【第五十六話】情報共有
二日後、昼斗は通常任務に復帰する事になった。昴と共に、この日は司令官室へと呼び出された。マンションのエントランスを出る時、昴が溜息をつきながら、昼斗のネクタイに触れた。
「曲がってるよ」
「あれ……」
自分では上手く結んでいるつもりだった昼斗であるが、実際には不器用なのかもしれない。いいや、昴と亡くなった光莉が、そういう方面で几帳面なのだろうか。少し屈んで、昴が几帳面に直してくれたネクタイ。
司令官室にて、それに触れてから、昼斗は姿勢を正した。
「無事の回復、本当に喜ばしいです」
窓際に立っていた三月が、振り返り、唇の両端を持ち上げた。頷いた昼斗は礼を述べながら、陽光で輝く三月の金髪を見据える。他に室内には、ソファには瀬是と環、保の姿がある。
「昼斗がいてくれたから、俺はいま生きてると思ってる。有難うございます」
瀬是の声に、昼斗が軽く首を振る。すると保が満面の笑みを浮かべた。
「本当に復帰してくれてよかった。もう大丈夫なんだろうな?」
「ああ、平気だ」
頷いた昼斗もまた笑みを返す。すると見守っていた三月が咳ばらいをした。
「今回は、パイロットである貴方達に情報を共有するためにお招きしました。説明は、私から」
三月はそう述べると、壁にプロジェクターでホログラム映像を映し出した。そこには、昼斗が破壊した、敵人型戦略機の稼働時の映像がある。
「この機体は、ラムダエネルギーで動いていました。即ち、我々が所有する人型戦略機エノシガイオスと同一です。言い方を変えます。エノシガイオスは、元々、あの敵機――惑星ラムダ由来の機体です。人類は、第二次世界大戦の直後、ラムダ系人類からの接触を受けました。理由は二つです」
そこで一度言葉を区切り、三月は腕を組んだ。
「一つは、『地表に有害な武器の使用はするべきではない』という忠告でした。核や生物兵器といった代物に対する、他文明からの警告です。宇宙――ラムダ系人類が、?第三銀河?と呼ぶ、この地球を含めた我々の定義でいう太陽系には、知的生命体が生存可能な環境にある惑星は、非常に少ないからです。いいえ、地球が唯一と言えます。そのため、ラムダ系の人類は、地球を見守り、慈しんできたそうです。元来、彼らは敵ではなかった。惑星ラムダに暮らす人型の知的生命体にとって、地球人というのは、我々から見れば、それこそ古の世の観光名所……ガラパゴス諸島のような存在だったそうです」
つらつらと三月が語るのを、誰も何も言わずに聞いていた。
「未開の土地に残存する、独自進化を遂げた人類。それが、地球人の扱いです」
巨大な亀を思い浮かべながら、ぼんやりと昼斗はその話を耳にしている。
「このまま、何事もなければ、ラムダ……だけでなく、他の外惑星由来の知的生命体も、地球に関しては、時に未確認飛行物体で観光する程度の扱いでした。そう、宇宙には、知性ある生命体は、実を言えば溢れているのです」
嘆息した三月は、それからリモコンを操作し、映像を変えた。そこには、アポロ計画の映像が映し出される。人類が、初めて月に到達した光景だ。
「ですがそうはならなかった肝心な理由として、二つ目があります。地球の我々人類は、宇宙を目指しています。月、それが端緒でした。火星への探査機も、幾度も送り、無人の捜索機や電波を宇宙に送り始めた。地球を観察していたラムダ系の人類は、すぐにそれに気が付きました。その過程において、惑星ラムダには統一帝国が存在するそうなのですが、その帝国皇族が数名、地球に興味を抱きました。当時、ラムダは皇族同士の内乱状態にあり、率直に言えば、破れた片方が――……この国でいうところの、?島流し?となりまあした。この意味が分かりますか?」
三月は窺うように周囲を見渡す。それから自分で結論を続ける。
「地球とラムダは類似の環境にあります。そのため、ラムダ人は、地球でも生存可能です。しかし彼らにとってここは、?未開の土地?。死ぬまで空を見ていろという趣旨です。元々ラムダにとって、地球は格好の、罰を与える軟禁先だったようですね。ラムダ人がいうのは、元々地球自体が、ラムダからの流刑者の星だといいます。我々は、彼らから見れば、その子孫なのだという。それが事実だとしても、私は祖の犯した罪など背負うつもりは、毛頭ありませんが」
そう口にしてから、三月はさらに映像を切り替えた。そして、十一機の人型戦略機を映し出した。
「最後に島流しにされたラムダ皇族は、この地球に強制的に堕とされると決まった際、ラムダの秘宝と呼ばれる、ラムダ皇族にのみ伝わる宝物を持ちだし、放逐された地球に置いて、科学者に近づきました。地球人の科学者に。それが環の曾祖父の、間宮博士です。間宮博士は、ラムダの秘宝を用いて――惑星ラムダにおいて、地球上の自動車のように広まっている技術開発物を再現しました。エネルギー源となる秘宝が、十一あったため、十一機体を生み出しました。それが、オリジナルの第一世代機……エノシガイオスです。ラムダ内では、秘宝がなくとも惑星に満ちた、力でそれは稼働します。ですが、地球においては、ラムダの秘宝が動力源となります。そのラムダ皇族は言いました。『地球に侵攻しないなど、嘘だ。現状、知識供与をしないのも、ただ、ラムダの者が技術の独占をしたいだけなのだ』と。それが真実か否かを、我々は判断できない。よっていつか、侵攻された際に備えて、人型戦略機は生み出されたのです」
