【十三】花が咲く庭D(★)
そう言うと、ゼルスが僕の顔を覗き込んできた。唇が近づいてくる。目を丸くして、僕は端正な顔のゼルスをじっと見ていた。唇が触れあいそうな距離で、ゼルスが動きを止めた。そして不意に柔らかく笑った。
「キスをしても良いか?」
「……分からない」
僕はキスをした事が無いから、判断がつかなかった。するとゼルスが苦笑した。
「嫌ならばしない」
「嫌じゃないよ。ただ本の挿絵でしか見た事が無いから。キスをすると、どんな風になるの?」
「してみれば分かる。嫌じゃないんだな?」
「うん……ン」
その時、ゼルスの唇が、僕の唇に触れた。柔らかな感触がして、僕は咄嗟に目を閉じた。ゼルスはそんな僕の頬に触れると、今度は角度を変えて、また唇に唇で触れた。温かくて、なんだか照れくさくて、僕は目を開ける事が出来なかった。
「……っ、は」
「これがキスだよ」
「うん……」
頷いた僕を、ギュッとゼルスが抱きしめた。僕はその腕に手を添えて、額を胸板に押しつける。頬が熱い。
「もっとキルトの事が欲しい」
「どうすれば、僕は僕をゼルスにあげる事が出来るの? それは結婚とは別なの?」
僕には分からない事だらけだ。首を傾げて僕が問いかけると、ゼルスが片目だけを細めて、微苦笑した。
「結婚すれば、公的には、俺だけのキルトだと示せるな。それは一つの手段だ。が、俺は一番には、気持ちが欲しい」
「僕は、ゼルスが好きだよ。まだ足りない?」
「足りない。俺はどんどん貪欲になっていくらしい。キルトに求められたい」
それを聞いて、僕は飛んでいる蝶を一瞥した。蝶は花の蜜を求めるのだったと思う。ゼルスも花のように、僕に何かを求められたいのだろうか。これまで僕は何も持たず、与えられるだけの生活を送ってきたから、自分から何かを欲するという気持ちが、よく分かっていない気がする。僕にはこれまでの間、その権利が無かったのだ。
「僕は、求めて良いの?」
「勿論だ。キルトの望みならば、俺は叶える。可能な限り、叶えたい」
「どんな事を望んだら良い?」
「それはキルトの心のままで良いんだ。何かして欲しい事はあるか?」
その言葉に、僕は暫しの間考えていた。そうして、ゼルスの顔を見上げた。
「もう一回、キスをして」
「!」
「ゼルスの温度が好きみたいだ――ッ!」
僕が言い終わる前に、ゼルスが僕の唇を塞いだ。驚いて小さく口を開けると、ゼルスの舌が入ってきた。
「ぁ……っ、ッ」
驚いていると、舌を舌で絡め取られた。目を伏せたゼルスの長い睫が見える。ねっとりと口腔を貪られていると、僕の体の奥がツキンと疼いた気がした。どんどん全身から力が抜けていくから、思わずゼルスの胸元の服を掴む。ゼルスからは爽快な良い匂いがする。
「っ、ぁ……は、ッ」
漸く唇が離れたと思ったら、再び角度を変えて口づけをされた。歯列をなぞられ、舌を引きずり出され、甘く噛まれる。そうされると僕の体からは本格的に力が抜けた。
そのまま何度も深く口づけをされて、僕はふわふわした心地で、ゼルスの腕の中に倒れ込んだ。
「これで満足か?」
「……」
甘いゼルスの声に、僕は真っ赤なままで目を閉じた。胸が無性に満ちている気がした。
「!!」
僕の体がビクリとしたのは、その時の事だった。ゼルスの腕の中に倒れ込んでいた僕のうなじを、彼が人差し指の腹でなぞった瞬間だ。
「ぁ……」
人差し指は、僕のうなじを優しく往復する。そうされると、僕の体の奥深い場所がゾクゾクと疼く。未知の感覚に、僕は震えた。何故なのか僕の瞳は潤み、体が小刻みに震え出す。その時僕は、気がついた。桃のような甘い匂いがしていて、それはどうやら僕自身から放たれているらしい。そしてその香りが強くなる度に、僕の背筋は震え、触れられているうなじの事しか考えられなくなっていく。
「そこ……ぁ……」
僕を抱きしめ直したゼルスが、僕のうなじを今度は舌でなぞった。熱く湿った感触に、僕の体がどんどん熱くなっていく。
「もっとキルトが欲しいと伝えたな」
「うん」
「番という証が欲しい――いいや、違う。もう噛みたいという衝動が抑えきれない」
「ひ、!! ああああア!!」
それは、一瞬の出来事だった。僕を抱き込んだゼルスが、強く僕のうなじを噛んだのだ。その瞬間、桃のような香りと、ゼルスが放つどこか爽快な匂いが混じって、庭園の花の匂いをかき消した。始め、僕は痛いと思い恐怖したのだが、そこにもたらされた刺激は、痛みでは無かった。襲いかかってきたのは――残酷なほどの快楽だった。僕にとって快楽は未知だ。だが直感的に理解させられた。
「あ、あ……あぁ……アア、ぁ」
何度も何度もゼルスが僕のうなじを噛む。震えながらゼルスを見上げれば、僕が初めて見る表情をしていた。本能的に、僕は食べられてしまうような錯覚を抱く。今逃げなければ、僕は永遠に捕まってしまうだろう。だけど、ゼルスが相手ならば、それでも良い。
