21:今日もどこかで





「そう言うことだから、ごめん」
幸輔は、治樹のことを呼びだして、頭を下げた。葵のことを好きになってしまった事実を、治樹にしっかりと伝えたのだ。応援すると告げたのに、これでは裏切る形になってしまうからだ。
「良いでござるよ」
律儀な奴だなと考えながら、治樹は苦笑した。
とっくにフラれている彼は、静かに嘆息する。
「今度は拙僧が応援する番だ。だから、頑張れよ」
あっさりと諦める事なんて、勿論治樹には出来なかった。だが、少し間をおいた精なのか、今では元の通り、葵と親友として接することが出来るようになっている。葵の身内に不幸があったせいなのか、友達として支えてやりたいという気持ちの方が、恋心より強くなったのかも知れなかった。

それからバイト先へと幸輔は向かった。

「そう言うことなので、気持ちには応えられません」
好きな人が出気体状、そして恋心というモノを知った以上、幸輔は誠実にルカスに対して向き合うことにしたのだ。断らなければ、失礼だ。
「この僕をふろうって言うの?」
いつもの通りの笑顔で、ルカスが言う。
「……すいません」
「ふぅん」
腕を組んだルカスは、幸輔の端正な顔をじっと見た。
珍しく胸が痛んで、動悸がした。そんな自分をルカスは知らなかったから、焦燥感が浮かんでくる。だけど。
「君らしいね。ちゃんと断るなんて」
「え?」
「冗談で流せばいいのに。僕だって冗談で言ってたんだからさ。この僕が本気で君なんかに惚れるはずがないでしょ」
そう告げたのは、ただの強がりだとルカス自身分かっていた。
だけどきっと、こう伝える方が、幸輔も気が楽だろうなんて、考えてしまう。
「しっかり頑張りなよ。後、バイトも続けてね」
「は、はい!」
「しょうがないから、応援してあげる」
それもまた、一つの恋の終わりだった。
心残りだったことを全て片付けてから、幸輔は、きちんと告白しようと決意した。
今日も葵は、バイトを休んでいる。
だから会いに行こうと決意したのだ。


「「はぁ」」
一方、残されたルカスは、誰かと溜息が重なったので顔を上げた。
するとそこには、真鍋が立っていた。
「……どうしたの?」
ルカスが尋ねると、視線で真鍋が、浅木達を見る。
浅木と薫は、そこでパフェを食べさせあっていた。
「うわぁ……」
イチャイチャのラブラブの激甘、と言う奴である。
フラれてきた身としては、何となく怒り心頭で、ルカスは腕を組んだ。
「これは減給かな。仕事中に何やってるの、あの二人」
「ルカスさん心狭いですよ。恋人になって嬉しくてしかたがないんだろうし。だけど高杉には、全然素振り見えなかったのになぁ」
「人の心って分からないものだね」
失恋組の二人は、どちらともなく近くの席に腰を下ろした。
「参考までに聞くけど、真鍋君はフラれたらどうしてる?」
「え、ルカスさんフラれたんですか?」
「うるさいなぁ。聞かれたことにだけ答えればいいの」
「え……理不尽ですよ。そうだなぁ……」
ルカスから視線を逸らし、真鍋が窓の外を見る。今日も良い天気だ。
「基本的には、新しい恋を見つけます」
「恋、ね。この僕が、恋」
「団長とか居るじゃないですか、ルカスさんには。団長とか、団長とか」
「なんていうか、アーネストは違うんだよ。ドキドキしない」
「うわぁ可哀想な団長。というか、ルカスさん、織田君にドキドキしてたんですか」
「だから煩いんだよ君」
それから再び、二人の溜息が重なった。
今日も騎士団は平和(?)である。


葵の家へと向かった幸輔は、意を決してインターホンを押していた。
「はーい」
するとすぐに葵が出てきた。
「あ、幸輔。いらっしゃい」
「……ああ」
「とりあえず、中はいる?」
来るという連絡はなかったが、まぁいいかと葵は、中へと促した。
そうしながら、何故なのか幸輔の顔を見ると、鼓動が早鐘を打つ気がした。
紅茶の準備をしながら、何故なのか朱くなりそうになる頬を、葵は努力で制した。
――何で幸輔相手に朱くなるんだろう?
もしかしたら、この前泣きそうになっているところを見られたからなのかも知れない。
「所で、どうしたの?」
幸輔の正面に座りながら、葵はカップを渡した。
思考を切り替える。
「……話が、あって」
「話?」
葵が首を傾げる前で、幸輔が唾液を嚥下した。
「俺、好きなんだ」
幸輔は、真っ直ぐ葵の目を見て、そう告げた。
「え」
瞬間葵は、自分の顔が熱くなった気がした。もう朱くなるのを止められない。ドクンドクンと胸が騒ぎ、訳が分からなくなる。こんな経験、初めてだった。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が生まれる。
「……あ、あのさ? 好きって、それ、どういう好き?」
静寂を破ったのは、葵の方だった。
「その……LOVEの好きだ……」
言ってから幸輔は恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。なんだよLOVEって!
「本当に?」
驚いて葵が目を見開く。
「ああ……」
「……俺も」
「え?」
しかし、葵から返ってきた言葉に、今度は幸輔が目を見開いた。
「俺も、好きなんだと思う」
「……あ」
「幸輔、有難う」
「いや、その……」
失敗して玉砕する覚悟だった幸輔は、この後どうすればいいのか分からなくなった。
その上、告白が成功した場合の流れを、ラノベ以外の知識では、幸輔は持ち合わせていなかった。
「幸輔、俺と付き合ってくれる?」
何処か不安そうな顔で、葵が言う。
「……あ、ああ! 勿論!」
幸輔の声がうわずった。その様子がなんだか可笑しく見えて、葵は立ち上がると、幸輔の隣に座る。その距離感に、今度は幸輔が朱くなった。
「キスしよ」
そう言って葵が静かに瞼を伏せた。
緊張でガチガチになりながらも、幸輔もまた目を伏せて、静かに唇を重ねたのだった。

その後、高杉家で、幸輔を引き取った浅木との、四人の生活が始まるのだが、それはまた別のお話だ。


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