【三】夜と朝








 夜。
 第二騎士団は、『魔』の気配がした場合、本部にある【紅玉】がそれを伝えるため、街へと見回りに出る。本日の担当は、第一部隊だった。

 隊長のジョスの隣を、並んでリュカが歩いている。

「今日は副団長に絞られましたね」

 リュカが雑談を振ると、ジョスがひきつった顔をした。

「あの人は、悪い人ではない。ただ、言い方がきつい」
「同感です」

 そんなことを言い合った時、二人の鼻が血の匂いをかぎ取った。
 顔を見合わせた二人が揃って、気配を殺して走る。
 そうして角を曲がると、そこには、首を落とされた遺骸の山が出来ていた。血濡れなのだろう手袋の色は黒く、手を下した『ロイク』の風貌は、全身が黒いローブ姿ゆえに見えない。

 ロイク=ルコントというその名が、誰から広まったのかすら、ジョスもリュカも知らなかった。だが遭遇は初めてでは無く、【紅玉】が知らせた――忍び込んだ魔族を屠った状況らしいという事は、一見して明らかだった。

 その場には圧倒的な威圧感があり、重い魔力が漂っている。
 それに縫い留められたようになり、ジョスとリュカは動く事すらできなかった。
 ロイクは堂々と二人の脇をすり抜けて、夜の街へと消えていく。


 この夜は、第二騎士団第一部隊のメンバーは総出でことにあたる事になる。




 ――そこは白に包まれた空間だった。
 座り込んでいる子供が一人いる。その両手は、血に濡れている。

「******、********」

 その時、『誰か』が少年に声をかけた。涙で頬を濡らしたその子供は、緩慢に視線を向ける。泣きすぎて息が苦しい。呼吸ができない。胸が張り裂けそうなほどに痛い。

「君、名前は?」

 次の瞬間、少年は青年との時間軸の狭間にいた。
 手を差し伸べたのは、長い銀色のあごひげをした貴族だった。

「……」
「そうか、名前がないのだね。では、私が授けよう」
「……」
「君の名は、『クロード』だ。今日から、私が君の父となるドゥーセ伯爵だ」

 その言葉を聞いた直後、クロードは飛び起きた。
 慌てて必死で息をしながら時計を見れば、午前四時。
 ああ、過去の夢だ、未だ苛まれるいつかの幻想。

「俺は……」

 寝台で上半身を起こしたままで、クロードは右手の掌をじっと見ていた。



 翌朝も、第二騎士団の朝礼はいつも通りだった。第一部隊のメンバーは、昨夜の事件があった事で、本日は遅い時間の出勤を許可されている。木刀を構えたクロードは、他のメンバーの『たるみ』にチェックを入れている。

 だがその横顔がどこか青い事に、ヴェルナードが気が付いた。

「クロード」
「あ?」
「何かあったのか?」
「何かって?」
「顔色が悪い」
「別に」

 ぶっきらぼうに答えたクロードではあったが、夢見が悪かった事は否定できなかった。しかし定期的にみるあの夢は、いいや、過去の記憶は、決して他者に言う気にはならない。

 クロード=ドゥーセは、実を言えば、孤児――か、すら不明な身元不詳の出自である。外見の年齢が十代後半の頃、ドゥーセ伯爵の養子になった。その前の記憶も時折夢で見るが、それは遺体の前で泣いている己の姿であり、目が覚めてしまえば現実感は失われる。

 自分が何者かわからない。
 これは、クロードの一つの悩みとまでは言えないが、気にかかる事ではあった。
 だからこそ、剣に打ち込んで、王国一といわれるまでになった。

 鍛錬で築いた肉体と剣は、決して己を裏切らない。

 他の騎士団のメンバーは、多くが貴族の令息だ。たたき上げの者は少なく、大抵が騎士学校の卒業生だ。そうでないクロードは、当初は物珍しさで注目を集めたほどである。

「本当に平気なんだな?」
「おう」
「それなら今夜は、少し飲みにでも付き合え」
「あのな……来週には、魔王城への侵攻がひかえているんだぞ? そんな暇――」
「だからこそだ。死ねば、もう二度とお前とは酒を酌み交わせない」

 ヴェルナードがそう述べると、短くクロードが息を飲んだ。
 実際、それは事実である。
 クロードは、断る言葉を見つけられなかった。