【一】新人の配属
今年も新人が入ってくる季節になった。これだから春は嫌いだ。
億劫で鬱陶しい。
俺は屋上の灰皿の前で、煙草を深く吸い込んだ。この辺鄙な土地にわざわざ作られた魔力刑務所にも、都会のような分煙という概念が流れ込んできたのは二年前。俺も今年で二十七歳だ。このアンガリア魔力刑務所に勤務する魔導刑務官としては、ごく一部の長い人間や所長を除けば、そこそこの勤務年数だ。現在俺は、西区角の主任である。
西区角の独房担当の刑務官が普段過ごしているオフィスからは、一階にある喫煙所までだと距離がある。その第二オフィスは三階にあるので、階段を少し上がれば屋上だ。だが、この屋上という穴場には、鍵を持つ者しか入れないので、俺以外は誰もここに灰皿がある事すら知らない。設置したのは俺だ。許可を出したのも俺だ。
そう本数を吸う方ではないし、吸ってはいけない場合はきちんと吸わずにいられる俺ではあるが、それでも無ければ正直困る程度には、煙草が好きだ。人差し指と中指の間に挟んだ煙草を一瞥しながら、俺は口から煙を吐き出した。
「今年はどんな奴らが入ってくるんだろうな? かつ、何人残るだろうな?」
ボソリと俺は独り言を口にした。
アンガリア魔力刑務所は、厳しいことで有名だ。新任でここに配属される場合、非常に不幸だとしか言い様がない。激務薄給である。異動希望者が後を絶たない。
「そろそろ戻るか」
一人頷き、俺は灰皿に煙草を棄てた。
その後、扉を施錠してから、ゆったりと階段を降りる。
すぐに三階の通路に出て、第二オフィスの扉が見えた。なお東区角担当者の第一オフィスは二階にある。もし俺があちらに所属していたら、恐らくは一階の喫煙所を使っていただろう。
そんな事を考えながら扉を開けて中に戻ると、同僚達の視線が飛んできた。総勢二十名程度だ。西区角の課のトップは別にいるのだが、その人物は一階の役員室にいる。御年七十八歳だ。そしてその課長の次に偉いのが、主任の俺である。
「ジェフ」
そこへ声をかけられて、俺は顔ごとそちらを向いた。見れば、部下兼同時期にここへと配属になった友人のオニキス=セネットが俺を見ていた。オニキスは現在二十五歳。俺の二つ年下だ。
「どうかしたのか?」
「今度来る新人の研修担当者なんだけどな、俺に任せてもらえないか?」
正直驚いた。オニキスは、俺と同じくらいには面倒事が嫌いな印象があった。別に明言するわけではないが、さらりとやりたくない事を回避していくタイプだ。
「なんで?」
「その……」
「その?」
「……」
言い淀むオニキスというのも珍しい。いつも精悍な顔つきで笑っているイメージだった。俺はまだ、誰が今回西区角にて新人研修をするのかすら未確認だ。例年二人か四人だ。自分の席に座りながら、俺はデスクの上に、俺が不在の間に届いていたらしき封筒を見つけて、手に取る。オニキスも一緒にこちらまで歩いてきた。
中身を確認すれば、まさに配属される新人についての書類だった。今回は、二名だ。
「ええと」
俺はチラリとオニキスを見上げた。179cmの俺よりも長身の182cmのオニキス。長身なだけではなく肩幅も広くて、ガタイも良い。そこがイラッとする。俺もかなり鍛えているのだが。しかし悪い奴ではない。根が善良なので、比較的性格が悪い俺でも、親切にしてやりたくさせられてしまう。そんな人間からの、初めて聞く要望である。
配属される新人は、カイ=フォスターとアルト=ベックフォード。双方、刑務官学校を卒業したての二十一歳……いや、カイは二十二歳と書いてある。留年したら普通は退学なので、これは何かあって休学したか浪人したという事だろう。
上司のみ閲覧可能な備考を魔力を用いて読み取ると、五年前に王都で怪我をし一年ほど当時通っていた王立学院を休学したと書いてあった。
「二人来るが、どちらの担当とするかまでは決定できない。それでも良いか?」
「っ、ああ。ちなみに……もう一人の担当者は誰にするつもりだ?」
「そうだなぁ」
正直な話、面倒事はごめんの俺だが、面白い事は大好きだ。オニキスがこんなにも切実そうに頼んでくるのだし、多分、言っては悪いが面白い事が待ち受けていると、俺のカンが言っている。俺はオフィスを見渡した。適任者というか、普段ならば押し付ける相手は何人もいる。だが、ここは折角なのだから、間近で見たい。
「たまには俺も働かないとならんとは思ってる」
「?」
「俺が直接指導する。これでどうだ?」
俺が笑ってみせると、オニキスがどこか安心したような顔をした。根が良い奴なので、俺の事を疑っていないのだろう。
「よろしく頼む」
「いい。気にするな」
と、このようにして、俺は珍しく新人研修の担当なんかをする事に決めたわけだ。
……結果として、目を見開く事となった。
「本日より配属されました、カイ=フォスターです」
「アルト=ベックフォードです」
本日、新人が二名やってきた。二名来たことには来たが、俺はカイの方しか見ていなかった。はっきり言って、美少年――いいや、二十一歳に少年という表現は違うな。163cmと資料に書いてあった低めの身長、華奢な腰、白い肌。鮮やかな金色の髪、淡い紫色の瞳、控え目に言っても、どこをどう切り取っても、愛らしい。
一応付け加えると、もう一人は前髪が長めで、鼻上までの黒布を身につけているので、顔はよく分からない。この黒布は、制服の一つだが、普段は身につけない事を許可されている。こちらは俺と同じくらいの身長だ。確か178cm。1cmだけ俺が勝った。
どう考えても、アルト=ベックフォードを担当する方が貧乏くじだと思う。カイはあたりだ。俺は躊躇なく、人を外見で判断するタイプの人間である。
が。
今回は、一応、オニキスに頼まれている。オニキスはどちらを担当したいのだろうか? そう考えてチラリと見れば、じっとオニキスはカイを見ていた。カイもまた、オニキスを見ている。見つめ合う二人は、どう見ても、初対面という空気ではない。
……。
さて、どちらが良いだろうか。
――カイを俺が担当して、オニキスを残念がらせる。
――カイを希望通りオニキスの担当とする。
友人でなければ、前者の選択肢しかない。だが、この辺鄙な土地においての数少ない友人だ。ふむ。一度くらい恩を売っても良いかもしれない。たまには俺も善行を積もう。
「俺は主任の、ジェフ=ガーランドだ。今回は、アルト=ベックフォードの指導を担当する。隣にいるのはオニキス=セネット。カイ=フォスターの指導を担当する」
俺がさも事前から決定していた風に告げた時、目に見えてオニキスが安心したような顔になった。ここまで露骨なオニキスも珍しい。一体、オニキスとカイはどういう関係なのだろうか。
はっきり言って、この国では同性愛はメジャーでは無い。だが、この土地において、特に刑務官や受刑者間では、珍しくない。ここは男性刑務所なので、右を見ても左を見ても、前も後ろも男しかいないせいだ。また、メジャーでは無いが、一定数の同性愛者はどの場所にもいる。
俺が見たところ、オニキスとカイは……デキているかは兎も角、お互いを好きあっているような顔をしている。