【6】強盗(ごっこ)
「それは、ほら……好きじゃないからさ。嫌いじゃないけどな? 違くて……」
「――『まだ』好きじゃないだけ、だ」
「へ?」
「必ず好きにさせてみせる。僕は、礼人さんに相応しい人間になるように努力してきた」
「相応しいって……ちょ、努力しすぎじゃないか? お前雲の上の人だぞ?」
何せ種田は、この第三区画で一番の警邏官だ。
「とりあえず、帰る話が出る前に、次の約束をさせて。次、礼人さんはいつ空いてる?」
「基本、仕事が終わったら暇だけどな?」
「何時に終わるの?」
「夜の八時くらいが多いな。でも疲れて寝てることが多いから、出来れば次の日がお休みの時が良いな」
「次のお休みはいつ?」
「明後日」
「じゃあ明日の夜は誘っても良い?」
「良いけど……今日会って、また明日か?」
「嫌?」
「そういうわけじゃないけどな……なんていうか、お前本気なんだな?」
「うん」
真剣な顔をしている種田を見て、俺は苦笑してしまった。
「こんなに愛されてるとは思ってなかった」
「だろうね。僕も表面には極力出さないようにしてたから」
「なんで急に? そんなに俺の死が堪えたのか?」
「うん。僕はゲームからあんなに学べるとは思ってなかった」
「お前はそういえば、どんなエンディングだったんだ? 大往生?」
「百十四歳で死ぬまで独身だった。三十三歳から百十四歳までの約八十年間が本当に辛かった。ずっと礼人さんがいない苦痛を味わってたよ」
それを聞いて、俺はふと考えた。
「なぁ、現実ではハードルが高いとは言え――そうだよ! ゲームでなら、ほら、結婚制度あるゲームとかもあるし、恋人になる遊びが出来るんじゃないか?」
「僕は本気で付き合いたいから、遊ばれたくない」
「ご、ごめん……」
「ゲームで付き合っても虚しくしかならないと思う」
「ま、まぁな……」
「そんなにリアルでは嫌?」
「嫌というか、上手く思い描けない!」
「ゆっくりでいいから」
種田はそう言うと、俺を見て優しい顔をした。こんなにも真っ直ぐに好意をぶつけられると、本当に照れてしまう。
「ところで、種田は、今日は仕事は?」
照れくさくなったので、俺は話を変える事にした。顔を背けて、視線を逸らす。頬が熱い。
「今日は強盗の対応――として、僕も休みを自発的に取った形」
「……ズル休みだな。まぁ俺のせいか」
「礼人さんのせいじゃないよ。僕はもうちょっと一緒にいたかっただけだから」
種田は、優しい。ちょっと優しすぎるようだ。
「えっと、なんかするか?」
「何かって?」
「その……」
「僕と話しているのは退屈?」
「そんな事は無いけどな。折角だし……ほ、ほら! ゲームとか!」
俺が必死で提案すると、種田が嘆息した。俺はチラリと種田を見てから、続ける。
「リアルライフオンラインがトラウマなんだろ? だったら、嫌な記憶は塗り替えた方が良いだろう?」
「現実の記憶の方が良い。僕は本物の礼人さんとお話していたいので、そういう事なら外出しよう?」
「強盗ごっこ中なんだから、それはまずいだろ? サボりだってバレる!」
「――じゃあ働いてもらおうかな。強盗の演技、してよ」
「へ?」
「僕の事、追い詰めて?」
いきなりそう言われても困るが――仕事は仕事である。暫し思案した末、俺は頷いた。俺は何か武器になりそうな小道具が無かったかと、亜空間収納倉庫を確認する。腕輪型の端末から接続可能だ。そこで玩具の拳銃を見つけたので、俺はそれを取り出した。
「動くな!」
一歩前へと出て、俺は種田へと拳銃の玩具を突きつけた。すると種田がじっと俺を見た。なんだか小っ恥ずかしいが、これも悪役の仕事である。続いて俺は、手錠を取り出した。そして種田の後ろに回る。
「後ろに腕を回せ!」
俺の言葉に、素直に種田が従った。そこに怯えは見えない。ま、まぁ、当然か。ガチャンと玩具の手錠をはめた時、種田がポツリと言った。
