【六】夏祭り(★)
二人がともに暮らし始めて、三ヶ月が経過し、2223年の夏が来た。
「どちらがいい?」
「ん?」
ダイニングキッチンに立つ篝は、黒いエプロンが様になるようになってきた。そんな篝を手で招き、箱に入った二色の浴衣を青山が示す。紺色と黄緑色の浴衣だ。
「これ、は?」
「お前の一つ目の希望を叶える。すぐ近くで花火大会がある。水風船の出店もあるそうだ。行くぞ」
「っ」
「どちらがいい?」
「お、俺! 黄緑。紺色の方が、青山には似合うから」
「俺にも着ろというのか?」
「え? 着ないのか?」
純粋な瞳で問いかけられ、辟易しつつ、青山は頷く。それが希望ならば、叶えなければならないからだ。
こうしてその夜、二人はNo73区画の花火大会へと向かった。
人でごった返している。監視用・管理用の首輪にGPSがついているとはいえ、これでははぐれかねない。青山は、嘆息して篝の手を握った。
「な」
「離すな。はぐれる。水風船の屋台まで連れて行くから、大人しくしていろ」
そう言って青山が歩きだすと、篝が僅かに赤面した。この程度で何を照れているのかと、青山は呆れた心地になる。ケアでもっと触れているだろうと言いたくなった。
「これ……これだ! 水風船だよ」
連れて行った屋台で、篝がしゃがみ込む。手を離して、後ろで仁王立ちした青山は、うでを組んだ。周囲を見渡し、不審人物がいないことと、ラムネが売っていることを確認する。ラムネは、幼少時に兄と共に祭りにきた際、買って貰った記憶があった。
「お兄ちゃん、風船掬いが上手いねぇ」
「えっ、本当か?」
篝の嬉しそうな声に視線を戻せば、店主と子供達に、篝が囲まれていた。本来、一般市民との接触は厳禁であるが、今回は特例だ。ふと、篝のうなじを見た青山は、むさぼりつきたい衝動に駆られる。色白の首筋、首輪が無ければ――それだけが、篝を芸術家だと感じさせる。浴衣の奥に消える白い肌が、妙に扇情的に思えた。
「なぁなぁ、お前、名前は?」
すると隣で風船掬いをしていた金髪の青年が、篝に声をかけた。
「ん。篝だよ」
「へぇ。篝チャンか。俺とこの後、飲み行かない?」
明確なナンパである。青山は呆れた。
「え、えっと……青山に聞かないと分からない」
「青山?」
「その人」
篝が振り返って、青山を指さした。するとナンパの青年の顔が引きつる。
「俺の連れに何か?」
青山が腕を組んだままで言うと、青年は首を勢いよく振り立ち去った。
いちいち世話が焼ける。
こうして見ていると、容姿端麗な篝には、ちらほらと視線が飛んでくる。凶悪な芸術家だとさえ感じさせなければ、篝はただの麗人だ。それが――自分の下でだけ、今は喘ぐ。認めるのは、己だけだからだ。
「篝、まだ満足できないか?」
「あっ……うん。もう大丈夫」
水風船を手にした篝が立ち上がる。その位置からは、神社の境内がよく見えた。今のところ、まだ無人らしい。
「少し休もう、こちらへ」
「うん」
篝がついてくる。その手首を握り、青山は神社の境内まで歩いた。そして音を立てて乙を閉めると、床の上に篝を押し倒した。水風船の一つが割れた。
「青山……?」
「随分と隙だらけだったな」
「え?」
「さて、お前は水風船で遊んで満足できたようだが、俺はまだ満足できていない」
そのまま青山が篝の浴衣を剥く。すると篝がビクリとした。
指をしゃぶった青山が、篝の後孔へと指を挿入する。まだ一度も体を重ねた事は無いが、既に指では慣らしてきた。
「ぁ……ァあ」
的確に前立腺を探り出された篝が、怯えるように青山の首に腕を回す。
そこで青山の理性が途切れた。というより、理性の存在を意図的に消失させる。
――ケアの他にも。
――特別刑務官は、性処理にバディを利用する事が、法的に許可されている。
本来はケアをしていて煽られた場合に備えての条項だが。
「あっ、あ、ああ」
昂ぶる雄を、青山が篝の後孔へと進める。切ない痛みに襲われた篝が喉を震わせる。しかし青山はゆるさず、篝の乱れた浴衣から覗く白い太股を持ち上げて、斜めに貫いた。
「あ、あ、ああっ、やぁァ……あ、っ、熱い。や、気持ちい、い……っン」
涙ぐみながら、篝が喘ぐ。その華奢な腰を片手で掴み、荒々しく青山が打ち付ける。
――青山は、本日の衝動の意味を、正しく理解していた。
ただの、嫉妬と独占欲である。
その後、清浄装置で篝の体を清めてから、腰を支えて青山は外に出た。
篝は気怠そうな顔をしている。
あんまりにも壮絶な艶を放っているものだから、非常に周囲の視線を惹き付けている。そうさせたのが自分だと思うと、少しだけ気分がよくなり、青山はそんな自分自身を不思議に思った。
そうして花火が上がった。
「あれが……花火……! すごい、綺麗だ……」
「――そうだな」
「連れてきてくれて有難う、青山」
それを聞いたとき、つい青山は篝の細い腰を抱き寄せていた。
まるで篝が自分のものだと誇示するかのように。
花火が終わるまでの間、ずっとそうしていた。
最近、時々青山は、自分の気持ちが分からなくなる。一緒に過ごす内に、篝の事が気にならないと言えば嘘になった。まだ篝の側は、恋愛ごっこすらする素振りは見せないが、なんとなく気になってしまう。たとえば不器用に料理をしていたのが、少しずつ上達を店、自分が美味しいと口にしたら、泣きそうなほどの笑顔を浮かべて喜んだ日の記憶など。
「花火は終わりだ、そろそろ帰ろう」
「うん」
青山が促すと、篝が満面の笑みで頷いた。そしてまた二人で手を繋いで歩き出す。
――ダン、と。
音がしたのはその時で、青山は直後、隣にいた篝の胸から血が噴き出した現状を、上手く理解できなかった。