【6】冒険者ギルド
柊と鳩のマークの看板が出ている建物の扉を、俺は開けた。
正面には受付が見える。依頼ボードには、多数の羊皮紙が貼り付けられていた。
やっと、やっと、俺は王都の冒険者ギルドへとやって来たのだ!
――長年の夢が、一つ叶った!
やっぱり人生は、行動なのかもしれないな。
そう考えながら、俺は受付へと向かった。すると奥にいたギルドの主人らしき老人が俺を見た。
「こんにちは。他所から来た冒険者か? それともこれから登録か?」
「ワミルーナの村から来ました」
「ワミルーナの村……これはまた、長旅だっただろうに。ワミルーナといえば、数年前までは、疾風の大賢者ラルガ翁が住んでいたと聞くが」
「祖父を知っているんですか?」
「知らない冒険者などモグリだ。そうかそうか。お孫さんか。俺はここのギルドのマスターをしているディアス。お前さん、名前は?」
「カルネです!」
なんだか嬉しくなってしまった。疾風の大賢者という語は初めて聞いたが、村にラルガという名前の持ち主は祖父だけだったのだから、間違いないだろう。
「ラルガ翁のように、なんでも斬れた人は中々いない。カルネも剣士か?」
「はい。ただ村では大根ばっかり抜いてましたが」
「農作業は偉大だ」
俺は冗談で言ったのだが、ディアスさんには真面目に受け止められてしまった。実際、大根(型モンスター)を相手にばかりしてきたわけではあるが……。
「冒険者証は作成済みという事で良いんだな?」
「はい!」
「では、好きな依頼を選んで、このカウンターに持ってきてくれ。冒険者ランクは?」
「……Dです」
冒険者ランクは、SSSR・SSS・SS・S・A・B・C・D・Eだ。俺は、まだ下から二番目なのである。依頼をこなさなければランクは上がらないのだが、村には依頼が無かったのだ……。
「Dランクの仕事も沢山ある。これから頑張るようにな」
ディアスさんは笑顔だった。俺も笑顔になってしまった。優しそうだ。
頷いてから、俺は依頼書が貼られている、クエストボードの前に立った。
「ええと……」
その中で、『D』と書かれている依頼書を見た。主に、王都郊外の森での、魔力を帯びた植物の採取依頼が多かった。全職業で受諾可能な依頼だ。剣士限定の募集は、Dランクだと、商人の護衛が一件だけだった。護衛なのにDランクでも受諾可能なのは珍しい。その依頼書をよく見てみると、低予算が理由のようだった。護衛の相場の三分の一の金額らしい。しかし初仕事が護衛は、緊張する。まずは、植物採取にしようかな……。
俺は依頼書を手に取り、カウンターへと戻った。
「これをお願いします」
「無難だな。任せたぞ!」
ディアスさんが受諾を許可してくれたので、俺は初の仕事を引き受ける事が出来た。期日は三日ほどある。まだ昼前なので、今から行っても良いだろう。俺は、執事のアーティさん宛の腕輪で、『昼食不要』と連絡をした。『かしこまりました』とすぐに返事があった。腕輪の表面に文字で浮かぶ形だ。連絡をする時は、指で文字を書いて最後にはめ込まれている魔石に触れれば良い。
「行ってきます!」
「気をつけてな!」
「はい!」
笑顔で頷き、俺はギルドの外へと出た。空が少しだけ曇り始めていた。採取内容は、菱形草を五十枚採取する事である。俺はギルドを出る時に渡された採取用の袋を片手に、ギルドからも目視出来た森を目指した。エリスの森というらしい。
このエステル王国では、創造神エステルとその御使いエリスの御伽噺は有名だ。魔族と戦って、勝利し、建国したらしい。神話からして、人間と魔族は不仲だ。それはこのエステル王国に限った話ではなくて、他の人間の国でも同様らしい。新聞で見た事がある。
そんな事を考えながら歩いていき、俺はエリスの森に入った。
巨大なキノコや小さな木々がひしめいている。エリスの森では、通常の森とは、植物のサイズが異なるらしい。魔力の帯び方で、大きさが変わるそうだ。
