【四十六】特典SSだと?





 俺はカップを静かに置きながら、何度か瞬きをした。その前で、ヴォルフが続ける。

「あの一巻増刷特別企画の特典SSだと、婚約破棄はされず、婚約披露の夜会が開かれたんだ。その風景は、先日のクラウスとシュトルフが催した若年層の夜会とほぼ同じだった。この意味が分かるか?」
「悪い、分からない」
「鈍い推しもmyジャスティス! 俺の予想だと、こうなる。クリスティーナのポジションに、今、シュトルフが立っているんだ。どうだ、名推理だとは思わないか!?」

 拳を握ったヴォルフ殿下が、それから興奮するように続けた。

「クリスティーナが主人公の場合は、ざまぁ要員は紛れもなくシュトルフだ。だが、俺の推測が正しければ、現在の主人公はシュトルフだ。即ち、シュトルフは断罪する側になったんだ!」
「!?」
「シュトルフには、推しを断罪する事が可能! 俺が守らずしてどうする!? 安心してくれ、推し! クラウス! お前の事は俺が守る!」

 一人で大興奮しているヴォルフを見て、俺は大きく首を傾げた。

「ええと……そのバージョンだと、婚約破棄しないのに断罪されるのか?」
「ああ」
「どうして?」

 意味もなく断罪されるなんて事が起こりえるのだろうか……? 混乱しつつではあったが、これはよく聞いておかなければならないはずだ。

「特典SSでは推しが浮気をして、クリスティーナがそれを嘆き、話を知ったシュトルフがクラウスに報復するんだ!」
「ほ、報復……? 一体どんな?」
「詳細は語られなかったが……」
「待ってくれ、そこは肝心なところだろう!? 一体何が待ち受けていたんだ!」
「俺だって読みたかったさ!! 記されていたのはシュトルフの台詞として『愛の重さを知れ』というキャッチコピーだけだったんだ! 恐らくは、クリスティーナへの愛の裏切りを指しているのだろうと囁かれていた!」

 ……熱心なファンのヴォルフでさえ知らないのだから、本当に語られなかったのだろう。それを責める事は出来ない。だが、俺は少し安心もしていた。俺は、絶対に浮気なんかしない。何故ならば、シュトルフが大好きだからだ!

「――話は分かった。教えてくれて有難う。友情に感謝する、ヴォルフ殿下」
「すぐにでも俺の所に逃げてくるんだ!」
「それは必要ない。俺は浮気なんかしないからな」
「確かに俺も、推しは誠実そうだとは思うが……困ったらいつでも頼ってくれ」

 その言葉自体は心強かったので、俺は頷いておいた。
 それから何気なく、窓の外を見た。庭には、二人で並んで花を見ているシュトルフとダニエルの姿が見える。シュトルフは笑うでもなくかといって怒っている風でもなく、あれこれと庭について説明している様子だ。俺とシュトルフの間で天気の話題が多いように、庭に出ればその説明は最適な世間話になるというのは分かる。

「ヴォルフ殿下、俺達も庭に出ないか?」
「ん? 庭? ……ああ。あの二人を、二人にしておきたくないのか」
「な!」
「分かるぞ、推しよ。俺がもっと推しと二人でいたいように、クラウスもまたシュトルフと二人が良いんだろう? 俺は断罪回避こそ手伝えど、別段シュトルフとの仲を邪魔したいわけではないから、そこだけは安心して良い」

 まさかヴォルフに気づかれるとは思わなくて、俺は逆にその言葉で嫉妬していた事を自覚させられたほどだった。気恥ずかしくなってしまう。

「俺の幸せは、推しが幸せになる事だ。それだけは覚えておいてくれ」
「本当に感謝する」

 そんなやりとりをしていると、ノックの音が響いた。
 この場合、俺が返事をするべきなので、そちらを見る。なお、使用人達も皆、シュトルフとダニエルと共に退出していたので、降嫁予定の俺が答えるのが自然な状況だ。

「はい」
『お話し中失礼いたします、クラウス殿下、ヴォルフ殿下。ツァイアー公爵家の家令でございます。昼食のお知らせに参りました』
「ああ、分かった」
『ダイニングまでお連れ致します』
「宜しく頼む」

 俺が同意すると、家令が扉を開けた。
 そちらを確認してから、俺はヴォルフを見た。

「ツァイアー公爵家の料理は、とても美味しいんだ」
「そうか。ご馳走になる事にしよう!」

 こうして俺達は揃って立ち上がった。そして家令に案内される道中で、執事が先導していたシュトルフ達と合流を果たした。