1:剣と魔法の世界らしい。


 気がつくと僕は、豪奢な椅子に座っていた。金色の背もたれと肘当て、赤いフカフカとした座る部分――なのに何故か、キャスター付きで、回転椅子だった。謎の椅子だ。

 ――というか、ここは何処なんだろう。

 僕は周囲を見渡してみた。
 十畳くらいの部屋で、僕の座っている椅子は、壁際にある。

 右手にはベッドがあって、左手にはドアが二つある。一つは緑の鉄製の扉、もう一つはごく普通に押すと開く形の自動ドアだった。そちらは扉の脇に、インターホンがあり、その下に時計のようなモノがくっついている。

 そして真正面の壁一面には、巨大なモニターが設置されていた。
 モニターの左右には、無数の小さなウィンドウが開いていて、正面だけが大きい。
 モニターの下には、PCみたいなキーボードと机におく形のマイクがある。謎のスイッチも三つあった。赤・青・黄色――信号機みたいだ。

 何で僕はこんな所にいるんだろう、確か僕は――……あれ?
 僕は自分の名前が思い出せなかった。だが別に、動揺もしなかった。
 その時の事だ。

『はじめまして、新たなダンジョンマスター!! 僕はダンジョン経営者連合会の職員、ファウストですッ!』

 ……?
 テンションが高いなぁと思いながら、僕はソレを聞いていた。

『ここはエリーゼ大陸ヴィルヘルム国の常闇の森です。貴方には此処で、ダンジョンを経営してもらいます。まずは、≪ステータス≫をご確認下さい。≪ステータス≫って言えば表示されます!』

 なんだかよく分からなかったが、僕は呟いた。

「≪ステータス≫」

 僕は流されやすい性格をしているのだ。なんだかソレは覚えている。



【基本ステータス】
NAME(名前):グリム
Lv.(レベル):1AGE(年齢):0歳
JOB(職業):魔王ダンジョンマスター
HP(体力):30125MP(魔力):30337
SPスキルポイント:10000
CRクリエイトポイント:750000
LUC(幸運):13

【スキル】
≪ダンジョン生成≫
≪モンスター創造≫
≪迷宮作成≫
≪アイテム設置≫
≪罠設置≫
≪残酷な白雪姫≫
≪歪なシンデレラ≫

【クリエイター特典スキル】
≪ヘルプ(ファウスト)≫
≪言語理解・自動翻訳≫
≪不老不死≫
≪美貌/抜群のスタイル≫
≪ダンジョン経営者連合会(会員)≫
≪ステータス閲覧(全ての相手)≫
≪ダンジョン内転移≫
≪総合転移≫
≪快感度閲覧≫
迷宮(ルビー) 球≫

【アイテム】
・初心者魔王の服(上・下・靴)
・細い木の枝(杖:スキル発動に必須)
・HP回復薬×1
・MP回復薬×2

 凄いんだか凄くないんだかの判断すらつかないので、僕はまず目の前に現れた透明な板のようなモノに触れてみた。とりあえず、名前は兎も角年齢と職業はおかしい気がした。だが、それはひとまず取り置いて、スキルの中で、特に意味が分からない二つに触れた。

【スキル】
≪残酷な白雪姫≫
……攻撃スキル。床を炎に変え、天井からは雪のように火の粉が舞い落ちてきます。
≪歪なシンデレラ≫
……防御スキル。自分の半径1mの範囲の攻撃を全て、時空を歪ませ無効化します。

 そんな事をしていたら、再び声がした。

『無意識に【スキル】≪ステータス閲覧(全ての相手)≫の中の【スキル解読】使えるなんて凄いです! 普通は声を出して使うんですよ? Lv.をあげれば、今みたいに、思考するだけで使えるようになるんだけどねっ。ただやっぱり、Lv.が低いから、板が出
ちゃいましたね。ちゃんと言葉に出せば……まあスキルの場合は発動しちゃうんですけど、対象者を選択してからなら、脳裏にステータスがよぎって、板なしに思考で選択できるようになります』

 我に返った僕は、おそらく声の主が、【特典スキル】とやらの≪ヘルプ≫なのだろうと判断した。随分とショタショタした声だ。男の子に違いない。けど、僕は0歳らしいから、どうなんだろう。だけど僕が見た感じ、十七・八の外見の自分が思い浮かんでくる。なん
だか僕はここに来る前、そのくらいの年齢だった気がした。

