【一】不時着
「梓島(しじま)、少し眠った方が良いんじゃないのか?」
隣の操縦席から、壊れかけたドローンの声がする。正常に作動していた時は、人型の映像を纏っていたが、現在はただの破損した水筒にしか見えない。美人で巨乳の女性型の映像が表示されていたのだが、それは俺の好みだ。
母星を離れて何億光年も旅をし……一方通行で多分帰れませんという辞令がおりて、俺が願ったのは、副操縦士となるドローンの見た目を好みのタイプにして欲しいという事のみだった。
梓島家に生を受けて、早三十二年。まさか三十歳で、新惑星探査に行けと命じられるとは思わなかった。現在は、あきらかに緑色で不穏な色をしている雲の間を――飛行艇で落下中だ。こんなちっぽけな飛行艇で、宇宙の果てにいけとか、完全に舐められていたと思う。
それもこれも、母星にもうすぐ隕石がぶつかりそうなのが悪いのだ。全部隕石のせいだ。逃げ出す先の探査を俺は現在行っている。まぁ正確に言うならば、一歩早く死を命じられたと言えるだろう。見つかるわけも無いし、どうせ母星も滅ぶし。
この緑の雲の星の重力にあっさりと捕まった俺の機体は、さっきからバチバチと嫌な音を立てている。それが壊れかけている真横のドローンの放つ電流とたまに交わるから、ひやりとする。
俺は酸素吸入と瘴気排除のためのマスクを装着し直した。いつでも脱出できるように、生命維持パックを背負っている。重力操作靴を履いているから、激突して死ぬこともなさそうだ。
頭があって、手足が二本、胴体と繋がっている形の俺達は、ヒューマノイド型人類と呼ばれている。他の型の人類が存在するかは知らないが。頭には、顔がついていて、目や鼻や口がある。それらをマスクで覆って、俺は機体から離脱する準備を開始した。
二年も乗っていたから、ちょっとは愛着があるが、仕方が無い。
母星となんて、もう連絡できなくなって一年半だ。俺、孤独死しそう。いろんな意味で。
天井を開けて、床を蹴った。
外に飛び出し、雲の合間で静止して、落ちていく飛行艇を見る。下は海みたいだ。そちらも緑に濁っている。こんなことならば、童貞を捨ててくるべきだった。風俗で良かったよ。素人にこだわるべきでは無かった。
「あ」
現実逃避気味に色々考えていたら、海から巨大な蛇が出てきた。いや、蛇、か? サイズがちょっと大きすぎる上、俺の機体を丸呑みしたんだけれども……。危なかった。あと一歩遅かったら、俺も今頃蛇の中だった……。
しかし二年飛んだだけの場所に、こんな星があるんなら、移住するには悪く無さそうだ。俺の母星は、野生動物を絶滅させた経歴があるから、この蛇だってきっと俺達が暮らし始められば、絶滅するだろう。
俺はその後、砂浜めがけて、宙を蹴った。着地すると、こちらも緑の砂は乾いていた。
「ま、海の中なんて、何がいるか分からんしな。地上はどうだろうな?」
一人で過ごしていると、独り言が兎に角増える。
歩き出した俺は、少し進んで、目を細くした。そこには、俺が乗っていたのとそっくりの飛行艇の残骸があった。俺と違って真面目に探査しているのだろう奴らは、高速で移動していただろうから、俺より早くこの星に落ちていてもおかしくはない。
「……生きてれば、久しぶりに人類と話せるのか」
気づくと俺は砂を蹴っていた。そして、飛行艇の上に飛び乗り、扉に触れていた。話し方など忘れつつあるが、胸が高鳴ってきた。本当、孤独ってきつい。俺は扉に、非常事態コードを入力し、強制解錠した。スッと消えた扉の向こうを覗き込むと、明かりがともった。動力が生きている……! これならば、最悪こちらの飛行艇を拝借して、この星から離脱できるかもしれない。まぁ、そうしたって結局、行く当ては無いのだが。
はやる気持ちを抑えながら、中に入り、通路に立つ。一斉に光が走り、壁画のような照明がともった。宙に浮かびながら進んでみる。目指すは、操縦室だ。皆、一人で旅立ったから、きっとこの飛行艇の持ち主も孤独を覚えているはずだ、普通の感性ならば。
「……」
到着した操縦室で、俺は思わず眉を顰めた。誰もいない。まぁ、想定の範囲ではある。問題は、地下に向かって穴が空いている事だ。どうやら持ち主は、下に離脱したらしい。俺は天井を選んだが、この人物は地下を選んだようだ。ま、まぁ、空気が緑だしな。外、ちょっと怖いよな。
俺はふよふよと地下に降りてみる事に決めた。暫く進んでみる。ゆっくりと落下する感じだ。今の俺はクラゲの泳ぎ方に似ているかもしれない。
「ん」
着地した直後、槍が飛んできた。俺はセキュリティフィールドを展開しているので、空間を歪めて、槍を逸らした。視線を向けると――? お面を付けた小さいものがいた。俺のマスクによく似た……模様が描かれているお面だ。あちらはただのお面、俺のは科学製品である。俺の纏っている宇宙飛行士としての機能を万能に備えているローブにそっくりの外套を羽織っているが、あちらのはただの布だ。背丈は、俺が178cmなのだが、130cmくらいだろうか。
「*********、*******!」
その小さいものは、話し始めた。
俺は手首にはめた思考読み取り型翻訳装置を起動し、解読に努めた。
「また出たな! 帰れ!」
「……初めまして。たった今、初めてここに来たんですが、貴方は?」
「!? 初めまして!? 昨日も会っただろう!?」
それを聞いて、俺は、俺同様遭難した探査者が、まだこの周辺にいるのだろうと判断した。しかしそれ以上に、小さいものとの会話に心を揺さぶられていた。良い。生き物との会話は良い。
「昨日会ったという人物に、俺も会いたいのですが、居場所をご存じありませんか?」
「? 何を言ってるんだ! お前じゃないのか!」
「違いますね」
「……? 本当に? では、お前は? 名前は?」
「梓島と言います。貴方は?」
「俺はアザミだ。誇り高き魔術師だ!」
「魔術?」
「魔術を知らないのか? しょうがないから教えてやる。俺は複製魔術が得意だ」
小さいものは、そう言うと、俺を指さして、手にしていた杖をくるりと一回転させた。すると、俺の靴と見た目がそっくりの品が、小さきものの前に出現した。形は靴だ。しかし機能部分がただのペイントになっている。しかしこんなのは、科学ではない。魔術……違う文明体系が発展しているのだろうか。