【四十一】迎賓城(★)






 その後も挨拶回りを続け、本日は若年層が主体なので二十二時半頃の閉幕までの間、俺とシュトルフは並んで歩いた。聞きたい事が色々出来たのだが、そんな余裕は無かった。

 領地への旅行でも思ったが、シュトルフは意外と人望がある。俺よりも友人の数は多いだろう。何度グラスをチェンジしたかは忘れてしまった。

「そろそろ出るか」

 夜会が終わり、参加者達が退出を始めた頃、俺はシュトルフを見て尋ねた。
 今宵は馬車が沢山集まるため、参加者の内三分の一程度には、迎賓城を開放する事になっていた。旧宮殿の更に前に建造された歴史ある建物なのだが、こうした夜会時や国賓がきた時などに滞在してもらう宿泊施設となっている。本日シュトルフは、こちらに宿泊予定だ。

「そうだな」
「送る。行こう、シュトルフ」

 俺が述べると、シュトルフが小さく笑った。俺はこの表情が好きだ。正直もっと話していたいという想いもあり、俺は頷いたシュトルフを見て嬉しくなる。

 こうして会場から出た俺達は、一度夜の庭に出て、外気に触れた。後方には近衛騎士達がいるとはいえ、挨拶回りからは解放されたので、少し気が楽だ。敷地内を歩きながら、俺は何度か空に輝く星を見た。天気の話の代わりに、星の話をしようかと思案した結果だ。

「っ」

 シュトルフがその時、不意に俺の手を握った。ドキリとして俺は唾液を嚥下する。握られた指先に力を込め返してから視線を向けると、柔和な微笑が向けられていた。無言でも不思議と気まずさを感じさせなかったから、そのまま俺達は特に何を話すでもなく迎賓城まで歩いた。

 階段をのぼり、シュトルフにあてがわれている部屋の前へと到着した所で、俺は漸く声帯に仕事をさせた。

「今日は楽しかった」
「俺も、クラウスを紹介できて良かった」
「では、また明日」
「帰るのか?」
「ん?」
「もう少し俺はクラウスと話がしたい」
「……俺も同じ気持ちだ」

 実際は無言の道中だったが、俺もまたシュトルフと話したくて送ってきたわけだ。そう考えていると、鍵を開けたシュトルフが小さく頷いた。

「ならば、帰らないで欲しい」
「そうか」

 気恥ずかしくなりながらも、俺は頷いた。その後、近衛騎士に、こちらにいる旨を伝えてから、俺はシュトルフに促されて室内に入った。青い花が飾られている。

 横長のソファに、俺達は並んで座った。シュトルフはテーブル上のロックグラスを二つひっくり返すと、中に用意されていた氷を入れた。溶けない魔術がかけられている器に入っていた丸い氷が、高い音を立てる。そこに瓶から、シュトルフが檸檬味の水を注いだ。

「どうぞ」
「悪いな、シュトルフ」
「いいや」

 グラスを受け取った俺は、よく冷えている檸檬水を飲んだ。自覚は無かったが思いのほか喉が乾いていたようで、一気に飲み干してしまった。ほっと一息つき、グラスを置こうとした所で、シュトルフがじっと俺を見ている事に気が付いた。

「どうかしたか?」
「――夜会で隣にいるのも悪くはないが、二人きりになれる今が幸せだと感じてな」

 ポツリとシュトルフが言ったから、俺は不意打ちされた気分になって、露骨に赤面しかかった。俺も同じ気持ちだ。シュトルフの交友関係などを知る事が出来たのは嬉しいが、こうして二人っきりの現在が愛おしい。

「クラウス。すぐにでもお前が欲しい」

 シュトルフがそっと手を伸ばして、俺の頬に触れた。グラスをきちんと置いてから、俺は一度視線を下げ、小さく頷く。するとシュトルフがそのまま俺を押し倒した。ソファの上で、俺はシュトルフを見上げる形となる。欲しいのは俺だって同じだ。だから自分から両腕を、シュトルフの首に回してみた。

「ン」

 薄い唇が降ってきて、柔らかな感触がした。俺がうっすらと唇を開くと、すぐにシュトルフの舌が忍び込んでくる。目を伏せた俺は、キスの感覚に浸った。何度も何度も俺達は、角度を変え唇を重ねる。