「あの」
『なんですか?』
「此処は一体何処なの?」
『エリーゼ大陸ヴィルヘルム国の常闇の森ですっ、さっき説明したじゃありませんか』
「森の中にこの部屋があるの?」

 その割には窓も何もない。

『あ、ここは、マスター室です。ダンジョンの最深部の真下に存在します。そうそう、チュートリアルを再開しますね』

 チュートリアル?
 なんのチュートリアルなんだろう。そもそも僕って一体誰なんだろう。

『此処は剣と魔法のファンタジー世界です。盗賊なんかもいます。要するに人々が冒険者として、自由に生きている世界です。一年後、この常闇の森の奥地に、ダンジョンが出現する事になっています。貴方にはその生成等々ダンジョンやモンスターをクリエイトしてもらいます。期限は一年です』

「何で僕が?」

『ダンジョンマスターは、ある日突然現れるモノなので、僕も知りません。それに全員、ここに来る前のエピソード記憶がなくなっていて、どうやら元の世界からは存在が消されているみたいです』

 ≪ヘルプ≫のファウスト君でも知らないことがあるんだなぁと僕は思った。

『さて話を戻します。このチュートリアル終了後、【グリム】さんには、≪ダンジョン生成≫で、基礎ダンジョンを生成していただきます! それから≪モンスター創造≫で、モンスターを配置してもらいます。後は罠を作るもよし、ご褒美にアイテム入りの宝箱を置
くもよし、ダンジョン内を複雑にするために迷宮仕様にしたりなど、自由に貴方だけのダンジョンを創って下さいね』

「頑張ります」

 凄く楽しそうにファウスト君は言っているが、なんだか怠い。エピソード記憶は確かにないようだけど、作業記憶や、ちょっとした感情などは思い出せる気がした。そして僕は飽きっぽい事や、植物はすぐに枯らしてしまう怠惰な人間である事を思い出した。思い出したくなかった。

『Lv.1の場合は一階層しか創れませんし、モンスターも弱いままです。≪迷宮作成≫でも簡単な、通路を増やしたり部屋を増やしたりしかできません。なおデフォルトで、≪迷宮球≫を設置する部屋は最深部に設置されます。別にそこに置かなくても構いませんけ
ど、この≪迷宮球≫はダンジョンの核なので、コレを破壊されると、『人間を殺すか、精気を吸い取るか、”モンスターの部屋”でLv.ダンジョンが崩壊して、強制的に異空間に引っ張り込まれ、グリムさんは、壊した相手と戦闘をしなければなりません。此処で勝利すれば、新たな≪迷宮球≫がもらえるので、再びダンジョンを生成できます。ステータスは引き継がれます。ですが、一階層から創らなければならないので、どうせ戦う事になるのであれば、≪迷宮球≫を守って先に相手と戦う事をお勧めします。その方がより強いダンジョンを創るのに都合が良いからです』

「戦わなきゃならないって……死んだらどうするの?」

『人間の場合は、神殿で目を覚まします。BADステータス状態で、体力が三分の一戻った状態ですが。グリムさんの場合は、【魔王】で【不老不死】なので、≪ダンジョン経営者連合会≫本部の救護室で目を覚まします。全回復状態ですよ。ただし、Lv.は1に戻りますし、ステータスも初期値に戻ります。ちなみにモンスターは残念ながら消滅しますが、一定時間が経つと再びその場所に出現します。出現できない場合は、ようするに出現場所が無いというのは、要するに球が壊されて、グリムさんが倒された時です』

 そうか、この世界では基本的に誰も死なないんだなと理解した。

『レベルが上がるたびに、より強いダンジョンを、深く広い階層を、強いモンスターを生み出せるようになります。ダンジョンは基本的に下へと続いていきます。ちなみに≪ダンジョン生成≫で下へと新たな階層を創ることが出来ますが、Lv.が必要です。Lv.をあげて、クリエイトポイントを取得してください。クリエイトポイントは、モンスターや罠を設置するたびに減っていきます』

