【十二】泣いた……
俺は思いっきり硬直した。自分でも真っ赤になったのが分かる。衝撃的な言葉に、目が潤んできた。そんな俺の顔を、じーっとアルトは見つめている。
そ、そんな、SEXだなんて……。
キスよりもよっぽど愛がないとしちゃダメな行為だろうが!
そ、そうだ! 好感度! も、もしかしたら、昨日のキスで、好感度が上がってしまったのかもしれない。神子の力がそれだけ魅力的だった可能性もある!
俺はゴクリと唾液を飲み込んだ。
「好感度だ!」
思いっきり大きな声を出すと、アルトが僅かに首を傾げた。
「好感度?」
「うん。そ、その! 昨日、俺に見えなくしただろう!? 見せてくれ!」
「――ああ。人心を見る術か」
アルトは小さく頷いてから、長めに瞼を伏せていた。すると、音がして、アルトの頭上にハートマークが出現した。
……ハートの色は、青。安定の青! 好感度は、マイナス!
マイナス3000である。
「お前俺の事嫌いじゃん!」
「?」
思わず叫んだが、考えてみると、昨日もマイナス3000の状態で、アルトは俺にキスをしたのだ……。愛って言ってたくせに、アルトは嫌いでもキスが出来るし、エ、エロい事もできるのか……。
「俺はリュートを嫌ってはいない」
「でも好感度がマイナスだ!」
嫌いという事実を突きつけられたら、なんだか無性にショックを受けてしまい、俺は別の意味で涙ぐんだ。するとアルトが目を開けて、不思議そうな顔をした。直後ハートが消失した。俺が項垂れていると――不意に、アルトが俺を片腕で抱き寄せた。
「そんな風に悲しそうな顔をするな」
「離せよ! アルトは破廉恥だ!」
「何故?」
「好きじゃないのにキスして、それで……そ、その! 試すなんて言い出して! 今も俺を抱き寄せるセクハラをしてる!」
「俺に好かれたいのか?」
「ち、違……」
「じゃあどうして泣いているんだ?」
その言葉に、俺は頬が濡れている事に気がついた。
「嫌われるってショックだろうが……俺は今日一日、何度もお前が無事だったら良いなとか、神子の力が役だったらいいなって思ってて、なのに……別に、そ、その、だから! なんでもない!」
慌てて目を擦ろうとしたら、手首を握られた。
「擦るな。赤くなる」
「……」
「よくわからないが、俺は貴様を傷つけたらしいな。謝る、その点は」
「別に、傷ついてない!」
あやすように言われて、俺は思わず声を上げる。
「ただし心外だ。俺は好意が微塵もない相手を抱くような事はしない。嫌悪感があればいくら神子が相手でも、キスなどしない」
するとアルトが、俺の肩に顎を置いた。その吐息が耳に触れた時、俺は最早号泣に近い泣き具合だった。
「嘘だ! だってこの世界の奴らはみんな、俺の事好きじゃないのに、好きだ好きだって最初の頃言ってた! アルトだって力が欲しいから、俺を嫌いなのに、そんな事を言うんだろ!?」
感情のままに俺が叫ぶと、アルトの腕に変な力がこもった。
「聞き捨てならない」
そして最初に会った時と同じような、絶対零度としか評せない非常に冷たい声を放った。思わずビクリとしてしまう。
「力は不要だと言っただろう。純粋に、今日、貴様を見て抱きたいと思っただけだ」
「でも、試すって……」
「そう言って誘えば、リュートは断らないだろうと踏んだだけだ」
「え」
「分からせてやる。来い」
アルトはそう言うと、俺の手首を先程までより強く握り、俺の部屋の扉を開けた。そして俺の肩を抱いて中へと入ってから、施錠した。オロオロしながらアルトを見上げると、非常に怖い顔をしていた。威圧感たっぷりである。本当に、初日のようだ……。俺は、どうやら怒らせてしまったらしい。それにも動揺していると、顎を持ち上げられた。
「ん!!」
そしていきなりキスされた。俺は昨晩の事を思い出して、思いっきり焦った。
舌の侵入を許したら、多分俺はまた体がぐずぐずになってしまうだろう……。
と、いうことで、俺は必死に唇を引き結んだ。すると触れるだけのキスを何度か繰り返してから、アルトが俺の下唇を舐めた。何度もなぞるように舌を動かされる。
その感触にビクビクしていると、不意にアルトが唇を離して――俺の首筋を甘く噛んだ。
「え」
思わず声を上げた瞬間、再びグイと顎を持ち上げられて、口腔への舌の侵入を俺は許してしまった。
「っ……ッ、ふ……んン……」
舌を絡め取られる。なんとか逃れようとしたのだが、引きずり出されて、今度は舌を甘く噛まれた。その瞬間、俺の全身が熱くなった。別段、力を取られたというわけではなく、単純にアルトのキスが巧いだけだ……。
しかし、こんな事はダメだ! 愛がないと!
