【一】ダメ大学生
適当に古着屋で買ったフリースをフルジップにして、ゆるもこアウターを羽織ってみる。
大学へ行く準備である。本日はレポート締切最終日。
なお、パソコン画面に開いてあるテキストエディタのファイルは白紙である。これから書くのだ、俺は。まずは気合を入れるために、着替えをした。何事も形からである。
最初に日付を記入した。2007/12/14――俺が大学に入ったのは、三年前である。
この会津深雪市に引っ越してきたのも、2004年の事だ。悠京大学文学部探偵学科への進学をきっかけに、俺はワンルームマンションで暮らし始めた。現在絶賛大不況中だが、俺もそろそろ就職活動をしないとまずい。
そのためには、この講義の単位を落とすと留年に近づくので、早くキーボードを叩かなければならない。
今回のレポート課題は、探偵才能児への支援について――探偵福祉学のレポートである。
探偵福祉士という国家資格と、臨床犯罪推理士という学会認定の専門資格が生まれて早七年。資格整備に合わせて、我が悠京大にも専門の学科が設立されたらしい。
大学を卒業すると、認定犯罪推理士という資格が貰えるが、これは『大学で探偵学を勉強しました』程度の意味合いしか持たないので、就職活動には全く役に立たない。
つまり俺が勉強している事柄というのはかなり無意味であるが、どこでも良いから大学に進学して遊びたいという場合には、それなりに有意義だ。俺の話である。無論、真面目に探偵学を勉強している学生もいるだろう。俺の周りにはいないが。
取り急ぎ俺は、規定枚数を適当に埋めて、ネットで検索した参考文献の名前をそれらしく付けたし、最後に『伊波礼純』と自分の名前を記入した。
その後レポートを印刷しながら鏡の前に向かい、適当に帽子をかぶって、本日持っていく予定の鞄を一瞥する。俺の鞄は二種類あって、片方は遊びに行く用、もう片方は講義に出てから遊びに行く用である。今回は後者を手にし、それから印刷したレポートを中に入れて、エントランスへと向かった。
靴を履いて、外に出て鍵を閉める。
後はバスに乗り遅れなければなんとかなる。人間、やればできるものだ。
早足で急ぎながら、俺はエレベーターに乗った。
ワンフロアにひと部屋の細長いこのマンションは、学生用物件であり、全ての階に悠京大の学生が住んでいる。それが関係あるのか否かは知らないが、バス停が正面にある。無事に間に合い、俺は窓際に立ちながら、後は大学構内のバス停に着くから安堵した。
到着してすぐ、飛び降りるようにして、俺は走った。
今度は遅刻するからではなく、傘を忘れたからである。霙が降り始めたのだ。もう何度か本格的な雪も降ったし、雪であるならば別に良いのだが、溶けた霙は服や鞄を濡らすから困るのだ。
七号館を目指して走っていると、前方の友綾館という学食前に人だかりが出来ていた。何事だろうかと思っていたら、フラッシュの光が目に入ってきた。報道部と写真部のカメラだ。レトロで大きいものからデジタルカメラまで、多種多様なカメラが、一人の学生に向かってフラッシュを放っている。
囲まれているのは、スノボ部のスロープスタイルの有名人である西塔昭唯だった。
一瞥してから、俺はサッと七号館の中に入り、エレベーターのボタンを連打した。
チャイムが鳴り響く十分前には無事に教室に入ることが成功し、俺は満足しながら、出入り口に設置されているレポートボックスに紙を入れた。
さて帰ろう。
レポートさえ出していれば、大人数がいるため、欠席していても先生は気づかない。俺には、真面目に講義を受けるというスキルがない。真面目に講義を欠席するという技能は、学科で一・二を争う才能を持っているかもしれないが。