「Lv.はどうやってあげるの?」
『外に出て人間をダンジョンに呼び込み倒すなどです。他にはモンスターの部屋で倒したり精気を吸い取るなどの方法もあります。Lv.があがれば、スキルも強くなりますよ』
「モンスターの部屋?」

『片方の扉の下についている時計の針を回すと、≪書庫≫≪応接間≫≪寝室≫≪ダイニングキッチン≫≪浴室≫≪連合会本部≫≪モンスターの部屋≫≪近隣の村≫などに移動できます。もう一方の扉は、ダンジョンに続いています。開けるとダンジョン内の任意の場所に移動できます。なので、球を守るためや、ダンジョンの確認をするのにお使い下さい。確認作業は基本的にモニターでも自由に出来ます。任意の場所にモンスターを設置したり、移動したりも、こちらからも操作できます。また小さなウィンドウをタッチすると、大きな画面にそれが映ります。ダンジョン内の音声は、ON/OFFで聞いたり、遮断したり出来ます。ちなみに”モンスターの部屋”はモンスターの見本を兼ねているので、様々な種類のモンスターがいます。名前はステータスで表示できます。襲いかかってきます。ですが、ダンジョン内に作成したモンスターは襲いかかっては来ません』

「なるほど。じゃあ、精気を吸い取るって言うのは?」

『人間やモンスター、獣人、エルフ、等々や、他の魔王等々に突っ込むか突っ込まれるかするだけです。ちなみにモンスターの部屋でもそれは可能ですし、モンスターの部屋には、ごく稀に人間も出現します。ちなみにグリムさんは、HPが高いので、どちらの場合でも、何度でも出せます。その間は転移できません』

 ファウストの声は楽しそうだった。
 だけど、出す?
 よく意味が分からなかったので、とりあえず、生き返るらしいが人間を殺すのは今のところ抵抗があるので、モンスターの部屋でレベルを上げようと決意した。レアキャラらしいのできっとあんまり出ないだろう。

『ちなみに球が壊されるまで、食事も不要、排泄も不要、睡眠も不要、入浴も不要です。が、食事も睡眠も入浴も出来ます。睡眠に関しては、疲れた時に横になったり、横になってモニターを眺めたりする簡易ベッドがあります。寝室もあります。なお食べても排泄はされません。あ、キッチンでは、冷蔵庫の前で食べたいものを言うと、中にそれが入っている仕様です。冷蔵庫だけど、温かいモノは温かい状態で出てきますっ。お風呂のお湯は換えなくても綺麗になってますし、念じれば、浴室の内装や浴槽の形態を変えたり、入浴剤を入れたりも出来ます。マスター室だけはポイントを消費せずに自由に出来ます。後は、服装も念じれば、Lv.に応じて、HP・MPに応じてですが、好きな服や靴が出てきます。勿論洗濯も不要ですし、出し入れは自由です。寝室を使った場合は、シーツもいつ
も綺麗になります。他にご質問はありますか?』

 そう言われて僕は困った。何もかも分からないので、何を質問すれば良いのかも分からないのだ。

『何かありましたら、いつでも僕のことを呼んでくださいね。【ファウスト】って呼んでくれたら、いつでも質問・相談に乗っちゃいますっ。コレでチュートリアルは終了なので、終わったらすぐに≪ダンジョン生成≫をしてくださいね。それでは!』

 そんな声がしてから、ブツリ、と何かが途切れる音がした。

 このようにして、僕のダンジョン経営は始まったのだった――……
 なんて考えている場合じゃなかった。早く創らないと。
 そう思いながらも、まず僕は全力疾走して、≪浴室≫の扉を開けた。

 洗面所がまずあって、横に浴室がある。
 そこにある鏡で、僕はじっと己の顔を見据えた。

「……なんか見覚えがある。普通の僕の顔のままだよ、コレ」

 ≪美貌/抜群のスタイル≫、何の役にも立ってないし、効果もない!!

 だって僕はひょろっひょろだし。黒い髪に黒目。思わず肩を落とした。

「この世界の美的センス的に、コレが美貌なのかな……いや、まさかな」

 ハハハと遠い目をしながら、僕は空笑いをして、顔を背けた。

「もういいや、僕の考えた最高のダンジョンを創ろ……」

 なんだか一人っきりのせいか、独り言が増えてしまった。



 さぁ、ダンジョンを生成しよう!