【二】俺の受け持ち






「――じゃ、とりあえず仕事を教える。オニキス、カイを頼むぞ」

 俺は話をまとめ、本日は様子を見る事に決めた。新人研修の初日は、パンフレットを読ませるのが基本だ。俺は端からやる気は欠如しているが、とりあえずアルトに視線を向けた。

「隣の小会議室一を俺は使うから、アルトはついてこい」
「はい」

 抑揚の無い声で、アルトが頷いた。新人なんだから、もっと威勢良くしろよと思ってしまう。カイの方なんてキラキラしているぞ。

 立ち上がった俺は、デスクの上から資料の入る封筒とファイルを手に歩き出した。まぁ大人しくついてくる所は評価しよう。見つめ合っているオニキスとカイの間の甘いようなただちょっと苦いような空気は気になるが、今日は様子見と決めたばかりだ。

 小さな会議室の入り口で、俺は使用中に看板を変更し、中に入って電気をつけた。アルトが入ってから、俺は扉を閉めて、やる気出無ぇなぁと内心で考えていた。

「座れ」
「失礼します」
「で、これを読め」

 俺は対面する席に座して、膝を組みながら、机の上に封筒を放り投げた。アルトは、手袋をした手を伸ばしている。そして中からパンフレットを取りだした。受刑者が過ごしやすいようになどと嘘八百が並ぶ、内容だけクリーンな嘘くさいパンフを真面目にアルトが読み始める。

 俺は銀色の腕時計をチラりと見て、このまま三十分程度時間を潰して終わりにしようと決める。正直、真面目に読んだって、こんなもの五分もあれば終わるが、まぁ良いだろう。

「終わりました」

 しかし――。
 アルト=ベックフォードは、真面目だった……。

 面倒な気持ちになりながら、チラリと俺はそちらを見る。椅子にふんぞり返りながら、煙草を吸いたい気持ちになった。

「何か質問はあるか?」
「……特に」

 だろうな。そもそもこのパンフは、刑務官学校でも入学時に配布されている代物で、全国共通で珍しさも無いだろう。ま、明日から仕事を押しつけてやるつもりだし、適当に何か指導してやるか。

「じゃ、次はこのファイルを読め」

 俺は受刑者一覧が載るファイルを、テーブルの上でアルトの方に押した。こちらは、読むだけで五日はかかるだろう。様々な個人情報が書いてある。一人一人の罪状や、毎日の刑務の内容なども書いてある。俺の予定では、今後一週間くらいはこれを預けて放置するつもりだ。

「はい」

 素直に受け取ったアルトが読み始める。それを確認した俺は、勤務後の日程について考えた。新人の歓迎会などといったものは、全体では無い。気が向かなければ、個別に連れて行く事も無い。だが今回に限っては、カイとオニキスの事が気になるので二人の様子を間近で見るか、オニキスに少し探りを入れたい。万が一二人が恋仲だったら、カイを奪ってみるのも楽しいかもしれない。

 と、そんな事を考えながら十分ほどした時の事だった。

「読み終わりました」
「――ほう」

 いや、早いだろう。普通は一週間はかかるものだぞ。こいつ、本当に読んだのか? 俺は片目だけを細めて、アルトに手を伸ばした。

「貸せ」
「はい」
「――三百頁に記載されていた内容を復唱しろ」

 普通は無理だ。きちんと読んでいても、暗記なんて不可能だろう。

「受刑者ヒルグ=シュタルスの罪状一覧、罪状は――」

 アルトがなんでもない事のように語り出した。俺はポカンと口を開けそうになった。いやいやいや、真面目に暗記したって言うのか、こいつ。何者だよ。三百頁を見ながら、俺はアルトの復唱内容が正しい事を確認し、若干焦った。

「――以上です」
「なるほど。次、五百二頁」
「はい。受刑者リックス=レールラの服役観察記録、模範囚で――」

 こちらもまた正しい内容の復唱が始まった。
 完璧に中身が合ってる。速読が出来る上に記憶力もずば抜けていると判断するしかない。

「と、記載されていました」
「そうだな。お前、職業選択間違ったんじゃねぇのか? 学者か何かになれば良かっただろうに」
「……」
「一応聞くが、魔導刑務官の志望理由は?」

 僅かにアルトに対しても、俺は興味を持った。カイと比較するならば微々たるものだが、本当に少しは。

「安定した職業に就きたくて希望しました」
「激務薄給だぞ」

 思いのほか退屈すぎる志望動機だった。まぁ、国家に属する魔導公務員の中では、それなりに地位は高いと言われる事もあるし、そう珍しいというわけではない。こういう奴に限って、現実に直面して、どんどん辞めていくから、こいつもその内辞めるんだろうが。

 そんな事を考えつつ、俺はアルトの履歴書を改めて見る事に決めた。
 実はまだよく読んでいなかったのだったりする。

「ん」

 机の上に無造作に置いておいた書類を見たら――『首席卒業』の四文字が並んでいた。これはエリートだ。なんでそんなエリート様が、わざわざこんな辺鄙な土地に。確かに出世するためには田舎周りは必要とされるが、上層部も考えて配属しろよな。新人の場合は、本人の強い希望があれば配属先を検討して貰える場合があるが(家から近いなど)、基本的には上が決定する。

「お前は配属先の希望は、ちなみにどこだったんだ?」
「特に無しとしました」
「へぇ。この刑務所の悪い噂とかは聞いていなかったのか?」
「いいえ」

 友達居なさそうだしな。なんか暗そうだし。誰も教えてくれなかったのかもな。

「こんな田舎に単身赴任じゃ、家族も心配したんじゃ無いのか?」
「――おりませんので」
「両親は?」
「亡くなりました」
「へぇ。それで自活のために、安定した職業を希望してる訳か?」
「……はい」
「兄弟は?」
「兄がおりますが、国外にいるのであまり連絡はとっていません」
「ふぅん」

 ま、天涯孤独というわけではないようだな。ま、俺には関係の無い話だ。他人の不幸には別に興味は無い。

 その内に、三十分が経過したので、俺は立ち上がった。

「じゃ、これで説明は終わりだ。お前には、指導はいらないだろ。今日から書類仕事を振る。その前に、見回り業務の説明をするからついてこい」
「はい。ご指導有難うございます」

 頭が良いようだし、せいぜいしごいてやろう(仕事を押しつけよう)。
 書類仕事が出来るようなら、見回りさえ覚えさせれば、後は放置で良い。
 手がかからないのは、俺の仕事が減って何よりだ。

 その後俺は、アルトを連れて、西区画の牢獄を回る事にした。