【三】初めてのPlay(☆)
ホテルの最上階の特別室へと、そのまま僕は連れて行かれた。自分が選ばれたのだという実感が無いままで、僕は巨大な窓の前にある横長のソファに促された。対面する席に、葛木さんが座る。窓の外には、高層ビルの上についた飛行機よけの赤い明かりがと夜景が見えた。
「お前、名前は?」
「~野飛鳥です」
「飛鳥、か。俺は葛木水城という。水城で構わない」
僕がおずおずと頷くと、テーブル上のグラスをひっくり返し、水城さんがロックアイスを入れ始めた。傍らには琥珀色の酒の瓶がある。
「ずっと一人で立っていた事には、始めから気づいていた。尤も、飛鳥のように美しすぎれば、近寄りがたいというのは理解出来る」
「え?」
誰かに容姿をそのように褒められた事が無かったため、僕は目を丸くした。
「大きな瞳は艶やかで、どこか愁いを帯びた眼差しには艶がある。そしてお前は時に会場を見回してはいたが、特定の誰かを視界に入れる事も無かった。この俺をもな。俺の存在に気づくのすら遅かった事、少し笑いそうになってしまった。同時に不機嫌にもなったが」
「……水城さんこそ、凄く不機嫌そうに立っていたじゃありませんか」
「あの会場で、お前以外に興味が沸かなくてな。飛鳥の視界に入らないのならば、早く帰りたいとそればかりを考えながら――お前の目に俺が入る瞬間を待ち、期待していた。だからすぐに、俺はお前の視線に気づいたんだ」
そう言って喉で笑うと、ゆっくりと水城さんはグラスを傾けた。僕の前には、ホテルの給仕の人が運んできたジンジャーエールのグラスがある。
「飛鳥を見ていると――『欲しくなる』」
「……」
「お前の全てを、俺のものにしたくなる。こんな衝動を感じたのは久しぶりだ。いいや、あるいは初めてかもしれない。すぐにでも貪り尽くしたいほどだが、俺達の間には、まだなんの『約束』も信頼も無い」
約束というのは、DomとSubの間で取り決められる言葉だろう。例えば、Subには使用可能な『|Safe《セーフ》 |word《ワード》』が存在する。Domの、|命令《コマンド》に答えられない時、行為を止めて欲しい時に、Subが述べる言葉だ。その他の、多くに共通した命令や指示する言葉は、学校で習ってきたが、こればかりは二者間で決定する言葉だ。
「俺に支配されたいのならば、セーフワードを教えてくれ」
「まだ、考えた事が無くて……」
「そうか。初めてか?」
「は、はい!」
「俺の命令に耐えられる事を期待する。そうだな、~野飛鳥か。では、お前が『|神鳥《ガルダ》』と口にしたら、俺は行為を止めると保証する」
「ガルダ……分かりました」
「敬語を止めろ。『命令』だ」
「! っ、ぁ……は、はい!」
「まだ硬いな」
威圧感を感じたわけでは無かったが、反射的に頷いた僕に対し、吹き出すように水城さんが笑った。それからグラスを置くと、会場で見せたような、獰猛な色を瞳に浮かべた。
「俺に抱かれろ。『|Play《プレイ》』を始めよう」
Playは、命令の言葉を用いて行われる、やりとりの事だ。一気に緊張しながらも、僕は頷いた。
「来い」
耳触りの良い声音に、自然と僕の体は従った。僕は水城さんの元へと歩み寄る。そしてまじまじと彼の顔を見えると、あんまりにも瞳が情欲でギラついているように見え、怖くなって顔を背けた。
「目を逸らすな」
するとそう命令された。ドキリとした。僕の鼓動が騒ぎ出す。僕がぎこちなく視線を戻すと、水城さんが僕の顎を掴んで持ち上げた。
「その悲しげな顔を、ドロドロの快楽で蕩けさせ、そして笑わせてやりたいものだな」
「僕、別に悲しくなんて――」
「ああ、そうだろうな。今のお前は、期待に満ちあふれた瞳をしているぞ。はしたない」
「っ」
「俺が欲しいか?」
「……、……はい」
消え入りそうな声で、僕は頷いた。まだプレイは始まったばかりであるから、もし水城さんが僕を気に入らなければ、途中でもこの関係は終わってしまうのだろう。僕は、無性にそれが嫌だった。
「一枚ずつ服を脱げ。ゆっくりと、上着から、シャツ、下着まで全部だ」
その命令に、僕は従った。指先が震えてしまう。露わになっていく僕の肌を、じっと水城さんが見ている。彼はシガーレットケースから細い紙巻きの葉巻を取り出すと、口に銜えた。その紫煙が燻る中で、僕は服を脱いでいく。ベルトを外せば、床にボトムスが落ちた。ああ、見られている。それだけで、僕の体の奥が熱くなった気がした。
