【十】◆大学時代 ―― 一年 7 ――
大学時代、俺が湊川先輩の顔の広さを最初に理解したのは、七月の事だった。
「大切な話がある。明日の四限目、空いてるやんね? 学生ラウンジ来い。絶対に」
「はぁ?」
サークル帰りに肩を叩かれて、俺は小声でそう言われた。もうすぐ、大学入学後の初めてとなる夏期休暇前の試験期間となる時期だった。梅雨が開けたばかりのその日、俺は小さく頷いた。深刻そうな顔をしている湊川先輩の顔に、俺は用件を追求出来なかった。
当日、俺は朝から緊張しつつ、バスに乗った。
必修が二限、昼食をはさんで三限は他学部の講義を履修していた。俺は推理小説をいつか生み出すつもりでいたので、犯罪学や法律関連の講義が多かった。この時は、犯罪社会学だった事を覚えている。いつもは集中して講義に耳を傾けるのだが、湊川先輩の言葉が気になってこの日はあまり身が入らなかった。
講義が終わってすぐ、俺は急いで教室を出て、学生ラウンジへと向かった。外から先輩の姿を探すと、グラウンドに面する窓の前に湊川先輩が座っていた。
「お疲れ様です!」
「来たか。今から重要な事を話すし、大切なものを渡すから、メモの用意!」
「は、はい!」
真剣な顔の湊川先輩など、俺はあまり過去に目にした事は無かった。言われた通りにルーズリーフとシャープペンを取り出す。湊川先輩はそんな俺の前に、分厚いバインダーを出した。
「なんですか、これ?」
「過去問とノートや」
「へ?」
「出席確認が厳しい講義と持ち込み不可以外は、大体これで通るやろ」
「え、え?」
「他の学部や学科の講義も、まだ今なら、周りに聞いてやれる――けども、とりあえず時間割を聞いとった範囲の心理の過去問とノートや。傾向と対策として、二年おきに同じ問題だったり、毎年同一内容だったり色々やけどね」
新入生歓迎会への参加勧誘をされた頃、そういえば、確かに過去問を回してくれると言われた記憶もあった。だがすっかりそんな事は忘れていたため、逆に俺の方が驚いてしまった。
「良いんですか?」
「俺は約束は守る男やからね。無論。どーぞ」
「あ、有難うございます!」
「周囲で必要としてる迷える子羊と、来年入る子らに配ってやってや」
そう口にした頃、やっと湊川先輩の表情がいつもの通りの明るいものへと戻った。あんまりにも真剣だったから焦ってしまったものである。
「なぁ、創介」
「はい!」
「そういやなんだけど、お前、文献購読の必修が雨野(うの)先生のクラスやったよな?」
「そうです」
「多分一緒の奴にさ、『相馬』っておらん? 相馬匡くんやったかなぁ」
「います。寧ろ隣の部屋ですけど、なんで?」
不意に出てきた相馬の名前に、俺は首を傾げた。