「ぁ……」

 シュトルフが端正な指先で、俺の右耳の後ろをなぞった。ゾクリとして体が跳ねる。真正面にあるシュトルフの顔を見れば、その瞳はどこか獰猛に見えた。

「泊まっていくだろう?」
「……ああ」

 近衛騎士には、さりげなくそう伝え済みだった。シュトルフを求めていたのは、本当に俺もまた同じだ。俺が頷くと、シュトルフもまた小さく頷いてから、ポツリポツリと俺の服を開け始めた。脱がされるその間も、何度も何度もキスが降ってきた。

「ンん」

 シャツの上から胸の突起を摘ままれて、俺の体がピクンと揺れる。すると気を良くしたようにシュトルフが、何度も左の乳頭をシャツ越しに責めてきた。右手では手際よくどんどん俺の服を脱がせていく。気づいた頃には、シャツ一枚を纏っているだけで、他の衣服は床に落ちていた。

「ぁァ……」

 俺の陰茎の先端を、シュトルフが咥える。そして唇に力を込めて口淫を始めた。手で扱かれながら、熱い口を動かされる度、声が漏れてしまいそうになって、俺は思わず目を閉じた。それから右手で口を覆い、快楽に耐える。

 次第に体が熱くなっていき、俺の息は上がり始めた。

「あ、ぁ……シュトルフ……ッ、出る……――んン!!」

 そのまま一気に昂められて、俺は放った。肩で息をしながら目を開ければ、飲み込んだらしくシュトルフの喉が上下していた。思わずそれを見て朱くなっていた俺の前で、シュトルフがポケットから香油の入る小瓶を取り出した。俺が魔法薬茶等を欠かさないようにと心がけるようになったのもあるが、シュトルフも大概配慮を欠かないと思う。

「っ、く」

 冷たくぬめる感触がして、俺の中へとシュトルフの指先が入ってきた。すぐに俺の内側と香油の温度が同化する。シュトルフはすぐに指を二本に増やした。水音が響く室内で、どんどん俺の内壁が解されていく。

「ぁ、ぁァ」
「ここが好きだものな?」
「っ……」

 感じる場所を強めに刺激されて、俺は言葉に詰まった。既に俺の体は、シュトルフに開かれっぱなしで、今ではシュトルフの方が俺の事に詳しいのではないかとすら感じる。巧みに俺の欲する刺激を与えてくれるシュトルフは、そうしつつじっくりと俺の中を解した。

「シュトルフ、もう……ッ、良い。早く……あア!!」

 堪えきれなくなって俺が懇願しようとした丁度その時、見計らっていたかのようにシュトルフが陰茎を挿入してきた。ぐっと奥深く根元まで突き立てられて、思わず俺はシュトルフにしがみつく。

「あ、あ、あ」

 激しい抽挿が始まり、俺は嬌声を上げた。思わず太ももをシュトルフの体に絡める。シュトルフはそんな俺の腰を両手で掴むと、荒々しく打ち付ける。いつもよりも強引に求められているような心地になった。快楽由来の涙で滲む目でシュトルフを見れば、やはり今日はいつも以上に獰猛に見える。

「あ、ぁア……んン、っッ……ぁ、ああ!」

 シュトルフが最奥を貫いた状態で、片腕を俺の背に回した。そして抱き起すと、首筋に噛みつくようにキスをしてきた。ツキンと疼いたから、キスマークをつけられたのだと直観的に理解した。それが無性に幸せに思えた。

「イ、イく……っ、ぁ……あああ! ァあ!!」

 それからすぐ、再び激しくシュトルフが打ち付け始めた。

「俺も出す」
「ん――!!」

 俺は内側で、シュトルフが放ったのを感じた。ほぼ同時に感じる場所を貫かれて、俺もその衝撃で再び放った。

 ――事後。
 俺はぐったりとソファに沈んだ。ゆっくりと俺の中から陰茎を引き抜いたシュトルフは、テーブルの上のロックグラスを見る。つられて見れば、氷がだいぶ融けていた。

