【第六十七話】本当の復讐の意味
――このようにして、Hoopは飛び去り、以後飛来する事もなくなり、世界には平和が訪れた。カレーの鍋を見ていた昼斗に、後ろから昴が抱き着く。
「す、昴!」
「何?」
「カレーが焦げる」
「焦げても焦げなくても、昼斗の作るカレーは不味いよ」
「っ」
「まだ鍋を焦がさないだけ、俺の方が上手だね」
「んン」
昴に顎を掴まれ、そのまま昼斗は唇を貪られた。世界からHoopの影が去ってから、最初の春。基地の道路の両脇には、フキノトウと尽くしが顔を覗かせている。慌ただしくクリスマスは過ぎ去ったけれど、二人はゆったりと春を迎えた。迎える事が叶った。
昴に口腔を嬲られた昼斗は、唇が離れてから、恨みがましい瞳を向ける。
しかし取り付く島もなく、昴は微笑しているばかりだ。
「好きだよ、昼斗」
昴は、最近、?義兄さん?と呼ばなくなった。その理由を、一度昼斗は尋ねた事がある。
『恋人の事を、兄弟扱いしないだけだけど、それが何?』
と、昴は言っていた。ノートパソコンのキーボードを叩きながら拡大鏡がわりの眼鏡をかけていた、?義弟?の姿に、昼斗は頷くにとどめた。
その後さらに、二日目のカレーを取り分けて、二人は食卓に着いた。
「うん。清々しいほどに美味しくないよ」
昴はそう言いながらも、間食してくれた。本当に、根はいい子なんだよなぁと、出勤間際に、昼斗はチェストの上の写真立てを見る。今では、光莉と昴が並んだ写真の隣に、昴と昼斗が二人で撮影した写真もある。
「ほら、行くよ!」
昴の声に、慌てて昼斗はエントランスへと向かった。本日は、人工島の慰霊祭がある。大勢の人を、昼斗が殺した島の慰霊だ。だが、最近は不思議なことに、昼斗は苛まれるような悪夢を見ない。いつも、二人で寝転んだベッドの上で、昴の隣で目を覚ます。
やはり、昼斗にとっては、昴は癒しなのだと、昼斗当人はそう感じている。
基地の人々も、最近は昼斗に優しい。
昴が伴っていなくても、ざるそばに異変はない。昼斗個人はその理由は知らないが、特別知りたいわけでもなかったから、これでいいのかもしれない。
ただし困るのは――昴による溺愛だ。
「なぁ、昴」
「ん?」
「べ、別に、そんな風に俺の事を甘やかさなくてもいいんだぞ」
エントランスで靴を履きながら、靴ひもを結びなおされ、昼斗は思わず述べた。
すると一拍の間動きを泊めてから、昴が綺麗な笑顔を浮かべた。
「これは、復讐だから」
「え?」
「――俺に心配させた、復讐だよ。これから、覚悟していて。どれだけ俺が心配させられたと思ってるの? 生涯、許さない。心配させられた復讐に、俺は注がせてもらうよ、この愛を」
昴はそう言って立ち上がると、チュッと音を立てて昼斗の唇にキスをした。
そんなこんなで、現在の昼斗は、実に平和である。復讐されている最中らしいが。
今日も二人で車に乗り込んで、もうじきあるというイースターというイベントのチラシを見た。昴はハンドルに手をかけながら、昼斗に対して笑う。
「ねぇ、昼斗?」
「ん?」
「俺は、執念深いから、生涯昼斗を愛し続けるという復讐をするから、覚悟していてね」
それを聞いた昼斗は、吹き出した。
「なぁ、昴」
「なに?」
「それじゃあ、俺が嬉しいだけだから、何の復讐にもならないぞ」
二人の乗る車は、その後基地へと入っていく。
――このようにして、世界には平和が訪れた。それこそ昴の溺愛ぶりは凄くて、酷くて、昴の友人である三月や環、瀬是は遠い眼をしたものであるが、その束縛に、昼とは気づかない。そんな風にして、新たな日々が始まる。
桜の花びらが舞い散る季節、それは、ある種の新たなる始まりとなる。
その後、地球系人類は、ラムダ系人類と条約を結ぶ日が来る。けれどそれは、昼斗にはあまり関係のない話である。その後も、人間は、生きていった。けれどその礎、呼吸する権利を得たのは、紛れもなく、粕谷昼斗という一人のパイロットの奮闘があったからであり、後に彼は、大佐に復帰後――少将、そして中将・大将と昇格していくが、それはまた別のお話だ。
世界には戦乱が溢れている。激動の十年を生きた青年の物語は、愛の元に一つ、幕を下ろしたのであった。
―― END ――