【3】居酒屋から家へ




 四人がけのゆったりとした席についた俺達は、それぞれ酒を注文した。俺はビールを頼み、種田もそれで、と言った。女性二人は、可愛らしいカクテルを頼んでいた。

 元々この仕事が終わったら直帰予定だったため、俺は割り切る事とした。席順は、種田・俺と、種田の正面にナヅナさん、俺の正面にユイさんである。軽く合コンみたいな空気になっている。ナヅナさんとユイさんは、二十四歳であるそうだ。三十二歳のおっさん二人組と御飯なんて、若い子からしたら苦行なのではないかと思ったが、誘ってきたのは彼女達である。

「私、警邏官に憧れていて……! 中でも種田さんが大好きで、この前も写真集を買いました!」

 ナヅナさんがうっとりした様子で、種田に語りかけている。俺はナヅナさんが種田のサインを求めた姿を見たし、写真撮影役もかってでた。種田は興味が無さそうにしているが、いきなり現れて割り込んできたのだから、きっとむっつりなのだろう。種田はモテるが、恋人がいるという話は聞いた事が過去に一度もない。そもそも親しいわけではないから、プライベートについてはあまり知らないが。

「あ、あの、お名前伺っても?」

 その時、ユイさんが俺を見た。視線を向けて、俺は頷いた。

「高杉礼人だ。礼人で良いからな?」
「礼人さん……あの、イケメンさんですよね」
「ん?」

 あまり言われたことがない事を、ユイさんに言われた。俺は人並みだと自負しているが、自分の顔について熟考した事はあまりない。ただ、イケメンかはともかくとして、俺と瓜二つの顔をしている弟がモデルをしているから、そこそこは整っている可能性がある。

「モデルの、来人(ライト)にそっくりというか」
「あー……俺の弟だからな」
「本当ですか!? 私、大ファンなんです!」

 なるほど、と、俺はユイさんの反応に納得した。そこからは、種田とナヅナさん、俺とユイさんで主に喋っていた。運ばれてくる料理をつまみに、酒も二杯・三杯と開けていく。俺は久しぶりに飲む酒を味わっていた――はずが、気づいたら酔っ払っていた。

「あー、いいよ。今度、来人の事、紹介する!」
「やったー!」
「あいつ良い奴で、兄としてもさ、やっぱさ、応援したくなるんだよ、色々と!」

 現在のご時世では、生身のモデルは数が少ないので、来人は仕事が大変らしい。俺の実家は、皆自由人が多く、誰ひとりとして仮想現実に繋がり続ける生活を送っていないため、みんな働いている。父は動画配信者(書道家)、母は舞台女優、弟はモデル、俺は派遣(悪役)。ま、まぁ、一括りにするならば、演じる系が向いているのかもしれない。

 こうして楽しい食事を終えた時、一人で俺を含めた全員分をおごってくれた種田が、俺の腕を引いた。

「ねぇ礼人さん」
「ん?」
「飲み足りないから、二軒目行かない?」
「そこは、ほら、お前、ナヅナさんを誘えよ! 失礼だろ!」
「……礼人さんは、ユイさんと二軒目に行くって意味?」
「いや、ユイさんは帰るって」
「――ナヅナさんも帰るみたいだ。そうだよね、ナヅナさん?」
「ええ! 私は全力で種田さんを応援しているので、帰ります! 帰りますとも!」
「?」

 俺は頭の上に疑問符を出しつつ、酔った頭で頷いた。ハイボールがちょっと濃かったせいである。その後、俺はふらつく足取りで、種田の腕にしがみついた。

「悪い、俺、酔った……」
「じゃあ二軒目は止めて、ちょっと休もうか」
「ん……」
「僕の家きます?」
「近いのか?」
「タクシー拾うんで」

 俺はその後の記憶が不明瞭で、気づいた時には、見知らぬタワマンの中にいた。

「……」

 お酒のせいでふわふわする。ぼーっと種田の腕を握りながら、俺はエレベーターの回数表示を見ていた。エレベーターは最上階で停止し、そのワンフロアを占めているらしい、種田の家に到着した。

「ってか、種田さ? なんでお前、通りかかったの? 仕事帰りか?」
「今日は休みだったんだよ」
「ふぅん。なぁなぁ、リアルライフオンラインやってただろ?」
「……」
「やってたな? 俺と情報共有で、俺の主治医になってただろ? 分かってるぞー。種田は優しかった。うん」

 俺はへらりとしながら笑って、玄関で靴を脱いだ。もう立っていられる気がしない。よろけた瞬間、種田が俺を抱きとめた。なんだか抱きしめられている気持ちになった。

「? 種田?」
「――やってたよ。最悪だった」
「最悪?」
「礼人さんが死ぬんだもん」
「ゲームといえど、死はある」
「僕もハードモードでやっていたから、礼人さんの病気を治そうと必死で、ずっと勉強と研究を続けてたのが……なんていうか、ログアウトして生きてるって理解したら、動揺は収まらないままだったから、どうしても直接顔が見たくなって、探しに行ったんだよ。そうしたら礼人さん、ナンパしてるんだもんな……正直、イラっとしたよね」
「俺を探しに? それで、あそこにいたのか?」
「うん、そうだよ。その通りです。とりあえずナンパの成功阻止に舵を切った結果、今、礼人さんを連れ帰れてるから僕の判断にミスは無かった感じだけど」

 種田がギュッと腕に力を込めた。俺は体の力が抜けているので、されるがままになっていた。種田は片手で俺の腰を引き寄せ、もう一方の手で確かめるように俺の頭を撫でている。

「礼人さんを助けられるんなら、なんでもするって思った」
「大げさだな。さすがは種田先生!」
「……ゲームの中でまで恋をするとは思わなかったよ。ハードモードだから記憶を封印してたのに」
「コイ? コイって?」
「酔っ払いに告白する予定はないからいいよ、拾わなくて」

 そのまま俺は気づくと寝ていた。


「……っ、ん……!?」

 翌朝。
 目を覚ました俺は、巨大なベッドの上にいて、種田に抱きしめられて寝ていた。居酒屋に入って三杯目を呑んだあたりから、記憶がない。

「え、ここどこだ?」
「……おはよう、礼人さん」
「種田! 俺、酔っ払ったらしい」
「そうだね。お酒弱いって知らなかったよ。ここは僕の家」
「連れ帰ってくれたのか! 悪いな!」
「……本当に、ね。もう他の人とお酒飲むのやめてね? 僕、不安で死にそう」
「ん? どういう意味だ?」
「礼人さんは無防備すぎる」
「無防備? 悪い、それより、今何時?」
「八時」
「遅刻だ! ここ地理的にはどこだよ? 会社行かないと!」
「……三本橋地区だよ」
「会社まで微妙に遠いし、車やべぇ置きっぱなしにしてるわ!」

 俺が飛び起きようとすると、種田の手に力がこもった。

「種田? 離してくれ」
「……今日、休みなよ」
「へ? 生活苦しいから無理!」
「だったら、転職して、もう少し収入が良い仕事についたら? 具体的に言うと、警邏官に復帰したら?」
「俺、自由時間がある緩い会社以外では働けないと気づいた!」
「……じゃあ、僕がハートネットに依頼するよ」
「え?」
「今日は、礼人さんを僕がレンタルする。本当、死んじゃったのがゲームであっても心臓に悪すぎた。もっと一緒にいて、生きてるって確かめたい」

 種田はそう言うと半身を起こし、電話をかけ始めた。俺は目を丸くしてそれを見ていた。