昼斗は何も言わない。ただ、Hoopの出現よりも、人型戦略機の開発の方が先だったという知識を、再度思い出していた。
「以後、地球人類は、ラムダの秘宝には限りがあるため、それを用いずとも運用可能な第二世代機、そして第三世代機を生み出しました。代わりに、パイロットの遺伝子をコーディネートする事で、動作を可能にしました。その一連の過程で、ラムダの秘宝に関する知識が……失われていきました。第一世代機オリジナルの人型戦略機に、ラムダの秘宝が関わっていたのは間違いがないのですが、全貌を知る環の祖父の間宮博士は、暗殺されました。そのため、今、我々はラムダの秘宝がどこにどのようにしてどのような形態で存在し、どのように第一世代機に関わっているのかもわからなくなった。そもそも第一世代機は、現在地球上に、一機しか残っておりません。復元したD機とあわせても二体しか存在しない。その状況下で、自体に気が付いたラムダ系人類は、我々に要求しています。惑星ラムダの技術の粋を集めた、ラムダの秘宝の返還を。勝手に落としていったくせに、勝手に持ち込んだくせに、返さなければ地球を滅ぼすと、そう言っています」
三月の声に嘘は見えない。昼斗は三月の顔を見ながら、何も言わずに見守っている。事情を知っていた昴は無表情のままだ。初めて耳にする保と瀬是のみが、困惑したように顔をこわばらせ、息を飲んでいる。環は、祖父の名が出る度に、どこか苦しそうな瞳に変わるだけだ。
「今も、太平洋上空には、ラムダ人の母艦があります。そして、地球浄化兵器だと彼らが称するHoopを海に投下し続けている。Hoopは、ラムダの秘宝を探索し、見つけると破壊するようプログラムされている、人為的に生み出された生体兵器だといいます」
その後三月が再び、映像を切り替えた。そこには日本を中心とした世界地図が映し出され、既にHoopの侵攻により陥落している地域が赤く映し出された。
「以上が、今私達のもとにある情報の全てとなります。パイロットの貴方達には、伝えておいた方が良いと判断し、この場を設けました」
三月はそう締めくくってから、室内を見渡し、最後に昼斗の黒い瞳を見た。
「――落ち着いていますね。驚いた様子が、まるでない」
唇の片端を持ち上げた三月を見て、二度ほど昼斗は瞬きをした。
「ああ、特に驚くような情報は無かったからな。いつも、機体から聞いていたから、改めて耳にしても、これといった感想はない」
昼斗がそう述べると、その場に奇妙な沈黙が横たわった。昼斗の言葉の意味を、その場にいた誰もが、最初理解出来なかった。だが、それを昼斗は知らない。
「いつも機体の声が同じような事を言っていた。だから俺も、ラムダの秘宝を返還さえできたら、こんな争い……Hoopの侵攻なんか、終わるんじゃないかと思っていたんだ」
ごく自然に昼斗が続けると、他の全員が息を飲んだ。
最初に言葉を発したのは、昴だった。
「機体の声?」
「ん? ああ。エノシガイオスは、いつもお喋りだろう?」
「待って、どういう意味?」
「どうって? AI言語プログラムというんだったか? 機体は乗り込む度に、機密事項をペラペラはなしてくるぞ。守秘義務も何もないんじゃないのか、あれじゃあ。今ここで聞いた事柄の内、俺は聞いた事が無かった話は一つもない」
昼斗が素直に答えると、環が呆気にとられたような顔をした。
「AI言語プログラムは、人種や国籍、学習知識を問わずに、自動走行などを可能にするために組み込まれている、翻訳システムだ。会話をした理はしないんだよ」
「え?」
踊ろ置いて昼斗が環を見る。すると三月が瀬是を見た。
「瀬是。貴方も機体の声を聞いた事があるのですか?」
「あるわけがないよ。機械は話したりしない」
「では、円城少佐は?」
「俺も無ぇよ。俺知るAI言語プログラムは、タッチパネルで『日本語』と『英語』を切り替える時にしか使わない」
周囲の言葉に、今度は昼斗が目を丸くする番だった。
「え?」
昼斗が首を捻ると、昴と三月が視線を交わす。
「管制室でも、機体の声なんか補足した事はないよね?」
「そうですね。時折、粕谷大尉が独り言を口にする事はあれど、会話状態にあると認識した事はありません」
そのやりとりに昼斗が愕然とする。だが、これまでに、幾度もエノシガイオスと会話をしたのは、紛れもない事実だ。この十年という歳月、機体の声は、常に自分と共にあった。
――その時、甲高い危機アラート音が、その場にサイレンとして鳴り響いた。
全員がビクリとする。三月がすぐに操作し、管制室から通信のあった空域を映し出す。
そこには、敵母艦から、新たな人型戦略機が数機、離陸した光景が映し出されていた。
「続きは後にしましょう。全員、出撃をお願いいたします」
三月の指示により、パイロット三名と環が格納庫へと向かう。このようにして、また一日が始まった。