【1】文化部――シオン



 僕は、雨が降ると具合が悪くなる。
 ズキズキと足首が痛むのだ。そして目眩がしてくる。
 窓の外に降りしきる黒い雨を眺めながら、僕はため息をついた。

 現在は、誰もいない文化部の部室で、窓ふきをしている。

「なんの取り柄もなくてサボってるんだから掃除くらいしておけよ」

 そう言ったのは、みんな笑っていた。みんなというのは、文化部の花形である攻撃魔法研究班所属の部員である。このウェルナール魔法学園の文化部には、攻撃魔法研究班と召喚魔法研究班と回復魔法研究班がある。僕は、回復魔法班なのだが、所属者は僕一人だ。

 回復魔法は、教会の聖職者の神聖秘術の劣化版だと言われている。
 だから誰もやらない。実際、実質帰宅部だというのも、僕が所属した理由だ。
 それでも月に一度は顔を出すのが、学園の部活規定だから、僕も部室に来なければならない。そして運が悪いと、今日のように捕まってしまうのだ。

 いじめとまではいかないが、僕は蔑まれている。
 文化部のお荷物だからだ。

 痛む足を抑えて、脚立から降りた。なんとか窓ふきは終了した。
 椅子に置いてあったカバンを肩から掛けて、僕は部室から出た。
 すると、渡り廊下の向こうを通っていく集団が見えた。

「グレン様、お待ちください」
「この前の攻撃魔法の理論も最高でした」
「少しで良いのでお話を聞かせてください!」

 見れば、部室からいなくなった部員達が、一人の生徒を取り囲んでいた。
 僕は背の高い人気者を一瞥したあと、踵を返して、別のルートを通ることにした。

 なるほど、今日はグレン様が来ていたから、みんな掃除をサボったんだなと改めて理解した。掃除をしている時間がもったいないほど、会いたかったのだろう。

 グレン様というのは、一年生ながらにして、既に王国魔法騎士団から声が掛かっていて、講義免除により滅多に学園へも姿を現さない、大天才攻撃魔法使いなのである。非常に背が高くて、それだけでも身長の低い僕は視線を向けてしまう。狐色の髪をしていて、瞳の色は緑だ。よく通った鼻筋をしているのだが、その端正な顔を隠すように、細いフレームのメガネをかけている。伊達メガネだという噂だ。

 僕は二年生の十七歳なのだが、彼が入学してくるという噂が立った時から、学園中が大騒ぎだったことをよく覚えている。彼を人気者と呼ばずして、誰を人気者と呼ぶのだろう。性格はクールだという噂で、冷静沈着、攻撃魔法以外にはあまり興味がないらしい、だとか、好物はミートローフだとか、そんな噂まで、無関係の僕にまで届いてくる。人気がありすぎて、彼は、みんなに『様』と呼ばれている。様をつけないで呼ぶと、制裁対象となるらしいから、僕もグレン様と心の中で呼んでいる。実際に面と向かって呼ぶ機会は今のところない。一応グレン様も文化部の部員なのだが、講義にも出られないほど多忙だから、部活も免除されているのだ。今後も話すことはないだろう。

 そんなことを考えながら、階段を下りた。
 一段一段、ゆっくりと降りる。足が痛むからだ。膝まで痛みが響いてくる。
 これは二年前に、犬を助けて転んだ時に、筋を切ってしまった後遺症だ。
 今では我が家に来た愛犬が、無事でなによりである。

 その後僕は、傘をさして、雨の中を帰宅した。