【7】恋
翌日。
なんだか昨日の告白騒動は、寝て起きたら、夢だったのではないかという気分になっていた。しかしトークアプリできたメッセージで、種田から「おはようございます」とあったので、やはり夢ではないのだと思う。
しかし、相手はあの種田だ。第三区画で人気No.1の正義の味方――警邏官である。しかしそれはただの条件だ。俺は、過去に、種田個人について深く考えた事はない。真摯に告白されたのだから、俺も真面目に考えるべきだろう。己がただの一介の派遣(悪役)だという点はちょっと棚に上げて、人対人として考えるべきだ。
俺は現時点で、種田に恋はしていないと思う。だが、種田は「これから」と話していた。実際、よく知らないから種田の事を恋愛対象と見ていなかっただけなのだし、これから知っていく事は悪い事ではないようにも思う。
なんて、そんな事を考えながら仕事をしていると、夜の八時があっさりと訪れた。
「お疲れ様」
ティラミスさんに声をかけられたので頷き、俺は退勤する事にした。そしてアプリ画面を呼び出して、種田からのメッセージを確認する。待ち合わせは、ハートネットのオフィスにほど近い、料理店だった。まずは食事をしようという話だ。これもまた、餌付けなのだろうか。待ち合わせ先のエクエスというお店は、この界隈でも評判の人気店である。
徒歩で俺は店に向かった。すると入店してすぐ、奥の個室――特別室へと案内された。中に入ると種田が何やら光学タッチパネルを呼び出して、仕事をしていた。
「礼人さん」
「忙しいのか?」
「終わった所」
種田はそう言うと、タッチパネルを消失させてから、俺を見て微笑した。本日ずっと種田の事を考えていたせいなのか、無駄にその表情が格好良く見えた。俺が席につくとすぐに、その場に料理が出現した。飲み物は、ノンアルコールのビールである。
「今日は、種田は仕事はどうだったんだ?」
俺は手を合わせてから、グラスを片手に静かに聞いた。すると種田が小さく頷いた。
「いつも通りだよ。ずっと早く終わらないかなと思ってた」
「あんまり仕事が好きじゃないのか?」
「そうじゃなくて、早く礼人さんに会いたかったって意味だよ」
その言葉に、俺は思わず赤面した。俯いて誤魔化す。種田はずるい。こんな事を言われたら、ただでさえ意識しはじめた現状では、胸がドキドキしてしまうではないか。
「……俺も、その……今日はずっと種田の事を考えてたんだ」
「本当? すごく嬉しいんだけど。やっぱりきちんと言ってみるものだね」
喉で笑いながら、種田は優しい顔で目を伏せた。それから長めの瞬きを終えると、改めて俺を見た。
その後は雑談をしながら、二人で食事をした。いちいち種田が甘い言葉を吐く度に、俺は赤面してしまったものである。
この日から――俺の休みの前日には、種田が食事に俺を誘うようになった。他にも週に一度は、仕事でも顔を合わせるのだが、その後にもゴハンを食べる機会が増えていった。
何となく、種田と過ごすのが、自然な事になっていく。するりするりと俺の心の中に種田が入ってきて、どんどん存在感が大きくなっていった。
気づけば、種田を見ると胸がトクンとするようになっていたし、種田に会いたいなぁなんて日常的に思うようになっていた。これは――恋なのかもしれない。
「なぁ種田」
本日も一緒に食事をしながら、俺は勇気を出してみる事に決めた。
「どうかした?」
種田のマンションで、二人で酒とつまみを囲んでいるのだが、種田は何気ない様子で顔を上げた。
「俺、その……種田の事が好きになったかもしれない」
小声で俺が告げると、種田が目を丸くしてから、破顔した。
「僕も話せば話すほど、礼人さんの事が好きになってく。そっか、両想い、か。嬉しい」
「だけど、恋人って何をするんだ? 俺、まだよく分からなくて」
「今まで通りで大丈夫だよ。僕は礼人さんの全部が欲しいけど、急ぐつもりは無い」
至極嬉しそうな顔で、種田が言う。本当、なんでこんなに、種田は優しいんだろう。
「……えっと、その……種田が欲しいもので、俺が持ってるものなら、あげるぞ?」
「そばにいてくれたら、それでいいよ」
サラミがのったパンを食べながら、悠然と種田が笑った。俺は小さく頷く。
「うん。じゃあ、ずっとそばにいる」
こうして――俺と種田は恋人同士になった。きっかけはゲーム内での俺の死だが、本当に種田が告白してくれて良かったと今では思う。
その後……俺は、種田のマンションへと引っ越した。同棲である。なお現在に至るまで、種田が俺に手を出す事は無い。一緒のベッドで寝ているのだが、毎日抱きしめられるだけだ。俺は自分が抱き枕になった気分である。
こういうものなのだろうか?
現状に満足していないわけではない。寧ろ、今の温かい関係は心地良い。本日も俺は種田の腕の中にいる。明日はお休みだ。お互いに。俺は最近、仕事のシフトを、種田の休暇に合わせている。
しかしまだ、キスすらしていない。うーん。恋人と聞くと俺は、キスくらいはするものだと思っていたから、本当に一緒にいる時間が増加しただけの現状は、よく分からない。もっと言うと、性行為をするのかと思っていたのだが、それもない。
――俺から聞いてみた方が良いのだろうか?
そんな事を考えながら、俺はじっと種田の横顔を見た。すると目が合った。
「どうしたの? 何か言いたそうだけど」
「……その……種田はもしかしたら、俺じゃ勃たないんじゃないかと思ってな」
率直に俺が聞くと、種田が咽せた。それから吹き出すと、首を振る。
「俺は結構、一人で抜いてるよ?」
「え!? いつ!?」
「シャワーとかの時に。そうしないと、襲っちゃいそうになるから」
「え、え?」
「礼人さんこそ、どうしてるの? 気配が無いけど」
「俺? 俺は……うーん。あんまり一人でする気にならないというか、二人でした事も無いけどな……」
性犯罪防止のために、義務教育期間に、今のご時世では、性欲制御の訓練を受けるから、実際あまりそういった気分にはならないのだ。俺も感覚制御用の指輪をはめている。
「結婚するまで待とうかと思ってたんだよね」
「結婚……?」
「こんな形でプロポーズするというのは想定外だったけどね。僕は礼人さんを公的にも僕のものだと示したいな」
「……」
俺は考えてみた事も無かったので、思わずギュッと目を閉じた。
「礼人さん。僕と結婚して下さい」
「……うん」
YES以外の返事は思いつかなかった。そのくらい、俺は既に種田に惚れている。