【二】予算会議







 ――午後。

「はぁ? 第二騎士団の予算を削減するだぁ? ふ・ざ・け・る・な!」

 ヴェルナードとクロードは、宰相府・宮廷魔術師団・第一・第二・第三・第五騎士団合同の会議に出ていた。このザゼンバルツ王国の他の戦力としては、国王直属特別部隊と、欠番とされる第四騎士団が存在するとは言われているが、その二つの人間が、予算会議に顔を出した事は過去には無い。直属部隊と第四騎士団は、民間伝承のような存在だ。

「決定は決定だ」

 断言したのは、宰相補佐官であるルイだった。その隣で、腕を組み、宮廷魔術師団から来ているオルテも頷いた。この二人も二十代後半である。

「第一騎士団は、王都の防衛。第五騎士団は、国境の防衛。もう削る事が出来ない。第三騎士団は、要人警護でこれも同じ。残っているのは、対魔族戦闘部門の第二騎士団のみだからね」

 オルテが述べると、クロードがこれでもかというほど、目を細くした。

「その分、宮廷魔術師団の予算を増やすというのはどういう了見だ?」
「対魔族の場合、実際に戦力になるのは、僕達魔術師だけだ。君達第二騎士団なんて、お飾りみたいなものじゃないか」

 クロードの顔が引きつった。
 しかしこれは、実際事実である。魔力ある魔物に勝つには、魔術師の力がどうしても必要となる。あくまでもその魔術師の盾となるのが、第二騎士団という存在だ。

「正直肉壁よりも、結界魔術を練る方が得策だと判断してる」

 飄々とした声音で、淡々とオルテが述べた。クロードの顔は歪んだが、ヴェルナードは微笑を崩さない。

 なおこの世界には、地水火風空の四属性の魔術が存在する。結界魔術であれば、地と風の複合で生み出せる。民間伝承では、更に【空属性】に分類されれる、光と闇の魔力も存在すると言われる。それらは御伽噺では散見されるが、それこそ国王陛下直属の部隊があるだとか、諜報や暗殺に特化していると噂の暗部たる第四騎士団なみに、ここにいるメンバーは誰も見た事が無い。

「そもそも宮廷魔術師の数は少ないだろう? 五人しかいないと聞く上に、宮廷に日参しているのは三名のはずだ。これ以上何に予算を割くんだ?」
「記憶力もないのかな? 新しい結界の理論を生み出したと話したつもりだけど」

 オルテがクロードを、目を眇めてみた。クロードが嫌そうな顔をした。

「宮廷魔術師団の予算は、全騎士団への予算配分より上だという規定があるので、宰相府はそれに従い決定を下した次第だ」

 ルイが補足すると、クロードは机の下で拳を握った。その手が怒りで震えているのを、隣に座っていたヴェルナードは見たが、何も言わなかった。ヴェルナードは、比較的平和主義者である。

 その後クロードは反対表明をしたが、会議は終了した。

 第二騎士団のメンバーには厳しいが、誰よりも第二騎士団の事を思って発言するのもまたクロードである。

 会議後、苛立つような顔で腕を組み、そのままクロードは座っていた。
 ヴェルナードが声をかけようとした時、不意にオルテが言った。

「そういえば、また『ロイク=ルコント』が出たと聞いたけど、あれは本当?」

 声をかけられた第三騎士団の団長が困ったように眉根を下げる。

 ロイクというのは、『謎の魔術師』だ。そもそも魔術師は数が少ないのだが、特に力のある者は少数で、基本的に少しでも魔力があれば、国への登録が義務付けられている。しかし、この国の戦闘集団に名前が無いというのに、『ロイク=ルコント』と呼ばれる魔術師は、時折ふらりと姿を現すと、人も魔族も問わず、魔術で殺めて消える。こちらは民間伝承ではなく、後処理を騎士団で行う事も多いため、実際に存在する相手だ。

「その顔を見る限り本当みたいだね」

 オルテが嘆息した。今回は、第三騎士団が要人警護の関係で追いかけていた、暗殺者が屠られたらしい。今の所、ロイクが国に害をなす事は無いため、黙認されているという事実がある。

 その後、オルテが部屋を出ていき、他のメンバーも続々と退出した。

「行くか」

 ヴェルナードに声をかけられて、クロードもまた立ち上がったのだった。