「歩けるか?」
「……う、ん」
「本当に?」
その時、服の上から僕の陰茎を、ゼルスが撫でた。もう腰に力が入らない。
耳元で囁くように言われて、僕は羞恥から涙ぐんだ。全身が熱い。こんな事は、人生で初めてだった。
「あ、ああ……僕、発情してるの?」
「――いいや。発情の熱はもっと強く、理性など消し飛ぶから、そんな質問も出来なくなる。今は番になった俺に触れられて、体が反応してるんだよ。キルト、今日はこの庭園には誰も来ない。王族の誰一人として。この庭園の奥にはな、小さな塔がある。行こう」
そういうとゼルスが、僕の体を抱き上げた。そして薔薇の茂みを抜けると、小さな塔の入り口を開けたのだった。
塔の中には、螺旋階段と巨大な寝台があった。
「この塔全体にも魔術がかかっているんだ」
ゼルスはそう言いながら、力の入らない僕の体を白いシーツの上に下ろし、服を剥いた。全裸になった僕の折った太股の間に体を置き、僕の後頭部に腕を回して何度も首筋を舐める。
そうしてベルトを外された。太股が外気に触れる。するとゼルスは、僕の下着の上から、後孔を刺激した。気づけばそこからは、ドロリとした体液が漏れ出していた。下着がどんどん濡れていく。何度か下着から陰嚢までを指でなぞった後、ぐちゃぐちゃになってしまった下着の横から、ゼルスが直接的に後孔へと指を挿れた。痛みはない。
「はしたないな」
「あ、あ、嫌だ……ッ、ぁ……ああ!! かき混ぜちゃだめ、ああ、ア!!」
「こんなにドロドロにして、どこが欠陥品なんだ?」
ゾクリとするような声音で、ゼルスが言った。思わず僕が腰を引くと、体を反転させられた。
「ああ!! ……ッ、んア――!!」
そしてゼルスは容赦なく僕のうなじを噛んだ。その度に、僕の内側からは粘度の高いドロドロの液体が溢れる。眼窩の奥がチカチカと白く染まり始める。
「キルト、這ってごらん」
「あ、あ、あ」
僕が言われた通りにすると、ゼルスが巨大な亀頭を、僕の中に埋めた。太く長い。そのままのしかかるようにされ、後ろから左手首を捕まれる。同時に再びうなじを噛まれた。僕の内側が蠢いている。繋がっている箇所が気持ち良い。どんどんゼルスの肉茎が僕の中を押し広げていく。その度に、僕の内側からはドロドロの体液が溢れる。
「いや、いや……」
「何がだ? 嘘は良くないな。腰が動いているぞ」
「だめだよ、なにかクる、あ……――ああ――!! や、やぁ」
「Ω特有の性感帯だ。たっぷりこれから可愛がってやる。ここだろう?」
「あ、ああ……ああ!!」
意地悪くゼルスが腰を揺すった。すると先端が、僕の内部の感じる場所を抉るように刺激する形になった。声を上げ、僕は号泣した。気づくと僕の陰茎は反り返っていて、白液が飛び散っていた。
「勝手に一人だけ気持ち良くなったな。悪い子だ」
「う、うう……うああああああ!!」
その時ゼルスが、根本まで一気に挿入した。αは陰茎の付け根に特有の瘤がある。それまでグッと押し込まれ、僕は体を震わせた。逃れようと藻掻いた右手もまた、左手と同じようにぎゅっと握られシーツに押しつけられる。その状態で内部の感じる場所を押し上げられた。
「いっぱい種をつけてやるからな」
ゼルスが動き始めた。激しく抽挿され、何度も瘤まで突き立てられて、僕は咽び泣いた。あんまりにも気持ちが良すぎた。
「出すぞ。これからは、俺で染め尽くしてやる」
「ひぁああ!! ああああ、熱い、あああああ!!」
大量の精液が僕の中に注がれた。ゼルスの瘤が栓をする。おなかの中が熱いほどだった。
――事後。
どれほどの間交わっていたのかは分からないが、ゼルスが陰茎を引き抜くと、僕の内側からドロリと精液が溢れた。ぐったりとし寝台に沈んでいた僕は、後孔から流れ落ち足の合間を濡らしていく白液を肌で感じていた。
「目が覚めたか?」
気づくと僕は、ゼルスに腕枕をされていた。先ほどまでの行為を思い出して、僕は怖くなり、思わずギュッとゼルスに抱きついた。優しい顔をしているゼルスはいつも通りに戻っている。先程までの、僕が知らない捕食者のような顔はもうしていない。
「すまない。抑制が効かなかった。欲するがままに夢中で求めてしまったんだ。体は大丈夫か?」
「うん……平気」
「良かった。清楚で無垢なキルトを染め上げる事は、たまらないな。もっともっと俺の手で、淫靡に作り替えたくなる」
「そうなると、僕はどうなるの?」
「俺なしではいられなくなると言うことだ」
「僕は今も、ゼルスがいなかったら辛いよ」
「可愛い事を言うんだな。だが心も体も、もっと求めるように、一つ一つ教え、開いてやる」
ゼルスの瞳が、再び獰猛に煌めいた。ゾクリとして、僕はギュッと目を閉じ、ゼルスに抱きついていた。そんな僕の髪を撫で、ゼルスが僕の頬にキスをした。
「必ず幸せにするからな」