「ひゃ、ァ……」
その時、アルトが顔を離し、右手で俺の耳の後ろをなぞりながら、もう一方の耳の中に舌を差し込んできた。え、え、なにこれ。ゾクゾクする。水の音がぴちゃぴちゃ響いてくる。俺が狼狽えていると、アルトがじっと俺の目を見た。耳への刺激がまだ残っているような気分で、俺はアルトを見上げる。
「俺、好きな人が相手じゃなきゃ嫌だ! この際、同性というのを取り置いても、嫌だ!」
「俺が嫌いか?」
水のように静かな声音で、アルトが俺に言った。それを聞いて、俺は首を振る。
「嫌いなのは、お前の方だろうが!」
「だから違うと言っただろう」
「アルトのバカ! バーカ!」
俺がアルトの胸板を押し返そうとすると、不意に横に抱き上げられた。
「!」
そのまま寝台に運ばれて、俺は焦った。ポカンとしていると、アルトが上半身の服を脱ぎ捨てた。引き締まった体が見える……。ビクビクしながら見ていると、ギシリと俺の顔の脇に、アルトが片手を付いた。
「あの数値は、俺が操作したものだ」
「――え?」
「心を見透かされるのは好きではないんだ。ただ、それで信じるというのであれば、一度は見せても良い」
そう言うと、アルトが長々と目を伏せた。ハートが現れた。やはり青く、マイナス3000だったのだが――……!?
不意にその色が変化した。
一度ぶれたように見えた直後、ピンク色のハートに変わったのである。
数値は……85? え?
「俺の本心は、どうだった?」
「……」
「もう良いだろう? 寝るぞ」
アルトはそう言うと、瞬きをしてハートを消失させてから、俺の隣に寝転がった。唖然としていると、そんな俺をアルトが、不意に横から抱きしめるようにして、腕枕をしてきた。
「え、あ……あの、ヤるのか?」
「俺は好きな相手は大切にする主義でな。貴様の気持ちが固まるまでは、待とう。直ぐに変わらせてやるが」
「!? じゃあなんで服を脱いだんだよ?」
「? 俺は寝る時は、いつもこうだ。明日も早いし、今夜はもう遅い。リュートも寝ろ」
「え、え、え……一緒に寝るのか?」
「ダメか? ダメだというなら、理由をつけよう。そうすれば貴様は断らなさそうだしな」
小さく笑ったアルトは、それから目を閉じた。
「もう疲れて部屋に戻れそうにもない。あるいは、この城は俺の城なのだからどこで寝ようと俺の自由だ。そうだな、こういうのもいいか、かすり傷程度だが怪我をしたから、リュートを抱きしめる事で癒されたい。ああ、決して力を借りたいという意味じゃない。好きな相手を抱きしめて眠ると、それだけで気持ちが安らぐという意味だ」
つらつらとアルトが言った。俺は呆然としたままそれを聞いていた。
そして――気づいたら寝ていた。多分、泣きつかれたのと、嫌われていなかったと知って、ほっとしたからだろう。