【第四十話】復讐




 すると昴が俯いた。そして――そして、吹き出すように笑った。そして顔を上げる。
 昼斗はそこにある昴の表情を見て、目を見開いた。
 昴の唇は、歪んだ笑みを浮かべていたけれど、その眼には明らかに侮蔑が宿っていたからだ。

「呆気ないなぁ。計画通り過ぎて、言葉が出ないよ」

 そう述べると、昴が哄笑した。愉しくてたまらない様子で、昴は昼斗を見ては、嘲笑している。

「俺は、昼斗の事なんか、大嫌いだけどね」

 最初、何を言われたのか、昼斗は理解出来なかった。いいや、理解するのを理性が拒んだ。至近距離にいるものの、今、二人は抱き合ってはいない。だから、昴の顔が、昼斗にはよく見えた。

 次に、言葉を理解した瞬間、サッと心が冷えた。

「本当にチョロかったなぁ。姉さんと俺が似てるからかな? それとも、俺が優しかったから? 両方かな。嫌われ者の昼斗には、俺以外誰も優しくなかったもんねぇ。だから円城少佐は邪魔だと思ったんだけど、排除する前に決着がついちゃうんだから、本当に簡単な話だったね」

 笑いながら、昴が続ける。

「聞いてる? 昼斗。俺は、お前のことが、大嫌いだ。好きだなんて、嘘だよ。微塵も愛してなんていない。家族愛すらもない。俺は、お前を義兄さんだなんて感じた事は、実を言えば一度もない。ハハ、本当に単純だな、粕谷大尉」

 呆然としたままで、昼斗はその言葉を耳にした。

「俺がお前を赦すはずがないだろう? 姉さんを殺したお前を」
「……」
「最初から、俺を好きにさせて、捨てる予定だったんだよ。ああ、惨めだね? 可哀想な粕谷大尉。泣いたら?」

 全身が冷たくなっていく。しかし、先程までとは異なり、涙は出てこない。
 元々昼斗は、悪夢を見た時しか、泣く事は無かった。その悪夢も、昴と共に暮らすようになり、最近では見ないようになっていたから、涙を零すのは、ここ最近はSEXの最中と、嬉しくて幸せな時ばかりだった。辛い時、悲しい場合、昼斗は元々、泣く事が不得手だ。

「ああ、馬鹿みたい。俺の嘘を信じるなんて」
「……」
「大嫌いだよ、昼斗」

 そんな昴の言葉を聞いた瞬間、癒えかかっていた昼斗の心が、ボキリと音を立てて折れた。そうだ、赦しなど、何処にも存在しないのだ。己はそれだけの事をしてきた。赦されただなんて幻想で、赦されるはずはない。そう、再認識していた。

 昼斗の瞳が暗く染まる。凍り付いたように、全身の指先までもが冷たくなっていく。
 胸を抉られたような状態になった昼斗は、だが、これこそが自分にもたらされるべき、最善の、罰だと感じた。降格処分なんかよりも、ずっとずっと、適切だ。

「俺の事が、憎い?」
「……」
「俺は、もっともっと、憎んでる。分かる?」

 愉悦たっぷりの声音を放つ昴の前で、ギュッと昼斗は瞼を閉じる。
 不思議と、夢だとは思わなかった。
 漸く、相応しい罰を与えられたのだろうと、そんな心地ですらあった。