「至近距離に礼人さんがいる」
「ん? まぁ、そうなるな?」
「昨日抱きしめて眠った時も嬉しすぎたけど、これも良いな」
「……」
反応に困る。俺は今後の方向性を考えつつ、溜息を押し殺した。
「と、とりあえず! 金目のものを物色して奪うからな」
「僕は取り押さえるからね」
「お、お手柔らかに……」
俺は手錠もあるし大丈夫だろうと、室内を見回すために視線を離した。
――その瞬間だった。
「っ!」
気づくと俺は、真後ろにあったソファに押し倒されていた。軽く頭をぶつける。
種田があっさりと手錠抜けを披露し、俺を取り押さえたのである。
「隙だらけ」
「い、いや、俺だって本気を出したわけじゃな――お前、本気ってずるい!」
「僕はいつでも本気だから……あ、でも、このアングルはまずかったな」
真正面に種田の顔がある。体重をかけられて、手首を握られ縫い付けられて、俺は焦った。
「ごめん。僕、押し倒してる気分なんだ」
「安心しろ、俺も押し倒されている気分だ! 退け!」
「でも強盗は取り押さえないと」
「拘束しろよ!」
「あ、良いの?」
「いや、良くはないんだけどな?」
俺がそう返した時、種田が手にしている手錠を、俺の右手首にはめ、もう一方をソファの肘掛に繋いだ。実に手際が良い。
「あとは警邏官に通報で終わりだな」
「僕自身が警邏官だから問題ないよ」
「それはそうか。じゃあこれで仕事は終了だな。俺はそろそろ帰る。手錠の鍵を倉庫から取り出さないと」
「もう帰っちゃうの?」
「? だって仕事は終わったしな」
俺がそう言うと、種田が小さく吹き出した。そして――手錠の鍵を何気ない調子で俺に見せた。
「え? なんで? 亜空間倉庫に入れてあったのに」
「その手錠は僕の私物だよ」
「へ!?」
驚いて俺は手錠から抜けようと試みた。しかし見た目はよく似ていたが、種田が用いたものは、警邏官に支給されている玩具ではない本物の手錠である為、簡単には抜け出せない。
「種田、外してくれ!」
「警邏官として、強盗にはお仕置きをしないとならないでしょう?」
「それは、そうだけどな……」
俺は顔が引きつった自信がある。
確かに俺は過去にも週に一度は種田に取り押さえられて、正義の味方による悪役への制裁の対象とされてきた。
一般的な警邏官のお仕置きは、暴力である。殴って倒すのだ。しかし種田は、俺を殴った事は一度もない。代わりにいつも俺をくすぐるのである。ちょっと殴られた方が良いんじゃないかというレベルで、こちょこちょと俺の脇の下をくすぐるのだ。笑い死にそうになる。
「あ。やだ、種田! ちょ!」
種田が本日も俺をくすぐり始めた。
「待ってくれ! くすぐったい!」
「礼人さん可愛いよね。こうしてるとすぐ笑顔になるから、やめられない」
「ドSだな! あ、ぁ……! っく」
「しかも軽く喘いでるみたいな声を出すし」
「やめろって、くすぐったい! あああ、もう!」
その後種田は暫くの間、俺をくすぐっていた。俺は次第に涙目になった。
「も、もう無理……あ、種田……やだ、ぁ……ああああ!」
「本当無防備だよね。いつも僕に捕まっちゃう所が、本当なんというか」
「お前以外には、俺、捕まった事ないからな?」
「僕にだけ触らせてるって事?」
「結果的にはそうなってるな! そろそろ本当に離してくれ」
俺が抗議すると喉で笑った種田が、あっさりと手錠を外してくれた。
「あんまりして嫌われたら困るからね」
「うん……は……」
ぐったりとして俺はソファに沈んだ。すると種田がすっと目を細めた。
「昨日から、僕がどれだけ我慢してるか分かってる?」
「ん?」
「分かってないよね。煽るような事も言うくらいなんだから」
溜息を零した種田は、その後苦笑した。
「じゃあ明日の夜。八時に終わるなら、八時半頃かな? 楽しみにしてる。連絡するね」
「う、うん……」
その後俺は、何とも言えない不可思議な気持ちで、帰宅する事にした。