「あった!」
目的の菱形草を発見した俺は、掌サイズの草を眺めた。そして剣を抜く。大根に比べたら、随分と簡単だ。俺は剣を鞘にしまった。抜いてしまったその一瞬で、斬れた菱形草が宙に舞い上がる。俺は手でそれをキャッチして、全てを手にしてから、二重チェックで枚数をカウントした。きちんと五十枚ある。大根に比べたら、本当に簡単だ。
「俺、これなら頑張れる気がする」
一人呟きながら、俺は袋に、菱形草を入れた。
移動時間の方が、採取時間より圧倒的に長い。
「なんだ、もう帰ってきたのか? 早いな。失敗か?」
ギルドに戻ると、ディアスさんに目を丸くされた。俺は苦笑して首を振ってから、袋を差し出した。
「さすがは、ラルガ翁の孫だけはあるな」
確認してくれたディアスさんの言葉に、俺は誇らしくなった。剣の腕を鍛えてくれたのは、紛れもなく祖父である。
この日は、更に採取の依頼を同時進行として五件引き受けた。そして移動時間の短縮に成功し、ランクも一気にCランクまで上がった。
丁度、午後の三時頃になっていて、お茶の時間帯だった為、俺は遅い昼食をギルドで買う事に決めた。依頼の報酬をもらって、お財布が少し潤った事も大きい。木の実入りのパイを買って食べた。村のものでない食べ物は、俺にとっては全て物珍しい。しかし夕食の時間は決まっているので、食べ過ぎないように気をつけた。
その後、服も購入しようと思い立ち、俺はギルドを出た。
冒険者らしい服というのも、ギルドで見渡して何となく掴んだ。
やはり動きやすさが一番のようである。
ギルドのそばにある店で、俺は既製品の服を眺めた。
武器は、祖父が譲ってくれたものなので、このままで良いと俺は思っている。剣が一本と、短剣が数本だが、持ち歩きやすく、手入れ不要でよく斬れるのだ。
服を購入してから、俺は帰宅する事にした。既に日は落ちている。
「おかえりなさいませ」
裏門を抜けて扉を開けると、そばにいた使用人が立ち止まって俺に頭を下げた。
……慣れない。慣れられるんだろうか?
俺は曖昧に笑って頷いた。すると執事のアーティさんがやって来た。
「無事のご帰還何よりです。夕食までは、もう少々お待ち下さい」
「はい!」
「先に入浴されてはいかがですか?」
「あ、丁度俺もお風呂に入りたかったんだ……」
「用意は整っております」
アーティさんの声に頷き、俺は一度部屋に戻って荷物や剣を置いてから、一階へと戻った。そして案内された浴室で、俺は入浴する事にした。村にあった温泉とは、趣がだいぶ異なる。村には、どの家にも小さな温泉があったのだ。
体の疲れが溶け出していくようだった。じっくりとお風呂に浸かってから、俺は体や髪を洗って外に出た。そして着替えてから、ガウンを見た。俺の持ち物では無い。入浴前は用意されていなかったものだ。しかし確かに肌寒いので、羽織りたい。迷ってそれを手に外へと出ると、アーティさんが立っていた。
「これ、着ても良いのですか?」
「ええ。お忘れのようだったので、僭越ながらお持ちいたしました」
「忘れ……? 俺の服じゃないです」
「いいえ。カルネ様のお部屋のクローゼットに入っている品は、全てカルネ様の為に用意されたものですので、ご着用下さい」
「……有難うございます」
「私は使用人ですので、敬語も礼も不要です」
「……」
アーティさんは当然の事であるように、無表情で口にした。そういうものなのだろうか。俺には、貴族生活は慣れられないかもしれない……。
その後自室に戻ってクローゼットの中を確認すると、様々な高級そうな服が入っていた。意識してみれば、書架には本が、抽斗には紙や万年筆が、その他観葉植物等を含めて、部屋には色々ある。これが、全部俺のものになったというのは、ちょっと信じがたい。
俺はそわそわしながら、夕食の時間を待った。