【三十九】若年層の夜会






 ――そのようにして日々を過ごし、夜会当日が訪れた。王宮の自室で着替えを終えた俺は、静かに吐息をする。若年層貴族への報告のための夜会は、旧宮殿の三階大広間で行われる事になっている。現在は、午後四時半、シュトルフがそろそろ俺を迎えに来る予定だ。

 ダイクも参加する。パートナーはクリスティーナだそうで、今朝の食事の席で嬉しそうに語っていた。ダイクとクリスティーナの仲も順調な様子だ。

 コンコンとノックの音がしたのは、その時の事だった。

「どうぞ」
「――失礼する」

 入ってきたのは、俺が待っていたシュトルフである。

「準備は出来たか?」
「ああ」
「少し早いが行く事とするか」

 シュトルフに促され、俺は頷いた。
 その後、近衛騎士のジークに先導され、俺とシュトルフは旧宮殿へと向かった。シュトルフの今日の装いも格好良い。いちいち洗練されているなと思ってしまう。 

 旧宮殿に到着すると、シュトルフが俺の腕に触れた。

「俺は幸せ者だな」
「シュトルフ、なんだいきなり」
「――いいや。ふと感じてな」

 そうして俺達は会場入りを果たした。既に招待客達の姿がある。全員では無いが、早めに来た者達も多かった様子だ。見渡せば、ライノやエルネスの姿もある。

「やぁ推し!」

 中に入るとすぐに、声をかけられた。見ればそこには、ヴォルフ殿下が立っていた。招待状を出したので知ってはいたのだが、現在ヴォルフはこちらの国に留学してきている。

「久しぶりだな、ヴォルフ殿下」
「推しは旅に出ていたと聞いた。挨拶したかったんだが、仕方がなかった……それにしてもシュトルフが羨ましい!」

 ヴォルフは、じーっとシュトルフを見据えた。するとシュトルフが卒がなく微笑した。

「ご無沙汰致しております、ヴォルフ殿下」
「俺にだってクラウスを幸せにする準備はあるのだからな! 幸せにしないと許さないぞ!」

 以前とまったく変化が無いヴォルフの言動に、俺は咽せそうになった。

「俺に出来る限り、クラウス殿下の事は幸せにします」
「ほう」
「そして今では、俺で無ければクラウス殿下を幸せには出来ないと自負しております」
「!」

 言い切ったシュトルフを見て、ヴォルフが唖然としたように目を見開いた。
 俺は両頬を持ち上げる。

「俺はシュトルフの隣にいるだけで幸せだ。そしてそれが出来るのはシュトルフだけだ。ずっと隣にいてもらわないとならない」
「推しの惚気だと……!? き、貴重!」

 ヴォルフは俺を見ると目を丸くした後――大きく頷いた。

「そうか。そういう事ならば、幸せそうで何よりだ」
「それでは、他の者に挨拶があるので、また。断言して俺は幸せだ。有難う、ヴォルフ」

 微笑して俺が述べると、ヴォルフが何度か首を縦に振った。
 シュトルフがそんな俺の背中に触れる。

「失礼する、ヴォルフ殿下」
「ああ。俺の推しをきちんとエスコートしているか観察しておく!」

 ヴォルフの声に小さく吹き出してから、俺はシュトルフと共に歩き始めた。
 次に向かった先は、俺達を眺めていたダイクとクリスティーナの所だ。

「兄上」
「ごきげんよう、クラウス殿下。シュトルフ兄上」

 二人がそれぞれ、俺達に頭を下げてくれた。
 俺とシュトルフも礼と言葉を返す。

「今日は二人も楽しんでくれ」

 婚約破棄した俺が言うのも何だが……。
 クリスティーナは顔を上げると、優しくはにかんだ。以前にはあまり見た事の無い表情だ。

「有難うございます」
「兄上とシュトルフ卿も挨拶回りで大変だろうけどな、素敵な夜会を感謝しているし、楽しんでくれ」

 二人に対して、俺とシュトルフはそれぞれ頷いた。