【十一】役に立ちたい。







 朝起きて、俺はギュッと毛布を手でつかんだ。顔が熱い。俺にとってファーストキスの衝撃は絶大だった。

 思い出して俺が一人で赤面していると、部屋にノックの音が響いてきた。

「はい!」

 声をかけると、『失礼します』と、エデルの声がした。すぐに扉が開く。エデルはどこか憔悴したような顔をしていた。

「どうかしたのか?」
「今、この城に戻ってきた所で、少し疲れているだけです。昨夜は大人しくしてい――……ええと、お一人で大丈夫でしたか?」
「子供じゃないんだから、一人でも平気だぞ? それより、少し休んだ方がいいんじゃないのか?」

 エデルも戦場に行っていたというのは、少し意外だった。

「いえ、この後、また戦場に戻ります。治癒魔術の使い手が不足しているので、暫く僕はあちらにつきっきりになりそうです。アロイス団長も現地部隊の指揮をする事になったので、リュート様……お一人で、その……」
「分かってる」

 俺はエデルの言いたい事を予測した。

「リュート様……!」
「俺は塗り絵をする速度を上げたら良いんだろう?」

 大切なお守りだと言っていたしな。

「……ま、まぁ、結果としては、ぬりえですが。そうですね、大人し……ええと、つまりですから、こちらのお部屋で、その作業に取り掛かっていて頂けますと幸いです」

 エデルの好感度が、何故なのか2下がった。
 もしかして……――あ。

「それとも俺も戦場に行って回復した方が良いか?」
「――アルトバルン卿から聞いたんですが、リュート様は、力の渡し方が分からないそうですね」
「う……」

 キスをしたら力を渡せたのだから、多分抱きつけば回復も出来るだろうが……戦場で怪我人一人一人に抱きついて回るという自分の姿は、あまりイメージできない。

「なぁ、エデル? 大神官には、何か伝わってないのか?」
「何かですか……」
「ぬりえはお守りになるんだろ?」

 俺が聞くと、エデルが何故なのかひきつった顔で笑った。

「お守りになる可能性がゼロではない紙ですから、ええ、お守りになるかもしれませんね」
「じゃあ回復のお守りとか、怪我よけのお守りとか、こう絵柄で効果が変化するとか、そういう話はないのか?」
「……その、ざ、残念ながら、僕は知りません」
「そっかぁ……」

 思わずしょんぼりしていると、エデルが気まずそうに瞳を揺らした。口元だけに笑みが浮かんでいる。

「と、とりあえず! 僕達で出来る事は、神子様の力を頼らずとも努力します。ですので、リュート様は、くれぐれも大人し……ええと、大切なお役目であるお守り作りを、こちらで行っていて下さい」
「分かった! 本当に、それしか出来る事がなくてごめんな」
「……いえ。神子様の重要なお役目は、祭儀ですので」
「祭儀?」
「それに関しては、時期が近づいたらお話します」

 今は忙しそうなので、俺は頷くにとどめた。

「朝食は後ほど、この城の侍従が運んでくれるそうです。数日の間は、僕はお世話できませんが、城の魔族達は、アルトバルン卿のもと、統制が取れているのでご不安に思う必要はありません。今は共通の脅威を倒すための味方ですので」

 そう言うと、エデルは最後にまた俺を見て、微笑した。考えてみると、エデルがいない日というのは確かになかったから、不安がないとは言えない。魔族の事も俺はよく知らないしな……。人間との違いは、頭に角がある事くらいだ。

 その後、俺は部屋で、着替えをした。丁度それが終わった頃運ばれてきた料理は、人間のものと全く変わらなかった。俺用なのだろうか?

 食後、俺はカバンから色鉛筆とぬりえを取り出した。

「これを経由して力を渡せたら、アルトの役に立つよな……でも、どうやって力を込めたりするんだろうな? ぬりえだし、色を塗れば良いんだろうけどな……なんかこう、色の違いとかないのか?」

 ブツブツ呟きながら、俺はこの日もぬりえを始めた。昼食と夕食の時、一時休憩をし、寝るまでぬりえに勤しんだ。なるべく沢山ぬりえをしたいが、俺は非常にゆったりペースでしか塗る事が出来ない……。

「もっと効率の良い方法……」

 考えても考えても思いつかないので、この日はお風呂に入って寝ようと決めた。明日また頑張ろう。そう考えて寝台に入ろうとした時だった。

「ん?」

 扉の下の隙間から、封筒が差し込まれた。なんだろうかと歩み寄って手に取ると、蝋燭で封がされていて、『アルトバルン』という名前が書いてあった。

「アルトからの手紙? もしかして、今外にいたのか?」

 用があるならば直接と考えて、俺は部屋の扉を開けた。すると廊下を歩いていくアルトが見えた。アルトも扉の音に気づいたようで、立ち止まり振り返った。

「まだ起きていたのか?」
「うん。お守り作りをしてたんだ」
「お守り?」
「神子の仕事」
「俺は過去、仕事をしている神子を見た記憶はないが」

 アルトは首を捻りながら引き返してきて、俺の前に立った。

「この手紙は?」
「ああ……寝ているだろうと思ったから、手紙にしたのだが、昨日力を分け与えてもらったおかげで、今日の討伐は非常に大きな成果を上げたから、その報告だ」
「え! 本当か!?」

 俺、役に立ったのか! 思わず嬉しくなって、俺は両頬を持ち上げた。

「神力は使い果たしてしまったが、残りの討伐は、平時の俺の力量であっても問題なくこなせると考えている」
「使い果たした……? あ」

 そこで俺は、ゲームの仕様を思い出した。俺は一回力を分けたらそれで終わりの気分でいたのだが、桃恋では事あるごとに、力を分け与えたりする選択肢が表示されていた。

「……効果時間とかがあるのか?」
「いいや。自分の魔力に上乗せして、俺は用いている。魔力が枯渇するように、借り受けた力もまた消える。ただの世界の理りだ」
「そうか。あ、立ち話もなんだし、部屋に入るか?」

 俺が尋ねると、アルトがすっと目を細めた。

「それは、今日も力を供給してくれるという意味か?」
「へ? もう大丈夫ってさっき言ってただろ? いるのか?」
「――では、誘いか?」
「ん? ああ、お茶でもどうだ?」
「この時間に、キスをした相手を寝台がある部屋に誘う神経が分からない。お茶だけで済むと思っているのか?」

 その言葉に、俺は一気にキスの事を思い出して、顔から火が出そうになった。

「だ、だって、もうキスはする必要ないんだろ!?」
「神子の多くは、SEXを求めると聞いていたが」
「へ……? せ、セックス……? え?」

 響いた言葉に、驚愕して、俺は目を見開いた。俺は十八になったばかりだし、妹は俺よりも年下だ。そんな、エ、エロいゲームは、やった事がない。桃恋だって、キスとハグまでで……と、考えて俺は思い出した。

 桃恋は、パソコンゲームからの移植であり、そちらは18禁の乙女ゲームではなかっただろうか……? 妹がやりたがっていた気がする。

「え!? 神子って、SEXもするのか!?」
「――? 貴様はしないと約束したのではなかったか?」
「した! したよ! 俺、無理!」

 初めては可愛い女の子を優しく抱きたい。巨乳が望ましい。
 ただふと気になった。

「な、なぁ、アルト」
「なんだ?」
「ちなみに……SEXすると、どんな効果があるんだ?」

 するとアルトが腕を組んで、小さく顎を持ち上げた。それから一度窓の外を見て、そうして不意に屈んで俺をじっと見た。正面から目が合う。

「試してみるか?」