1:十二支大陸国際会議



今日は国際会議の日だ。僕は、猫獣人自治区の代表として参加することになった。
まだ国としては認められていない。
いつか認められる日が来るのかもわからない。
猫獣人には発情期があるのだが、国際会議も度々その発情期にぶつけられて、参加させてもらえない。嫌がらせを受ける外交の日々である。今年の会議もぶつけられるのかと思ったら、ぎりぎり発情期手前に開催されることになった。今回の盟主国は羊国だ。これから羊獣人には感謝しよう。

「なんで猫がここにいるんだよ」
「あれだろ? 羊国の国王が代替わりするから、一応お披露目に呼んだんだろ? じゃなきゃ呼ばれるわけがねぇだろ」

様々な場所から嘲笑する声が飛んでくる。だけどこんなものには僕はもう慣れた。それよりもしっかりと会議に出て、必要があれば発言することが大切なのだ。国際社会の一員として。そう自分を慰めたけれど、あちこちから飛んでくる忍び笑いに悲しくもなる。

「自治権のある国家の代表を呼ぶのは当然のことだ」

――その時場が静まり返った。
驚いて顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。もこもこのファー付きの上着を着ている。角はない。角を魔術で消すことが出来るほどの実力者――王族だ。服装からして、あれは、羊の毛だ。羊獣人国プロヴァートの新しい王様なのだと思う。
目を見開いていた僕のところに、視線を合わせて静かに笑うと、彼は歩み寄ってきた。

「列席感謝する」
「――お招き頂きありがとうございます。僕は、猫獣人自治区の、ルクス・ヴェルトカッツェです」
「自治区の第一王子殿下だな。俺は、シャーフ・プロヴァート。羊国国王だ。ヴェルトカッツェ殿下、どうぞおかけください」

やっぱりそうだった。
そして僕は未だに耳もしっぽも肉球も消すことができないので、実力の差に圧倒された。すごい。もうどこからどう見ても人間にしか見えない。
この世界は、人間の住む”チキュウ”と表裏一体の場所にあるので、時折どの国からも、人間に扮して見に行くのである。そのための魔術だ。高位の魔術師と王族しか使えない。他は大体耳や角、しっぽなどが出ているのが常だ。
僕の自治区でその魔術を使えるのは、女王である母上と、次期女王の姉上だけだ。僕にはまだできない。僕もあと一年して十六歳になり、大陸基準の成人式を迎えたら、使えるようになるだろうか? 幸い十五の今年、発情期が来たのだ。だから次も、後数日すれば、多分発情期が来る。国際会議には発情期だと出席できないから、本当に良かった。猫獣人の発情期はかぶるのだが、今年は宮廷占術師にみてもらったところ、僕が一番遅く発情期が来るとのことだったので、僕が参加することになった。僕はこの会議に十歳の頃から度々出ている(年齢制限がないもの限定で)。

それにしてもシャーフ陛下は綺麗だった。

銀髪が煌めいていて、瞳の色も銀色だ。瞳孔がちょっと鋭い気がする。
はっきりとした目鼻立ちをしていて、ちょっと見惚れてしまう。僕もああいう大人になりたい。事前情報で、御年十九歳と聞いた気がする。羊国は、戴冠式の後も前国王が指示を出しながら仕事をするから、若いうちに王位が継承されるのだったと思う。既に二人くらいこの新王陛下にも王子がいたはずだ。ただ結婚式には呼ばれていないから、側室の子供なのだと思う(仲間はずれにされていても、時期をずらされるだけで、猫獣人の王族も基本的には呼ばれる)。

ちなみに僕にも四人子供がいる。四つ子だ。

昨年の春、初めての発情期の時に生まれた。今は乳母が育ててくれている。僕の妻は、お産の時に亡くなってしまったのだ……正直発情期で、お互いもう快楽しか考えられずに結んだ関係だったけれど、子供ができたと聞いたとき、僕は一生愛しようと思っていたから、なんだか悲しかった。今でも喪失感がある。

