【終】ヨセフの体





「――現在は人工心臓に接続しておりますが、この身体状況ですと、人工心臓には耐えられません。人体間心臓移植以外では、この患者は助かりません」

 医師からの説明を、淡々と青山は聞いていた。
 夏祭り会場で、犯人は不明だが、篝は胸を撃たれた。
 そして現在である。

「心臓移植……」
「ええ。ですが人体間心臓移植は、ドナーが見つかる隔離は限りなく低く、数年単位で待つことが多い。しかしこの患者は、半月も持たないでしょう。すぐにでも移植しなければ、命はありません」
「……確か、親族同意があれば、脳死状態の家族の臓器の行き先は、親族が選べるんだったな?」
「ええ。そういう法律がございますが……?」
「――俺の兄が、脳死状態で生命維持装置に繋がっている。構わない、心臓を移植してくれ」
「そうですか。その他の臓器はどうなさいますか?」
「好きにしてくれ。篝が助かれば、それでいい」

 こうして、青山一紗の心臓は、篝朔に移植された。
 あとは、不適合状態などの緩和だが、2223年現在の技術では、ほぼ拒絶反応は出ない。

「っ」

 その日、篝の手を握っていた青山は、篝が目を開けたのを見た。

「篝」
「……っ、……ま、あおや……ま」
「分かるか?」
「ん」

 すぐに医療スタッフが呼ばれ、篝の手術が成功し、今後はリハビリを主体とすれば、半年もすれば退院できると判断を下した。

 ――芸術家の命を助けるなんて、前代未聞だろう。
 青山には、その自覚があった。
 するとある日、『移植して貰った患者』からの面会申請があった。これもまた、法律で赦されている。

「篝、少し出かけてくる」

 篝の白い頬に手で触れ、柔和に青山が笑う。すると笑顔で篝も頷き見送った。
 待ち合わせ先は商業施設の最上階。
 移動するにつれて人気が無くなっていくことに、どことなく不審さを覚えながら、青山は目的地に立った。そして目を疑った。

「兄さ……ん?」
「いいや。私は心臓以外の身体部位を提供して頂き、幸い人工心臓に適応する状態だったので五体満足の体を得て――待機していた脳移植適合者の、こちらの体をもらい受けた者です」
「……そうか。脳移植か」

 脳移植は、今なお、拒絶反応が起きる。適合ドナーでなければ、脳移植は不可能だ。

「篝さんのお具合は?」
「? 何故篝のことを?」

 芸術家である篝の事は、一般市民にはS級の機密だ。

「なにせ私が襲撃させたものですから。きっとそうすれば、貴方はこの体から心臓を抜いて、他を捨てると思いまして」
「――え? 何を言って……」
「改めまして、私はヨセフと申します」
「!」
「国内で唯一、私の脳移植ドナーであるこの体を、もうずっと欲しておりました。まさか篝くんが関わるとは思ってもいなかったが――特別刑務班もある程度の才覚はあったようだ。元々、篝くんに真実を見せたのは私であり、彼が私を追うように洗脳したのも彼らなのだから。篝くん達は、なにせ貴重なサンプルだ」
「それは、どういう……」
「全ては因果。私の体を屠った貴方のご両親が実に憎い。脳だけで生きてきた苦痛が、やっと解放されたのもまた、この体を生み出して下さった貴方のご両親のおかげでもありますが。さて、お礼に今日は無事に帰しましょう。どうぞ、出て行って下さい。次に会うときは、敵同士としてお話しすることになるでしょうからね」

 兄の姿をした“ヨセフ”が、兄とは違う表情で笑った。
 手には、拳銃を構えていた。

 その後、青山は素直に帰った。死んでも差し違えたいようにも思ったが、彼の生真面目な性格は、情報を持ち帰る事を優先させた。


「そうか」

 話を聞いた小此木が、腕を組む。

「青山刑務官。ヨセフは引き続き、第一の警戒対象だ。ただ――ヨセフが過去に接触した御堂学園の三名、彼らは身に危機が及んでいる可能性がある。青山くん、取り急ぎ君は、篝朔の護衛も兼ねるように」

 これが、彼らにとっての最初の事件、序章の終わりとなった。

 病室へと戻った青山を、起きていた篝が見上げる。

「どうしたんだ? 顔色が悪い」
「……いや。問題ない」

 青山はそう言うと、正面から篝を抱きしめた。

「青山?」

 おずおずと篝が腕を回し返し、ポンポンとその背を叩く。

「どうかしたんだろう? やっぱり」
「――お前は、まだ恋をしたいのか?」
「ん? ううん。もういい」

 その言葉に、青山は残念だと思いながら、腕に力を込める。

「俺はもう、恋がどんな感じか知ったから。まぁ、片想いだけどな」
「ん?」
「恋って、経験したからって文字に起こせるものではないと俺は分かったよ。それに人の数だけ、恋もあると思った。だからいつか、俺が恋愛物語を書く日が来たら、その……青山を主人公にしても良いか?」
「――それは、許可できない」
「規約があるのか?」
「ちがう。自分が主役では、まともに判断が出来なくなってしまう。なにせ――相手は、お前だろう?」
「っ、あ、なんで分かっ――」
「俺以外の相手に、いつ片想いをする隙があったと言うんだ」
「……、……」
「早くよくなれ。そうしたら、沢山デートにでも連れて行ってやる」

 このようにして、一つの恋は、形を結んだのだった。