【十(SIDE:魔王】賢王とはチョロイ生き物であるのか。






「……」

 リュートを送り届けた後、魔王であるアルトバルンは、自室に戻り、何気なく窓の前に立った。そして右の掌を見る。この手で支えたリュートの華奢な腰、その瞬間に癒えた全身の傷。戦地において、神子の力が有用なのは紛れもない事実だ。

「……初々しかったな」

 ポツリと呟いた魔王は、それから目を伏せ、小さく首を傾げた。
 ――もやし。
 それは、この大陸で特に貧民が食す野菜である。白く細い品だ。ただ、よく見ればなめらかであるし、シャキリとした食感は瑞々しい。

 触れた神子の肌を思い出す。なめらかで、噛み付きたい衝動にかられた。まさに、もやしのようだ。細身の体躯も、艶やかな色彩も。

 ……一般的に、いいやメタ的に言って、好感度は通常、1や5といった低数値しか上がらない。だが、考えてみて欲しい。魔王であるアルトの好感度は、リュートが来た事、ただそれだけで、一気にマイナス2802からマイナス2665と、百以上の単位で変動しているのである。心を覗かれ、マイナス3000に到達しはしたが――非常に、魔王はチョロイといっても過言ではないだろう。もし好感度が0だったならば、とっくに100に到達しているのだから。

 魔王、こと、人間の国の戸籍であれば、アルトバルン=リンダッツェ公爵の好感度は、実を言えば、上げやすい(なお、下げやすくもある)。

 しかしながら、リュートの知らない実情として、実を言えば、当初から、魔王の好感度は『0』だったのだ。アルトは、『ただ、神子であるから』という理由では、見知らぬ相手を嫌いになる事はない。一人一人を直接見るタイプだ。

 ――その上で、何故、好感度が青いハートだったのか。
 この理由であるが、それは前回の神子が理由である。前回の神子を追い払う方策として、人間の国の神殿の古文書より出てきたのが、『好感度を兎に角3000近くまで下げれば神子が怯える』という内容だったのだ。

 前回神子がきた時に、一番嫌悪を抱いた時の自分の気持ちを、アルトは記録する事を忘れなかった。その数値こそが、『2802』だったのである。人心を神子は見透かすというから、初めからフェイクとして、魔王はその数値を自分の心の表面として表示させておいた。それを覗かれた時、もっと下げる事は可能かと『3000』まで試し――そして、アルトはハート自体を消失させた。

「……」

 つまり、実際の好感度を、魔王アルトバルンは、一度もリュートに見せた事はないのである。

 アルトは、公平な人物だ。だから、よく知らない相手を一方的に嫌いになったりはしない。だが、そういった相手には、キスだって、いくら神子とはいえど、通常はしない。

「……」

 必死で自分の肩に手を置き、背伸びをしていた神子。
 あんまりにも――愛らしすぎた。
 胸を掴まれるなという方が無理で、気づけば抱きしめていた。獣姦の趣味はないが、気分で言うならば、小動物をだっこした気分だった。

 そうして唇を貪った結果、終始ピクピクと肩をはねさせていたリュートが――はっきりいって、愛おしい。だが、正直今は、そんな感情に浸っている場合ではない戦況だ。

 なお――実際の好感度であるが。

「……可愛かったな」

 ポツリとアルトが呟く。
 彼の心の中のピンク色のハートは、60を指していた。唇を貪りながら、あんまりにも愛らしくて、胸がズキュンとなってしまったのである。これは、エデルよりも高い数値だ。

「だが、どうせリュートも、俺以外にも供給するのだろうな。あくまでもあれは、神子の義務であり、責務だ。そしてリュートが優しいがために、今回は尽力してくれただけなのだろうな」

 客観的にそうだろうと思う言葉を続けながら、アルトは俯いた。
 ――自分だけのものにしてしまいたいが、神子とはそれが可能な存在ではない。

「普段、何をして過ごしているのか……この城に滞在中は、あまり不便がないといいのだが」

 ブツブツと呟いた後、魔王は自室へと戻った。