【四】神子の仕事







「――まぁ、そんなわけで、今後は神子としての仕事を全うしてもらう事になるんだよね」

 咳払いをしてから、ヨル様が両頬を持ち上げた。
 表情は豊かだが、僕はこの少年の外見をした自称祖父が少し怖くなってしまった。
 相変わらず無表情の上、全然口を開かないバルトもまた冷たく感じるが、まだマシに思える。

「神子って何をするんですか?」
「火の叡智紋を持つ神子は、神である不死鳥に代わって、イグニスロギアの国王に火のエレメントを供給する事になる」
「どうやって供給すれば良いんですか?」
「一言で伝えるとするならば、国王の伴侶となって、その営みの中でとなる」
「?」

 全然伝わってこない。伴侶の営みとは、一体なんだろうか。

「ただ、現在、王位は空席だから、逆に言えば、今後カナタくんが結婚した相手が、このイグニスロギアの国王となる。神子との神聖な婚姻をした者は、より火属性の星魔力が強くなる。闇庭から迫りくる染者を排除する為にも、これは必要な事なんだ」
「つまり僕は誰かと結婚したら良いと?」
「うん。誰かというか、基本的に、候補者は三名しかいないけどね」
「はぁ?」
「星庭の世界の火の国、イグニスロギア王国には、三民族が暮らしているんだ。そのそれぞれの長の内一名が、国王となるのが決まりなんだよ」
「なるほど……?」

 恋愛結婚ではないらしい。彼女もいないし、初恋すらまだの僕だ。別にこだわりはないが、ちょっと寂しさは感じる。

「イグニスロギアの三民族は、ベリエの民、リオンの民、サジテールの民。こちらのバルト様は、その中のサジテールの民の長だ」

 そういえば、最初に会った時も、『長』だと話していた。しかし改めて思い出して、僕は率直に首を捻った。

「ん? 僕は各民族の、長の一人と結婚するのが仕事なんですよね?」
「そうだよ」
「それで、バルトは長?」
「うんうん」
「男ですよね? あの、僕も男なんですけど?」

 ひきつった顔で僕が笑うと、ヨル様が大きく首を傾げた。

「箱庭の世界とは理が違うという事は伝えたよね?」
「え? ええ」
「あちらでは、動物と同じように雌雄があって、女性という存在が子を産むんでしょう?」
「はい」

 僕の受けた性教育が間違っていない限り、そのはずだ。

「でもこちらの世界では、子は、星の力で生まれてくる」
「は?」
「よって、箱庭の世界でいう所の、『男』――即ち、僕達と同じ身体構造の者しか存在していないよ。この星庭の世界には、どこにも女性は存在しない。無論、イグニスロギアでもそれは同じだ」
「な」

 呆気に取られて、僕は目を見開いた。

「じゃ、じゃあそれって、僕は男の人と結婚するって事? 真面目に?」
「そうなるね」
「例えば、そこに立っているバルトとかと?」
「うん」

 ヨル様は大きく二度頷いた。僕はそれを見て取ってから、思わずバルトを凝視した。確かにちょっと目を惹くイケメンではあるが、僕にとっては想定外だった。

 目が合うと、バルトは腕を組み、静かに吐息した。

「別に無理に俺と結婚しろという話ではない」

 それを聞き、狼狽えながら僕は頷く。ちょっと心の準備が上手く出来ない。
 同性愛に偏見があるわけではないが、そもそも恋愛経験がゼロの僕にとっては、何もかもがとても高いハードルに思えてきた……。

 その時、扉をノックする音が響いた。

「誰?」
『リジェクです。王宮から、ヨル様へと火急の知らせが』
「そう、すぐに行く」

 僕に対してとは異なり、静かに答えたヨル様は、その後小さく一人頷いてからバルトを見上げた。

「少し出てくるから、カナタくんの事をお願いします」
「……ああ」

 不愛想ながらも、バルトが頷いたのを確認すると、ヨル様が改めて僕を見た。

「じゃあ、また後で。他に分からない事があったら、バルト様に聞くと良いよ」
「分かりました」

 首を縦に振った僕を見ると、微笑を零してから、ヨル様が部屋から出ていった。
 扉の開閉音を聞いてから、僕は腕を組んだ。会社帰りのスーツ姿のままだ。コートは着ていない。分からない事は、聞いて良いんだったな。

「あの、僕が上に着ていたコートは何処に?」
「侍従が洗濯している」
「有難うございます」

 養父母から貰った品なので、捨てられていなくて安堵した。

「意識を落としていた為、取り急ぎヨル様がこちらに寝かせたと聞いている」
「そうだったんですね」
「この部屋は、儀式を行ったサジテール領のペリドット宮の客室だ。一般的な貴族服なら用意させる事が出来る」
「確かに着替えたいかも……僕、どのくらい寝ていたんですか?」
「俺が戻ってきたのは二時間ほど前だ。その四時間は前、夜の零時を回った頃に、儀式が成功し、そしてすぐに保護をしてこちらへと帰還したはずだ」
「この世界にも時間概念はあって、それは僕が知ってる昼夜十二時間ずつ合計二十四時間で合ってますか?」

 左腕の時計を見ながら、僕はそれとなく尋ねた。腕時計が正しく機能したままだとすれば、今は朝の六時半だ。普段であれば、とっくに始発に乗っている時刻である。

「箱庭世界の時間は、元々がこちらの大陸時間をモデルに創り出されたと聞いている。不死鳥神話の一節に出てくる」
「地軸とかあります?」
「それは、『科学』と呼ばれる知識か?」
「はい」
「無いはずだ。ここは惑星ではない。仮にそうであったならば、このサジテールの地にも、春や夏、見た事は無いが秋が訪れたはずだが、年中この領地は雪に覆われている」
「え? 惑星じゃない? とすると? ここは? 何の上に存在しているんですか?」
「火の国イグニスロギアの他、地・風・水の各国は、いずれも星庭の上に浮かぶ陸地に存在する」
「この部屋窓が無いので確認出来ないんですが、朝とか夜とかはありますか?」
「それは存在する。太陽と月、そして星が星庭の陸地の周囲を廻るからだ」
「つまり天動説?」
「天空や星の知識は、ソラノの一族の得意分野だ。俺には分からない。ヨル様に聞くと良い」

 淡々とではあったが、バルトは答えてくれた。一応僕の腕時計は、太陽光で充電されるので、この世界でも問題無く機能しそうで安心した。