【五】籠の中の鳥D







 ゼルスは僕を見ると、柔和な笑顔を浮かべた。

「キルト、箱を開けてくれ」
「うん。でも、本当に僕に贈り物をしてくれたの?」
「ああ、勿論だ。俺は約束を果たす人間だからな」
「約束?」
「開ければ分かる」

 それを聞いて、僕はリボンを解いた。鼓動が激しくなった気がする。テディ・ベアの他に、僕は誰かに物を貰った事は、一度も無いのだ。

「あ……綺麗」

 中には、首飾りが入っていた。青と緑の中間に見える色をしている。僕が始めて見る色だ。薄い青の花と葉の緑を混ぜ合わせたら、このような色になる気がした。

「それが青銅色だ」
「え?」
「実物を見せた方が早いと思ってな。緑青色とも言う。王都の水路は、もう少し青が強いが、確かに言われてみれば青銅色だな」

 箱から取り出して、僕はじっくりと首飾りを見た。大きなペンダントトップが、青銅色の薔薇を象っていると気づいた。細かな意匠が施されていて、そこから細い銀色の鎖が伸びている。

「良かったら、身につけてくれないか?」
「うん」

 嬉しくなって、僕は自分の首からそれを提げた。そして薔薇の飾りを手で握った。

「水に濡れても劣化しない魔術を込めてある。いつも身につけていて欲しい。そして――それを見る度に、俺を思い出して欲しい」
「分かった」

 言われなくとも、僕にとって贈り物は、非常に貴重だから、僕にこの品をくれたゼルスの事は、生涯忘れないだろうと思った。

「有難う」

 お礼を述べた僕は、それからガラスの向こうを確認した。本日も、ゼルスの姿しか無い。

「ねぇゼルス。ゼルスは一人で来たの?」
「ああ。俺は今後も一人で来る予定だ」
「いつもは数人で来るんだよ。どうして一人なの?」
「――それは、俺がキルトの時間を買っているからだ」
「え?」
「君が誰かに見初められたらと思うと、気が気じゃなくてな」

 それを聞いて、僕は片手を自分の頬に当て、その肘をもう一方の手で支えた。

「時間を買う? そんな事が出来るの?」
「ああ、可能だ。単独で会う予約を入れておけば良い」
「……昨日の午後と、今日の朝、僕には見学会が無かったんだよ。何か知ってる?」
「その時間も、俺が買ったからだ。ただ、俺には仕事があったから、会いには来られなかったんだけどな。本当なら、ずっと話をしていたい」

 驚いた僕は、目を丸くする。ゼルスがその時、微苦笑した。

「嫌か? 俺としか会えないのは」
「ううん。僕と話をしてくれるのはゼルスだけだし、他の人には会いたくないよ」

 これは僕の本心だった。いつも僕を見て、欠陥品だと嗤っていく人々に見られるよりも、聞きたい事や教えてもらいたい事が沢山あるゼルスとだけ、話をする方がずっと良い。

「俺は、自分がこんなにも独占欲が強いとは思っていなかった。正直自分に驚いているんだ」

 ゼルスはそう言うと、ピタリと掌をガラスに当てた。そして髪を揺らしながら首を傾ける。じっと見据えられて、僕は不思議な気持ちになった。胸が何故なのか、ドキリとしたのだ。ゼルスのくすんだ緑色の瞳を見ていると、目が離せなくなる。

「あのね、ゼルス。僕は沢山、ゼルスと何を話そうか、考えたんだよ」
「俺の事を考えていてくれたのか?」
「うん。ずっと考えてたよ」
「嬉しいな」

 僕が素直に告げると、ゼルスが唇の両端を持ち上げた。その表情があんまりにも綺麗に見えた時、僕の胸が再びドクンと啼いた。

「今日はどんな話をしようか?」
「ゼルスは何歳?」
「二十四歳だ。周囲は早く結婚しろと煩い」
「結婚?」
「ああ。俺の家では皆、早く婚姻し、沢山の子を設ける事が推奨されているんだ」

 それを聞いたら僕の胸が、今度は少しだけ痛んだ。僕は欠陥品だから、子供が産めない。僕はどこかで、ゼルスに選ばれたら良いのにと、ゼルスが唯一だったら良いのにと、考えていたみたいだ。自分の気持ちに気がついて、僕は俯いた。そもそもゼルスには、好きな相手がいるというのだから、ゼルスが僕を購入するはずもない。

「どうした? 俺は何か悲しませるような事を言ったか?」
「あ……ううん。そんな事は無いよ」

 ゼルスの困ったような声を聞いて、僕は慌てて顔を上げた。考えてみれば、こうして話していられるだけでも幸せでは無いか。この時間は僕にとって、紛れもなく大切だ。わざわざゼルスが僕の時間を買ってくれたと言うのだから、僕はそれに甘えて楽しんでも良いだろう。それくらいは、許されるだろう。

「ゼルスのお父さんとお母さんは、どんな人?」

 僕は会話を捻り出した。両親がいた事を僕は覚えているから、きっとゼルスにも家族がいるはずだと考えたのだ。

「父は母を溺愛している。母上は、それが重すぎるとたまに苦笑する。ただ仲が良い。俺も将来結婚するならば、仲睦まじく暮らしたいと、ずっと考えていた。それは俺の兄弟姉妹も同じ考えだ」
「兄弟がいるの?」
「ああ。兄と姉が一人ずつ、弟が二人、妹が三人だ。七人兄弟の三番目が俺だ。大家族だよ。俺の両親は、十六で結婚してから、何人もの子供に恵まれたとして、みんなに祝福されている。今度、キルトにも会わせたいな」

 その全員が、見学に来るという事だろうか? 見学者は大体五人ずつくらいだから、一気には難しいように思った。何せゼルスの両親を入れたら九人だ。二回に分けた方が良いだろう。そこで僕は思い出した。

「全員αなの? そうじゃないと見学出来ないよ」
「――母は、Ωだ。キルトと同じ、魔力持ちのΩだ。その母と同じ身分の者を、俺の父は心配しているから……少し行きすぎた保護をしがちだ」
「Ωの保護をしているの? 国策の隔離以外で」
「その仕事の関係者だと理解して欲しい」

 国の政策は、王侯貴族の中でも、高位の人々が決定していると本で読んだ。ゼルスのお父さんは、きっとものすごく偉いのだろう。案内人も、ゼルスが特別な立場だと言っていたから、ゼルス自身が高位の貴族の家の生まれという事なのかもしれない。