「飲むか?」
「ん……っ、はぁ……ああ。貰う」

 呼吸を落ち着けながら俺が頷くと、シュトルフの瞳が優しいものに戻った。
 その後俺はグラスを受け取り、檸檬味の水を飲んだ。

 それから浴室を借りる事にした。頭から魔道具のシャワーの温水をかぶりながら、正面の鏡を見る。首筋にはやはりキスマークが散っていた。この部屋に、俺の新しい服は無い。シャツはいくつか用意されているから問題はないが……昨夜の服を着なおした場合、この情事の痕はどう考えても見えてしまう。気恥ずかしくなって、俺は片手で唇を覆った。

「見える所にはつけるなって、きちんと言わないとな」

 ブツブツと呟いてから、俺は体を綺麗に洗って、外へと出た。
 するとシュトルフがバスローブとガウンを用意してくれていた。

「平気か?」
「ああ」
「ではもう一回」
「え」
「嫌か?」
「……嫌じゃないけどな……」

 思わず俺は赤面してしまった。そんな俺をバスタオルでくるむように抱きしめてから、シュトルフが俺の耳元で囁いた。

「全然足りない」

 こうして長い夜が再び始まった。


 ――翌朝、俺とシュトルフは揃って早めに朝食をとった。
 迎賓城に宿泊した参加者の見送りの予定が入っていたからだ。結局朝方まで交わっていたから眠気が残ったままだが、本日は他に予定も無い。

 シュトルフと並んで俺は城の正門に立った。着替えは侍従に届けてもらったから、俺がシュトルフの部屋に泊まった事を知る人間は少ないはずなのだが、挨拶して帰っていく客達は、何故なのか俺達を生温かい目で見ていた。

 その理由に気づいたのは、ライノとエルネスが姿を現した時だった。

「クラウス殿下、シュトルフ卿。昨晩はお招き頂き有難うございました。ええと……寝ていないだろうし、挨拶はこの辺で」

 ライノに率直に指摘された時、俺は咽そうになった。

「俺の目の下にはクマでも出来ているのか?」
「いいや? 殿下の首にもっと露骨な痕跡があるから、ほら……」

 それを聞いて、俺はキスマークについて思い出した。すっかり忘れていた為、ハッとして手で首の筋を覆うようにする。唇を震わせて言葉を探していると、エルネスがライノの足を踏んだ。

「教えてあげるのは善意でも、言い方がどうかと思うよ」
「じゃあエルネスだったら何て伝えたんだ?」
「『虫刺されですか?』で押し通すよ」
「その大人の対応を事前に俺にも教えてくれよ……」

 ライノとエルネスのやりとりに、シュトルフが口元を押さえた。目が笑っている。するとライノがシュトルフを見た。

「シュトルフ卿なら、なんて指摘しますか?」
「俺ですか? そうだな、俺なら――……まぁ俺以外がつけたキスマークなんて見つけた日には容赦しませんので」

 シュトルフは笑っていたが、俺は恥ずかしいやら泣きたいやら複雑な心境になってしまった。気づいていたんなら、シュトルフこそ俺に言うべきだったと感じたが、わざわざここにキスマークをつけた張本人に抗議しても仕方がないか。ただ注意は絶対しておこうと、俺は内心で誓った。

 その後、馬車へと向かう二人を見送ってから、俺は軽くシュトルフを睨んだ。

「今後は場所に気を付けてくれ!」
「そうだな。確かにクラウスの色気に当てられている者が多かったから、俺は後悔した」
「色気?」
「ちっぽけな独占欲を満たすためにすべきではなかったと反省する程度には、皆見惚れていたぞ、クラウス殿下」
「……」

 何を言って良いのか分からなくなってしまった。
 宙を見上げたシュトルフは、それから腕を組む。

「難しいな。隣に並んで立って、クラウスと二人で生きるのは俺だと叫んで回りたい気持ちと、クラウスの色っぽい姿を誰にも見せたくない内心とが、葛藤しているんだ」
「色っぽいというのは、それが事実なら、シュトルフだけが知っていてくれたら良いだろう? だから、つけてはダメだからな」
「善処する」

 俺達はそんなやりとりをしてから、後続の人々への挨拶を再開した。

 全ての宿泊客が帰ったのは昼前の事で、最後にシュトルフ自身がツァイアー公爵家の馬車に乗った。俺は扉の前で見守る。

「では、また」
「ああ。気をつけて帰れよ」

 短くやり取りをし、手を振って俺達はわかれた。