【九】◆◇◆ 現在 3 ◆◇◆






 桜のつぼみが溢れている。まだ満開とまでは言えないのかもしれない。唯見市は標高が高く、四月とはいえ、まだ寒さが残っている。

「なんか、生姜焼きが食べたくなってきた」
「この重箱に、何の不安があると言うんだ?」

 相馬の声がいよいよ呆れたものになってきたので、俺は慌てて首を振る。

「いや、無いよ?」
「この笹かまなんて、奮発したんだぞ?」
「いつもの六十九円のじゃなくて、四百五十円って貼ってあったのは見た」
「高級だろ」
「でも俺、相馬の作ってくれたこっちのベーコン巻きの方が好きだな」
「……我ながら自信作だからな」

 俺は相馬の機嫌の治し方も随分と覚えたと思う。大学時代が脳裏を過ぎっていた俺は、懐かしいなと改めて思った。学部時代は、初回以降、何かと相馬の部屋でご馳走になった記憶がある。途中からは、材料費を請求されたが、それが当然の頻度で俺は入り浸っていた。現在ルームシェアをしているマンションこそ俺の名義ではあるが。

「でも相馬のお弁当って、こんなに色白だっけ?」
「お前は唐揚げといった茶色を好むからな。ハンバーグはどうだ?」
「とっても美味しいです!」

 箸を動かしながら、俺はパクパクと料理を口に運ぶ。相馬は手抜き節約料理を自負しているようだが、俺から見れば、美味しいはただの正義だ。

「今度作ってやるよ」
「ん?」
「生姜焼き。食べたいんだろ? 練りチューブだけどな」
「逆に、相馬がすりおろす所も気になるレベルで、俺はチューブで満足です」

 そうは答えつつ、俺は本当に懐かしく思った。
 実を言えば互いの仕事の都合で、共に暮らしてはいるものの、最近あまり一緒に食事はしていないのだ。相馬は規則正しい生活で、俺は昼夜逆転生活をしている。今日はかなり久しぶりだとしても良いかもしれない。

「灯里は最近、ろくに食べていないだろう。もう少し、きちんと食べたらどうだ?」
「集中すると、食べた時に気が散るのが困るんだよ」
「休息するのも仕事だぞ?」
「俺はお前と違って、お休みとか自分采配だから無いんです」
「不摂生の言い訳にしか聞こえないな。冷蔵庫を開ける度に、酒しか減っていないのを俺は目撃しているぞ」
「いいだろ別に……。ああ、それにしても日差しが眩しいな」

 話を変えて俺が顔を背けて減らりと笑うと、相馬が嘆息した。

「最近は、お得意のたらこパスタさえ作っていないようだけどな」
「……なんか、食べるとやる気が失せるんだよな」
「その割に酒が減る量は増えたな」
「……飲まないと気合いが入らないんだよ」
「不健康極まりない。湊川さんでも呆れると思うぞ」
「そういえば、飲み行こうって連絡着てたな」
「悪い。例が悪かった」

 相馬が双眸を閉じ、片手で両目を覆った。それを見て、俺は吹き出した。