【2】大好きな人――グレン
「グレン様?」
一瞬だけこちらを見た気がするシオン先輩を、俺は立ち止まって眺めてしまった。
すると周囲の生徒が首を傾げた。
沢山俺の周りには集まっているが、俺の背は高いから、全員の頭上を素通りして、渡り廊下の向こうを見渡すことは簡単だった。
その群がっている、俺にとってのその他大勢よりも、さらに身長が低くて華奢なのが、シオン先輩である。俺は、シオン先輩に憧れてこの学園に入って、同じ文化部に所属したというのに、未だに一度も直接話をしたことはない。
思わずため息が漏れた。
「どうかなさいましたか?」
「なにかお困りのことでも?」
「僕、なんでもします!」
周囲が何か言っていたが、俺の耳には入ってこない。
頭の中には、シオン先輩のことしかない。
遠ざかる後ろ姿に、苦しくなる。走って行って、話しかけたい。
だが――そうする勇気はない。緊張して話せる気がしないのだ。
俺は、シオン先輩に、間違いなく恋をしている。
きっかけは、二年前の事である。
あの日俺は、魔獣に襲われていた。今でこそ、攻撃魔法の名手として扱われているが、十四歳だったあの頃は、まだまだ未熟で、上手く使いこなすこともできなかった。そこへ通りかかったのが、シオン先輩だったのである。あの時は、二次性徴もまだだった俺は、助けてくれたシオン先輩が非常に大きく見えた。
襲ってきたのは、なんていうこともないオークで、今だったら視線一つで俺は倒せる。だが、同じ状況になったとして、俺は自分の身を呈して他者を助けに入れるか、わからない。そういう意味で、俺の中でシオン先輩は強いし、偉大だった。憧れた。
だから俺の記憶の中では、確かにシオン先輩は、攻撃魔法を使っていたのである――が、いざ入学して話をそれとなく周囲から聞いたところ、攻撃魔法が使えず回復魔法を学んでいるという。つまり、落ちこぼれということだ。本来その場合は、体術や剣術を学ぶので体育会系の個別の部活に入るのだが、帰宅部に等しい文化部の回復魔法班に所属しているというのも不思議だった。なにせ俺を助けてくれた時は、華麗な動きで魔獣を屠ったからである。どう考えても、運動も得意そうだった。
変わらないのは、優しげな表情だけである。いつも、控えめに笑っている。
俺が月に一度、無理をしてでも学園に来るのは、シオン先輩を一目見たいからだ。
「グレン様よ、見すぎ見すぎ」
その時、友人のワークの声で我に返った。彼は、文化部の部長だ。
俺の恋心を唯一知っている幼馴染である。
「そういえばさぁ、グレン様よ」
「何?」
「来月、文化部全員強制参加の合宿をしようかと思ってるんだ。お前さんは日程空いてれば、と、なるけど」
「っ」
「お前の日程に合わせられないこともないぞ。なお、組み分けは、三班混合。学年も混合――二人一組かなぁ」
「!」
「ワーク」
「ん?」
「何か欲しいものある?」
俺はその日、ニヤッと笑った幼馴染を買収した。