【十五】手(☆)





 完全に空気に飲まれたと理解し、ハッとしたのは、寝台にさらっと押し倒された時だった。既に俺の首は室内の空気に触れているし、ちょっと脱がされている。まずい!

「シュトルフ……あ、あのだな……ほ、ほら?」
「なんだ?」
「準備も何もしていないし」
「先ほど、体内をきれいにする魔法薬茶を飲んだだろう? あとは解すだけだ」

 綺麗ってそういう意味だったのか!? 俺はここに来てやっと理解した。ほ、解す? え?

「解すって……」
「俺以外には触られたくないんだろう? 任せておけ」
「――!!」

 シュトルフが僅かに意地悪く見える目をして、口角を持ち上げた。何ということだ。結婚後の初夜を想定してあの場は完全回避したつもりだったが、こ、こ、婚前交渉! 想定外だ。シュトルフはキスも上手いし、手が早いのか? 見た目は冷酷よりだしお堅い人間だと勝手に俺は思い込んでいた。まずいぞ、確かにキスの結果、若干勃ちそうではあるが、心の準備が出来ていない! 出来る日が来るのかも不明だ!

「シュトルフ、待ってくれ。だ、だから」
「ん?」
「その――……湯浴みとか。風呂、お風呂! そうだ、風呂に入ろう!」
「俺は気にしないが?」
「俺が気にするんだ!」
「クラウス。そう言って逃げるつもりか?」

 そのつもりだったが、見透かされた瞬間、俺は言葉に窮した。逃げるというのは、俺が嫌いな言葉の一つだ。つい負けず嫌いが顔を出す。

「そんなつもりはない! いいだろう、やってやろうじゃないか!」

 言い放った後、俺は迂闊すぎる自分の口を呪った。俺の馬鹿! しかし後悔しても遅い。何せその間にも、するするとシュトルフは俺の服をはだけにかかったからだ。されるがままに脱がされてしまった。

 しかし十八年間生きてきて、俺は自分が受身になる想像をした事は、一度も無かった。そもそも本当に、挿るのだろうか? 俺はそこそこ立派な陰茎を持っている自信がある。だがシュトルフはどうなのだろうか? シュトルフの肉茎などまじまじと見た事は――……お祖父様に連れられて出かけた湖で、水浴び中に、何回か観察しただけだ。

 当時、俺は五歳くらいだっただろうか。幼少時の一年は大きく、俺の記憶が定かならば、あの頃のシュトルフのモノは凶悪だった。俺はさぁっと青褪めた。もし順調に成長していたら、俺よりデカいかもしれない……。

 震えを押し殺している内に、下衣も脱がされた。俺は放心している場合ではなく、抵抗するべきだったが、もう遅い。俺の萎えきっているブツを、シュトルフが軽く右手で握った。

「っ」

 その時、生温かい感触がしたから何事かと思ったら、シュトルフが端正な唇をあけて、俺の陰茎をあっさりと口に含んでいた。親指で筋をなぞり、唇では雁首を擦り、時に舌先で先端を刺激される。次第にその動きが早くなっていく。

「シュトルフ、待っ――」

 口淫されている……! シュトルフが俺のを咥えている。これがまた絶望的な事に、ものっすごく気持ちが良い……。直ぐに俺は、完全に勃起した。ガチガチに反応してしまった。ここ数日、断罪について考えるのに忙しくて、抜いていなかったしな……。

「んン……っ、ふ……」

 しかしあんまりにも早く達する姿は見せたくない。早漏だと思われてしまう。俺は断じて平均的だ。多分。チラリと俺を見たシュトルフは、ねっとりと俺の陰茎を舐め上げながら、時折考え込むような目をした。余裕そうである。

「一度出すか?」
「ま、まだ平気だ!」
「――そうか」

 シュトルフは俺の強がりを信じたのか、顎で頷いた。本当はもう出したくて仕方がないのだが、早漏だと思われるのは嫌だ。シュトルフは憎たらしいほどに端正な顔に浮かべた冷静な表情を変えるでもなく、ベッドサイドにあった小瓶に手を伸ばしている。もう一方の手では、俺の陰茎を扱いている。ああ、もうちょっとでイきそうだ!

「ひっ」

 しかし俺はすぐにビクリとして、達する前にちょっと萎えた。小瓶からタラタラと冷たい香油を手に垂らしたシュトルフが、片手の指先で俺の菊門をつついたからである。驚愕して目をこれでもかと俺が見開いていたら、シュトルフが小さく吹き出した。

「平気なんだろう?」
「う……」

 シュトルフは器用に左手で俺の陰茎を撫でながら、右手で窄まりの襞をなぞる。時折中央をツンツンとつついては、ほんのちょっとだけ中に指を入れたりしてきた。最初は冷たいと思ったが、香油の温度はすぐに俺の体温と同化した。

「ん、ふッ」

 陰茎に与えられる刺激で再び果てそうだと思った時に、さらっと第一関節まで指を挿入された。そこで再び萎えると指の動きが一旦停止し、そうしてまた陰茎を擦られる。

 端的に言って拷問だ。
 イきかけると、指の異物感で我に返ってちょっと萎える。俺は思わず抗議を込めて、シュトルフを睨んだ。

「お、おい、どっちか片方にしてくれ」
「そうだな」
「あ、あああ!」

 するとシュトルフの手の動きが早くなった。もう達するギリギリの所まで、シュトルフの手により俺の陰茎は昂められた。あ、今度こそ出る。

「ひゃッ!! ん、ン!? あ、あああ!!」

 中に入っていた指先が、軽く折り曲げられたのは、その時の事だった。

「あああああ!」

 俺が射精すると思った瞬間に、内部でグリと無性に気持ち良い場所を見つけ出されて、指で刺激された。萎えるかと思ったが、もう止まらない。俺は声を上げて放った。それが前と中のどちらへの刺激が理由からの射精だったのか自分でも理解出来ない。

 俺は必死で息をした。達した感覚に体が熱くなっている。はっきり言って、これまでの人生で一番気持ち良かったかもしれない。シュトルフに見つけ出された中の箇所が、ジンジンしているような気がする。

 シュトルフは一度指を引き抜き、香油を増やすと、今度は二本の指を躊躇するでもなく俺の後孔へと挿入した。先ほどまでの探るようなゆっくりとした挿入ではなく、真っ直ぐに容赦なく指を進められる。

「あ、あ……」

 そしてシュトルフは、俺に先ほど覚えさせた感じる場所を、二本の指で責め立て始めた。香油のおかげで痛みは無い。水音が響いてきて、それが恥ずかしい。既に異物という感覚ではなくなり、俺はシュトルフの指の動きに完全に翻弄されていた。

「あ……ぁ……ァァァ」

 閨の講義で習った。多分、前立腺だろう。
 暫しの間そこばかり刺激されていたのだが、俺がそれにちょっと慣れてきた頃になって、シュトルフが指をより深く進めた。二本の指が、根元まで入り切る。その状態で、振動させるようにシュトルフが指を小刻みに動かした。

 体が開かれていく感覚は、思ったよりも怖くはない。だが、ちょっと焦るくらいに気持ちが良い。無意識にそう考えた時、俺は自分の陰茎が再び硬度を取り戻し始めた事に気がついた。嘘だろう? 後ろを弄られて、俺、勃ってる? 真面目に?

「指をもう一本増やすぞ」
「待ってくれ、ただでさえ今、既にもう満杯だ! もう挿らない!」
「――悪いが、三本で慣らしてもギリギリだと俺は思っている」
「!」

 シュトルフの言葉に、俺は言葉を失った。