【第五十四話】家






 再三にわたり検査を受けてから、三日後に昼斗は退院する事になった。昴の運転する車の助手席に乗り込み、コートを纏った腕を組んで、昼斗は車窓から街並みを見ていた。十二月の午後四時四十分は、既に薄暗い。青と白と灰色が混じりあった曇天の空の下、レトロな電飾が、車道の周囲の街灯を彩っている。

 歩道を眺めれば、手袋を嵌めた小学生くらいの子供が、母親と並んで、笑顔で歩いていた。昼斗が見ている前で、玩具店へと入っていった。もう少し進むと、遠目に自然公園が見えて、そこに設置された青い電飾で出来たクリスマスツリーが見えた。

 十二月五日。
 昼斗は車に搭載されているデジタル時計のカレンダーを一瞥する。昴がいう通り、世間はすっかりクリスマスムードらしい。その後右折し、二人は共に暮らす、軍規定のマンションへと向かった。

 エントランスを通り抜けて中へと入ると、昼斗は『帰ってきた』と、そんな心地になった。引越しをしたのは十月だが、今ではここが、確かに家だと実感する。そのまま昼斗は、真っ直ぐにキッチンへと向かった。そして冷蔵庫の前に立ち、扉を開ける。

「お腹が空いたの?」
「いや?」
「じゃあどうして冷蔵庫の前に? 喉が渇いてるの?」
「――出来る範囲の家事をしろって、言ってただろ?」
「まさか出来ない範囲に入っている料理をするつもりなの?」
「そうだ」
「不要だよ。今夜は、宅配を頼むから」
「そうか」
「それに……っ、退院したばかりなんだから、今日くらい寝てなよ」

 それを聞いて昼斗は目を丸くしてから、破顔した。昴は、優しい。自分の事をこのように慮ってくれる昴の事が、やはり自分は大好きだと、昼斗は感じた。

「どうして笑ってるの?」
「ん? あ、いいや……その、何を頼むんだ?」
「一応退院のお祝いを兼ねない事も無いけど、何か食べたいものはある?」

 怪訝そうな顔をしている昴の言葉に、昼斗はさらに笑みを深めた。

「宅配でなかったら、食べたいものがあったな」
「一応言ってみて」
「クラムチャウダー」
「一品追加してそれくらいなら作ってもいいよ。宅配は、チキンでいいかな?」
「それは二十四日がいいんじゃないか?」
「クリスマスイブを、俺達が祝えるかなんて、それこそ神のみぞ知る事柄だろうけど、まぁいいよ。じゃあ何がいい?」
「ファストフードのハンバーガーとポテトがいい」
「チキンとあまり変わらない気がするんだけどね?」
「入院食が薄味すぎて、無性に食べたかったんだ、最近」
「そういうものなんだ。俺は健康体だから、入院経験がないから分からない感覚だよ」

 昴は終始無表情で、どこか不機嫌そうではあったが、本日は昼斗を無視しない。それが
昼斗には、無性に嬉しい。好きな相手と言葉を交わせるというのは、やはり特別だ。

 昴の事が、大好きでたまらない。そんな自分自身を、滑稽だなと思いながらも、昼斗は目を伏せ両頬を持ち上げる。今、こうして昴と共にいられる事が、本当に嬉しい。

 これまで、戦う事に必死だったから、誰かを守りたいと感じていたわけではなかった。けれど今は、昴がいるこの世界を守りたい。確かに強く、昼斗はそう感じている。

「用意するから、寝てなよ」
「ああ。リビングに――」
「寝室に行きな」
「え?」
「そ、その……完治したから退院したとしても、体力が落ちてるんだから、きちんと取り戻すまで。それまでは、監視する者としても、ええと……一応、昼斗の身元引受人であり、保護者的な立ち位置の人間としても、ソファは不適切だと判断してる。それだけだよ」
「つまり? どういう?」
「寝室のベッドで寝れば言ってるんだよ。本当イライラするな、日本語が不自由なのかな? 機体の言語は英語だものね!」
「? エノシガイオスは、日本語を話すぞ?」
「それは翻訳機が搭載されてるからでしょ。もういいから、さっさと行きなよ」

 不機嫌そうな昴に追い払うようにされて、昼斗は寝室へと向かった。