「綺麗な体をしているな。よく脱いだ。飛鳥は偉いな」
「……」
「|Kneel《ニール》」
唇の片端を持ち上げて、水城さんが言った。学校で習ったKneelは、ぺたんと床に座る事だった。僕は絨毯の上に太股をつけて、崩した正座の状態になる。両手を太股の間に置いた。そんな僕を見下ろした水城さんは、煙を吐き出してから、灰皿に葉巻を置いた。アークロイヤルの甘い香りが漂っている。
「早く首輪をはめたいが、まだ最初の夜だ。互いに分からない事ばかりだからな。だがその体勢をさせていると、首に俺の贈った首輪をはめる姿を嫌でも想像させられる」
DomがSubに首輪を贈るという行為は、『|Claim《クライム》』と呼ばれる、正式なパートナーとなるためのある種の儀礼だ。
「立て。そしてベッドに行け」
僕が頷いて立ち上がると、最後に再び葉巻をふかしてから、水城さんがその火を消した。そして僕の腰に手を触れ、ベッドへと促した。
「|Crawl《クロール》」
一糸まとわぬ姿でベッドに上がってすぐ、そう命令された。四つん這いになれという意味だ。僕は羞恥に駆られながらも、両手をベッドにつき膝を折り、尻を突き出す格好をした。歓喜で全身が震えていた。嬉しいのだ、命令される事が。ここまでの衝動を感じたら、いつもであれば抑制剤を飲む。だが、今宵の僕は、本能のままに従って構わないのだ。それが、許されているのだ。お互いの体の相性を確かめる事もまた、会食パーティの一環らしい。
「……ッ」
僕の後ろの双丘を、それぞれの掌で握るように、水城さんが掴んだ。
「ぁ……」
不意にぬめった硬いものが、僕の菊門を刺激した。それが水城さんの舌であるとすぐに理解した。暫しの間、ピチャピチャと音を立てて、水城さんは僕の菊門を舐めていた。時折舌を差し込まれると、僕はビクンとしてしまった。襞を舌先でなぞられる内、僕の体からは力が抜け始める。
「まずは拡張するか。それと、中だけで果てる事を覚え込ませてやる」
ベッドの上にあった黒い箱に手をかけて、水城さんがどこか冷酷に聞こえる声を放った。視線を動かし、僕は四つん這いになったままでそれを見ていた。
「あ」
その時、まだ萎えていた僕の陰茎に、水城さんが三連のリングをはめた。根元、茎、雁首の付け根を、リングが拘束した。まだ余裕があるが、初めて他者に陰茎へと触れられて、僕は動揺していた。それから水城さんは、いくつもの球体がついた細い棒とローションのボトルを手に取った。
「このローションは特別で、Subに痛みを感じさせないようにする。俺がこれを使ってやるのは、貴重な事だ。飛鳥が相手でなければ、そんな配慮はしない」
「……ひ、ぁ」
ローションをまとった、指より少しだけ大きい棒が、僕の中へと挿入された。最初の球体が中へと入り、続いて棒の部分、それから次の球体、そしてまた棒、三個目の球体と、硬いのその異物が、僕の中へと進んでくる。実際に痛みは無い。その事に安堵していた、その時だった。
「あああ!」
一つ目の球体が、僕の前立腺を強く刺激した。びっしりと汗が僕の体に浮かんでくる。
「今日は存分に啼き声を聞かせてもらうか。が、その内口枷もはめてやる」
「や、やぁ……、ああ」
「本当に嫌な時は、言うようにな。だが、違うだろう? お前の体は、悦んでいる」
「っ、ァ……あ、ぁ、ァア……」
更にその棒は突き入れられて、より深い場所を暴き始めたが、今度は二個目の球体に前立腺を擦りあげられる形となった。脳髄を揺さぶられるような快楽が響いてくる。 その内に、四個目の球体が中へと入ってきた。僕はシーツを握りしめて震える。
「あ、あ、あ」
そうして、棒の抜き差しが始まった。抜ける度、そして挿ってくる度に、球体が僕の前立腺を刺激する。そうされていたら、僕の陰茎が反応を見せた。
「う、うあ……」
するとリングがピタリと僕の陰茎を締め付けるようになった。
「あ、ああ……っ、ぁ」
水城さんが棒をかき混ぜるように動かし始めたのはその時の事だった。ローションが立てるぐちゅりという水音が響く。僕はきつく目を伏せ、睫毛を震わせながら、その衝撃に耐えていた。