【第五十一話】敵
冬の海は、いつもよりも深い青色に見えた。昼斗が到着した時、瀬是は海に落下し本土へと向かおうとしているHoopの三体目を射撃し、破壊したところだった。状況を確認していると、Hoop達の進路が日本列島ではなく――昼斗の搭乗する機体に変わった。これは別段珍しい事ではない。そういうものなのだと、昼斗はこれまで受け止めてきた。Hoopにも敵を排除するという意識があるのだろうと、漠然とそんな風に考えてきた結果だ。
「瀬是、こちらは俺が相手をするから、本土の防衛を」
『――はい』
素直に従い、瀬是が後退する。瀬是の機体は、ところどころ破損していたから、本人の負傷も酷い。最初から負傷した状態の昼斗よりは健康体に近いかもしれないが、現時点においてかなり瀬是は疲弊しているのも明らかだった。
水中種が二体、水面から体を現した。空には女王種の姿もある。合計三体が、昼斗の機体に襲い掛かってきたが、昼斗は冷静だった。愛刀を構え、瞬時にHoopを切り裂いて、沈める。
――高い耳鳴りのような音がしたのは、その時の事だった。
目を瞠ってから、昼斗はモニターの向こうに異変がないか確認する。見れば、先程斬り捨てた女王種がいたはずの空に……一個の陸地のような茶色い円盤が存在していた。先程まで、そこには青空が広がっていたはずなのに、オーロラのような色彩に守られるようにして、見た事のない物体が浮かんでいる。
「あれは……?」
目を疑った昼斗は、思わず呟いた。
《秘宝捜索をしているラムダの母艦だな》
すると機体の声がした。何を当然のことを聞くのかというような色が滲んでいた男性の声音に対し、昼斗が困惑して首を傾げる。
「母艦……?」
繰り返してから、昼斗は直後、驚愕して息を飲んだ。目を見開き、母艦と称された円盤の表面から、ボトボトと海に落下していく大量のHoopを目にした。
「な」
幼生が主体ではあったが、尋常ではない数だ。海を浚う事など不可能であるから、あれでは太平洋中にHoopが満ち溢れるのは時間の問題だ。
「Hoopは宇宙から飛来する地球外生命体なんだろ? 勝手に飛んでくるんだよな?」
思わず現実を疑い、昼斗はそう口走った。すると抑揚のない機体の声が返ってくる。
《探索のために各地に自動飛行させてはいるだろうが、地球という目的地が分かった今、運んでくる方が早ければそうするだろう。奴らは、やっと見つけたんだ》
コクピット内に響くその声に、思わず昼斗は眉を顰めた。
「奴ら? あの人工的な円盤には、Hoop以外の何かが乗っているのか? 一体何を探しているというんだ?」
昼斗の険しい声に、機体が答える。
《だから、十一番目の惑星であるラムダの人類が、ラムダの秘宝と呼ばれる品を探していると、これまでにも何度も教えてやっただろう?》
確かにそのような話は、昼斗も機体から耳にした事があったが、何かを象徴的に話しているとしか考えていなかった。ラムダというのは、あくまでも人型戦略機の部品やエンジン、動力源だろうとしか、考えてはこなかった。その概念が、覆ろうとしている。
《お喋りしている余裕があるのか? 来るぞ》
その声にモニターへと視線を戻し、昼斗は唖然とした。
円盤から、一つの黒い影が、海に落ちようとし、それは水面すれすれのところで動きを止め、浮かんだ。人型の巨大なフォルム、既視感。
「あれは……人型戦略機!?」
昼斗の機体の前に、その時、他に表現しようのない、人型をしたロボットが、立ちはだかった。相手――敵機は、剣型の武器を構えている。そして、跳ぶように舞い上がった。剣が振り下ろされようとした時には、自然と身についていたから、昼斗は流れるように刀で受け止めた。一撃が重い。武器と武器が交わっている箇所から、火花が飛び散る。
訓練においても、シミュレーターでしか、人型戦略機同士の交戦は無い。
だが目の前にいるのは、どこからどう見ても、人型戦略機だ。
《俺と同じ、地球でいうところの第一世代機――正確に言うならば、ラムダ皇族が地球に提供した十一機体の他に、ラムダに残存していた十二機目。それだな》
それを聞いて、昼斗が唇を噛む。
「中には人間が乗っているのか?」
すると一瞬の間、機体の声が途切れた。その後沈黙を挟み、言葉が返ってくる。
《違う惑星で栄えている人型の知的生命体を、?人間?と呼称するのならば、そうなる》
いよいよ昼斗は蒼褪めた。その時、母艦から声がした。それは、直接脳裏に語り掛けるような、特異的な音声だった。
『すぐにラムダの秘宝を返還して下さい。そうでなければ、この惑星を滅ぼします』
昼斗は何度か大きく瞬きをした。
基地から通信があったのは、その時だった。
『交戦して下さい。敵機体を殲滅後、速やかに帰投して下さい』
三月からの指令だ。昼斗は逡巡した末――武器を構えた。そして改めて振りかぶる。既に敵の人型戦略機は、攻撃行動に移っている。こうして人型戦略機同士の戦闘が始まった。