【一】第二騎士団の日常
「集合! 朝礼を始める」
厳しい声を放ったのは、第二騎士団の副団長であるクロード=ドゥーセだった。長身の彼は、このザゼンバルツ王国一の剣士だと言われている。二十代後半くらいに見える外見をしている。黒く艶やかな髪を揺らし、クロードは鋭い眼光で周囲を見渡した。目の形自体は、アーモンド型で非常に整っているが、どこか不機嫌そうに見える事も常だ。
「点呼開始」
クロードの指示で、騎士団の所属騎士達がそれぞれの確認を始める。
例えばそれは、第一部隊長のジョスや、その副官のリュカだ。
この二名は、貴族出自の騎士である。
「揃っているか?」
そこへ、ゆったりとした足取りで、騎士団長のヴェルナードが歩み寄ってきた。視線を向けたクロードが、顎で頷く。ヴェルナードは、クロードよりも更に長身で、現在二十八歳だ。クロードとヴェルナードは、同期入隊の騎士で、丁度今年で出会って十一年目となる。
「遅刻者が三人いる」
点呼を取るまでもなく、目視で確認済みだったクロードが、これみよがしに嘆息した。すると、己の部隊の隊員だと理解しているジョスとリュカの顔が引きつった。ヴェルナードだけが、ゆったりとした微笑を浮かべている。
クロードは厳しい事に定評がある。
「第一部隊は全員、連帯責任で、今日は腹筋三百回とうさぎ跳びを追加だ」
周囲に響くその声に、第一部隊の騎士達全員がどんよりとした空気を放った。昨日、第一部隊のメンバーは、早期退職を選択した若き同輩の為に、ささやかな飲み会をしていて、来ていない三名は、特に遅くまで飲んでいた事が思い出される。ただでさえ二日酔い気味の者も多く、全員の顔が引きつっていた。
「まぁまぁクロード。大目に見てやってはどうだ?」
飲み会の事を聞いていたヴェルナードがその場を収めようとしたが、クロードは目を据わらせる。
「たるんでるんだよ。そんなんで、魔族に勝てると思ってるのか」
「う、うーん。しかし、うさぎ跳びに励んで魔族に勝てると本気で思っているのか?」
「筋肉は、無いよりはあったほうがいいだろう」
クロードがきっぱりと断言した。
この第二騎士団は、主に魔族との戦いで前衛役を務める事が多く、皆、剣か槍か斧を使う。攻撃力に限って言うのであれば、ある種の兵器といえる魔術師に並びようがないとはいえ、集団で力を合わせて道を切り開くのが仕事だ。
そんな中で、クロードは剣を好んで使う。綺麗に均整の取れた体つきをしているクロードは、自分の言葉に頷きながら周囲を見渡した。つられてヴェルナードもまた見渡したが、どちらかというと細マッチョというに相応しいクロードに比べると、周囲の方が筋肉だるまに見えたから、何とも言えない気持ちになった。
騎士団の騎士達に筋トレ命令を出すクロードだが、本人も確かに鍛錬は怠らない。腹筋なんて綺麗に割れている。だが、どちらかというと訓練用の木刀を片手に見張っている時間の方が多いため、クロード本人は、効率的に短時間で筋トレをしている。
「もっとクロードのように、効率よく皆が筋トレをする方がいいんじゃないか?」
控えめにヴェルナードが提案すると、クロードが眉を顰めた。
「筋トレは、筋肉だけじゃなく精神力を養うためにもやるんだよ。連携の確認にもなる」
そういうものなのかと、ヴェルナードは微笑したまま、曖昧に頷いた。
そこへ、遅れていた三人が、漸く顔を出した。
「そこへなおれ! 遅い! 今何時だと思っているんだ!」
するとクロードが、すぐに声を上げて、木刀を向けた。三人とも、顔面蒼白だ。そこからクロードの説教が始まった。全員俯いて、震えながら聞いている。まだ十代の若い騎士達が、半泣きになっている。
「まずは朝礼だ。その後、しっかりとしごいてやる」
不機嫌そうな顔でクロードが述べた。それから彼は、ヴェルナードを見た。
「始めるか」
「ああ、そうだな」
頷き、ヴェルナードが全員を見渡す。
「――以上だ。今日も一日、皆鍛錬に励むように」
最後にそうまとめてから、ヴェルナードはクロードを見た。クロードはゆっくりと二度頷くと、遅れてきた三人へと歩み寄る。
「さっきの続きだ。ったく、たるんでるんだよ!!」
こうしてクロードによるお説教が再開された。
それが三十分ほど続いてから、第一部隊のメンバーのみ、基礎トレーニングを多めにする事になった。これは、比較的よくある第二騎士団の光景である。