その上、猫獣人族は数が少ないのだ。だから国家としてもなかなか認められないというのもあるし――ほかの種族よりも、発情期が激しいというのもある。頻繁に強いものが来るのだ。その上、ほかの十二種族にはない特徴があるのだ。異種族でも子供を作れる上、同性同士でも妊娠が可能なのだ。生まれる子供はすべて相手の種族となる。子供は、必ず卵に入って生まれてくる。だから――猫獣人は、ていの良い妻として人気が高い。よく監禁されて、子供だけを産ませられるのだ。卵は三ヶ月弱で生まれてくるから、確実に自分の子供だとわかるからだ。そうやって猫獣人を誘拐するくせに、各国は皆猫獣人を蔑む。

僕たち猫獣人には、あんまり人権がないのだ。

だから会議にたくさん出て、僕はそれを変えていきたいと思うのだ。そんなこんなで促されるがままに座り、会議が始まった。特に異論もなかったので、僕は座っていた。時にはもちろん意見もしたし、否定票だって入れた。ただ、いつだって場がしらっとしていたのは仕方がない。猫獣人の発言権は弱いのだ。
――ただ、その間ずっと、視線を感じていて、顔を向ければプロヴァート国王が穏やかに微笑みながら僕を見ていて、時に軽く手を振ってくれたりしたので、なんとか乗り切ることができた。本当に優しい王様だ。
羊国は、この十二支大陸の衣食住の衣の生産を一挙にになっているので、発言権がとても強い。流行の最先端は、羊国だ。羊獣人は獣型をとった時に毛をかれるから、たくさんの毛皮が取れるのだ。猫獣人の特性はといえば……せいぜいまたたびに反応してしまうくらいのものである。

その後、会議が終わった時、僕は呼び止められた。
視線を向けるとシャーフ陛下が立っていた。

「ルクス殿下。もしよろしければ、もう数日滞在していってはどうだ? 羊国は、猫獣人自治区を国家として承認することを前向きに検討している。少し、話がしたいんだ」
「――!! ありがとうございます」

嬉しい申し出だったので僕は即答した。その時の僕は、後数日で発情期が来ることはすっかり忘れていた。忘れていたのだ……。

僕は羊国で、これまでに食べたことのないほどの美味しい料理を振舞われ、きたことのないほどの高級な衣類をあてがわれ、いたれりつくせりの日々を送り、毎夜ふかふかのベッドで眠った。そうして三日が経ち、五日が経ち、一週間が――……

「シャーフ陛下……あ、あの、僕そろそろ帰らないと……」
「何故だ?」

僕をギュッと抱きしめながら陛下が首をかしげた。
最近陛下は、逐一僕を抱きしめる。
なぜって……僕の発情期が始まってしまうからだ。発情期が始まっても他国にいていいのは、婚姻している場合に限る。そして僕とシャーフ陛下は夫婦じゃない。確かに猫獣人は男でも他種族でも子供を作れるけれども、そして子供なんかできなくてもこの大陸では同性婚が盛んだけれども(子供が生まれる数が多すぎるのだ)、僕は別にお嫁さんでもお婿さんでもないのだ。
だから、なんだかいうのが恥ずかしかったけれど、意を決して告げる。

「は、発情期が来るので」

実際もうきかかっている。ここ二日ほど、僕は次第に体に熱が溜まっていくのを実感していた。このままじゃ、せっかく友好関係を結べそうな羊国で、僕は発情した姿を見せてしまう。それだけは避けなければならない。

「構わない」
「――え?」
「俺は殿下に一目ぼれしてしまったんだ。話せば話すほど、性格も好きで、すべてが好きになっていく。どうかこの国にずっといてくれ」
「いえ、え?」
「俺の正妃になってほしいんだ。決して苦労はさせない」
「ま、待ってください……」
「猫獣人自治区の母君と姉君には、既に了承を得ている」
「え」
「あとは君の返事を待つだけだったんだ。ルクス――というよりも、悪いんだけどな、発情期を待たせてもらっていたんだ。どうしても帰らせたくなくてな」
「な」
「発情期に体を交わせばそれは婚姻と同義だ。少なくともこの羊国では」

僕はちょっと、何を言われているのか上手く分からなくて、頭部についた猫耳と、しっぽをふるわせてしまったのだった。