【二】鬼教授
「どうだ! すごいだろう!」
「そうですね。所で、おいくつですか?」
「もう十二歳だ。村では長老と呼ばれている」
「ほう。平均寿命は?」
「百二十歳くらいだな」
「思ったより長かったな……うーん。絶滅させるには、人型だし抵抗ありそうだなぁ、確かに」
思わず本音が漏れた。俺がぼそっと言うと、小さいものがビクっとした。お面をしているから表情は見えない。
「昨日会ったという人物の名前はご存じですか?」
「うん。昨日のは、ロマと言っていた」
それを聞いて、俺は素早く全パイロット情報にアクセスし、露眞(ロマ)という人物のデータを引っ張り出した。データベースアクセス機能も、マスクについている。まぁ、アクセスしなくても、俺はこの人物を知っていた。探査機は一斉に飛び立ったのだが、その出発時に挨拶していた代表者である。俺と同じ三十二歳、実は大学も同じだった。ただし俺が学部生の頃、既にあちらは教授様で、俺に鬼のようなレポート課題を投げてきたのだが。死ね。
しかし露眞ならば、ここを見つけたんだったら、とっくに母星に報告しているだろう。ならば、この小さいもの達も、近い将来、絶滅する事になるのだろうな。
そんな事を考えながら、俺は露眞の連絡先に、ダメ元で発信してみた。近距離だと機能する電話もマスクについているのだ。
『……見ている。手を出さず、飛行艇に戻れ』
「あ、はい」
すぐに応答があったため、俺は思わず頷いてしまった。目の前では、小さいものが首を傾げている。
「どうした?」
「いえ、ちょっと。俺、少し戻りますね。また機会がございましたら。有難うございました」
そう伝えて、俺は地を蹴った。そして縦に伸びている穴を上った。
浮かび終えて、床に着地すると、操縦席には俺と確かにそっくりの姿の露眞が座っていた。
「不用心だな。躊躇無く連絡を寄越すとは」
「見てたんなら、入った時点で声かけてもらえませんかね」
「不審者でないか見極めていた」
「ほう。まぁ確かに、探査には反対者もいましたしね。先遣隊がつくにしては早いとかそう言う?」
「いいや。母星には、まだ連絡してないんだ」
「露眞さんも来たばかりなんですか? 遭難中?」
「……八ヶ月前に発見し、着陸し、その後、飛行艇の通信機能と飛行機能を破壊した」
「バカなんですか? どうやって帰るんですか?」
「元々帰る事が叶う事態になると思っては、旅に出ていない」
「母星に隕石がぶつかってみんな死ぬ前に、ここに移動しないと。じゃ、俺が連絡してきますね。俺は帰りたいんで」
母星に、目的物を発見した時に送る信号機能は、蛇のおなかの中を探せば、まだ俺の機体で生きているはずだ。
「待ってくれ」
「何故?」
露眞も、孤独が長すぎて、どうかしてしまったんだろうか? いいや、俺と違って通信機能が生きた状態で航行していた様子だし、そういうわけでもないのか?
「連絡をすれば、現生人類が絶滅させられるだろう」
「きっとそうなりますね。呼吸するように俺らって、種を絶やしてますし」
「彼らの平穏を守りたい」
「……へ、へぇ。露眞さんも変わったんですね。俺に、『いかにして多くの人類を殺すかのレポート』を提出させてた頃とは、雰囲気が違うって言うか」
俺と露眞の専攻は、人口減少手法である。俺達の母星は、人が増えすぎたので、野生動物はおろか、人間も減らす事にした次第だった。それが、まさか、隕石で全滅の危機になるとは……。
「俺は梓島のレポートの内容をよく覚えている」
「そうでしょうね。なにせ、最低評価で単位くれませんでしたもんね」
「当たり前だろう。『人を殺す事はないのではないでしょうか?』という結論のレポートだからな。だが、非常に道徳的で、俺は気に入っていた」
「だったら単位くれれば良かったのに……」
「梓島。アレを書いたお前なら分かってくれると思うが、この惑星の人々を絶滅させるというのは、俺は反対なんだ」
「けど……俺達の母星の人々が絶滅しますよね? それは良いんですか?」
「別にいいんじゃないか? 増えれば殺せ、死ぬとなれば移住先探査なんて始める奴らはもう、忘れて」
「あ、はい」
露眞もそれなりにまともな神経をしていたようだ。しかし困ってしまう。
「俺としては、どうせ死ぬまで誰とも会話せず終わると思ってたんで、別に良いですけどね」
「そうか。アザミは気にかけてくれていて、毎日様子を見に来てくれるぞ」
「あの小さいものは、ヒューマノイド型人類ですよね? 小さいですが」
「子供だから小さいだけで、身体構造は俺達と変わらない」
「え? じゃあヤれます?」
「は? お前……その……」
「あ、いや、あのアザミ少年ではなくて、彼らの文明の中に恋愛対象となりえる相手がいた場合の話です」
「――問題は無いだろうな。子供も生まれると思う。何せこの距離でもあるし、俺達と同祖の可能性も高い」
「彼らの文明を保護しましょう! そのためにも、まずは俺も見学したいので、彼らの居住区画に連れて行って下さい!」
ヤりたい。
すごくヤりたい。
とにかくヤりたい。
俺の中に今ある欲求一位はそれになった。会話欲求はもう解消できている。
「迂闊に接触する事は勧めない」
「なんでだよ。露眞さんは、性欲処理どうしてるんだよ?」
「お前……オナホの一つや二つ持ち込まなかったのか?」
「え」
その発想はなかった。ドローンの見た目を変える事しか思いつかなかった。というか生身が良い……。ここまできてオナホ……。もう良い。
「兎に角俺は母星に連絡して脱童貞するか、ここで保護して脱童貞したいです」
「童貞という申告は必要があったのか?」
「あ」
「……梓島。お前、レポートもそうだが、なんというか、こう……ちょっと残念なんだよな。折角元々は良いのに。内容も外見も」
露眞が呆れたように俺を見ている気がした。お互いマスクをしているから些細な表情変化は不明であるが。