついた瞬間には、眞郷の肉茎をより深くまで受け入れる状態になる。眞郷の背に朝希が手をまわす。その中を、一際強く眞郷が貫いた。
「ぁあ、あ――!」
その衝撃で、朝希は果てた。ほぼ同時に、収縮した中に絡めとられるようにして、眞郷も精を放ったのだった。ぐったりとした朝希から肉茎を引き抜いた眞郷は、コンドームを外してティッシュにくるみゴミ箱に捨ててから、朝希の隣に寝転がる。そして朝希の呼吸が落ちついたのを見てから、柔和に笑ってから朝希の体を抱き寄せた。
「やっぱり、可愛いな」
「……変じゃなかったか?」
「どこが?」
「俺……こういうの、初めてだから、分かんなくて」
「何も変じゃなかった」
「ちゃんと眞郷さんも、気持ち良かったか?」
「ああ。『も』と言う事は、朝希くんも?」
「っ……」
照れながらもコクリと朝希は頷いた。すると微笑したままで、眞郷もまた頷く。
「よかった。しかし、可愛い事を聞くんだな。俺の事を気にしてくれるとは」
「だって……好きな相手には気持ち良くなってほしいし、本当に俺で大丈夫かな、とか……」
「想像以上に真面目というか、健気だな。大丈夫だよ、俺は朝希くんがいいんだ」
眞郷が朝希の髪を梳くように撫でる。その優しい感触が擽ったい。
「ダメだな。もっと欲しくなって困る」
「え」
「朝希くん。もう一回」
「な」
そのまま、眞郷が朝希の上にのしかかってくる。こうして朝希が目を白黒させている内に、二回戦目が始まった。